表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下町オールドクロック ― 白ジャージの看板娘・奏と、少しだけ時間が巻き戻る時計店  作者: イシマ ヒロ
「奏という日常」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/46

第三十一話「PANTONE 11-4201 Cloud Dancer」

夕食後。


 リビングのソファで、白ジャージが雑誌を読んでいる。


 皿はまだ流しに積んだまま。

 テレビは消えている。

 部屋は静かだ。


「読んだ?」


「何を」


「これ」


 奏がページをこちらに向ける。



 2026年のパントン・カラー・オブ・ザ・イヤー

「Cloud Dancer(クラウドダンサー:PANTONE 11-4201)」は、シリーズ史上初となる温かみのある繊細な白です。


 静穏、集中、リラックスを象徴し、

 あらゆる色調と調和して創造性を育む、

 新時代を切り開く柔らかいホワイト。


 #F0EEE9。



「史上初」


 奏が言う。


「何が」


「PANTONEで白が選ばれるのが」


「何目線だ」



「心理的効果:静けさ」


 奏はリビングを見回す。


「今まさに」


「食後だからだ」


「違う」


「何が」


「白」


 意味が遠い。



「デザイン性:他の色を輝かせる」


 奏は自分の袖を見る。


 白ジャージ。


「完成してる」


「ジャージだぞ」


「素材の問題」


 逃げた。



「選定の背景:安らぎと新たな始まり」


「始まるらしい」


「何が」


「白の時代」


「大げさだ」


「史上初だから」


 便利な言葉だ。



「日本は2026年ピンクらしいぞ」


 俺が言う。


「ハートフル」


 即答。


「外向き」


「何が」


「感情」


「白は?」


「構造」


「急に思想を持つな」



「でも日本、2021年は白だった」


「希望のホワイトな」


「希望は速い」


「何が」


「消費」


「Cloud Dancerは?」


「遅い」


「何が」


「静けさ」


 抽象が増えている。



 奏が雑誌を閉じる。


「色見本、欲しい」


「何を」


「PANTONEの白」


「……買ってどうする」


「比較する」


「何と」


「今の白と」


「自宅で白の検証実験でも始めるのか?」


「研究」


「響きが大げさだな」


「PANTONE史上初だから」


「万能だな」



「実演する」


「やめろ」


 奏は立ち上がる。


 裸足でフローリング中央へ。


 両腕をゆっくり広げる。


 その瞬間――


挿絵(By みてみん)


 天井のダウンライトが、わずかに明度を上げた気がした。


 実際には変わっていない。


 だが光が集まる。


 銀の天井反射が一点に収束し、

 白ジャージの肩に柔らかく落ちる。


 床が淡く照り返し、

 奏の輪郭を白く縁取る。


 空気中の微細な埃が、

 舞台装置の粒子のように浮かぶ。


 冷蔵庫の駆動音が遠のき、

 時計の秒針だけが際立つ。


 光は強くない。

 刺さらない。

 包む。


 雲の向こうの空のような、

 #F0EEE9の、温度のない優しさ。


 白ジャージの皺が陰影を持ち、

 ただの布が立体になる。


 銀髪が淡く反射し、

 白と銀の境界が溶ける。


 リビング中央にだけ、

 スポットライトが降りたみたいだった。


「静穏」


「自己演出が過剰だ」


「集中」


「電気代は上がってない」


「リラックス」


「ただの照明だ」


 奏はゆっくり半回転する。


 光は追わない。

 だが白が動く。



 奏は腕を下ろす。


 光は普通に戻る。


 リビングはただのリビングだ。


 皿はまだ流しにある。


 それでも奏は満足そうに言う。


「やっぱり白は良いね」


「店は白いっていうかシルバー基調ですけどね」


 一拍。


「……え?」


「壁も棚も銀だ」


「白っぽい」


「違う」


「光が白い」


「それ照明だ」


 沈黙。


 奏がゆっくり店内を見回す。


 確かに壁も棚も銀だ。


「じゃあ」


 奏は再び腕を広げる。


「史上初、PANTONEで白が選ばれた年に、銀の店で白を語る回」


「長い」


「歴史的瞬間」


「下町規模でな」


「Cloud Dancerは心の色」


「逃げたな」


 奏は少しだけ照れる。


「……でもさ」


「何だ」


「イシマヒロの車は青だけどね」


 一瞬、空気が止まる。


「全部台無しだな」


「外装は自由」


「便利な言葉だな」


「内面が白なら問題ない」


「勝手に決めるな」



 時計が鳴る。


 店は銀。

 世界は白。

 日本はピンク。

 作者の車は青。


 奏は小さくうなずく。


「やっぱり白は良いね」


「もういい」


 雲は踊らない。


 でも白ジャージは、少しだけ揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ