第三十話「時間調整庁、泥酔唐揚げ監査」
夜、常連が笑って帰る。
三雲と奏は店の奥のリビング……
――ほのぼの?
その裏。
時間調整庁・本部。
モニターにわずかな赤。
「逆行、0.7秒」
「危険度低」
「三雲は?」
「現地待機。現在、飲酒中」
沈黙。
「……またか」
「唐揚げの匂いを検知」
「匂いまで拾うな」
「揺らぎ、安定傾向」
「……現状維持」
⸻
ローテーブルに瓶ビール。
黒スーツの三雲、出来上がり済み。
白ジャージの奏、スポーツドリンク。
キッチンから油の音。
ジューッ。
「あなたねぇ……」
始まる。
「時間調整庁の報告書、毎月変わるんです!因果係数の定義、週ごとに更新!“雑”って評価欄にないんです!未定義能力って便利すぎません!?戻しすぎ!戻さなさすぎ!ログ飛ぶ!飛ぶたび私が怒られる!黒服が無言で立つ!怖い!“現場判断”丸投げ!」
奏が飲む。
「今ので三回“すぎ”言った」
「数えないでください」
「ログは飛ぶのに言葉は飛ばない」
「うまいこと言わないでください」
三雲は机を叩く。
「あなたがリビングでだらけると因果係数揺れるんです!」
「だらけてない」
「床と同化してます」
「白は拡張色」
「意味が分かりません」
「戦闘態勢」
「どこと戦うんですか」
「社会」
「負けてますよね」
「互角」
間。
「でも事故、減ってるんです」
少し静か。
「あなた見てると腹立つんです」
「うん」
「でも、安心するんです」
奏が視線を逸らす。
三雲、袖を掴む。
「雑なのに人助けしてるの、ずるいんです」
「褒めてる?」
「六割文句、四割好感」
「割合上がった」
「酔ってます」
そこへ。
唐揚げ登場。
カリッ。
三雲、固まる。
「……なんですかこれ」
「唐揚げ」
「概念じゃなくて味」
もう一個。
「外カリ中ジューって何語ですか」
「日本語」
「時間調整庁の食堂、衣しっとりです」
「それは事故」
「レンジ三分」
「三分で人生も温めろ」
三雲、唐揚げを見つめる。
「あなた、こんなの毎日食べてるんですか」
「毎日ではない」
「でも、あるんですよね」
「ある」
「ずるい」
奏、皿を少し引く。
「一個まで」
「監視官に制限?」
「監視対象の生活防衛」
「横暴です」
雄一が淡々と。
「次揚がるまで三分」
三雲が時計を見る。
「三分……」
「揺らぐな」
三雲は唐揚げを抱え込む。
「ここ、好きです」
急に。
奏が止まる。
「唐揚げ?」
「違います!」
少し赤い。
「リビングと、油の音と、あなたの雑な白と」
「最後やめて」
「安心するんです!」
勢い余って頬を掴む。
「あなたねぇ!」
痛い。
反射。
カチ。
一瞬、巻き戻る。
⸻
同じ唐揚げ。
同じ位置。
同じ“あなたねぇ”。
奏、青ざめる。
「今戻した?」
「戻してません」
三雲は唐揚げを食べる。
「安心するんです」
ここは固定点。
奏は戻さない。
「……いるよ」
小さい声。
「え?」
「油跳ねてる」
「話変えないでください」
⸻
翌朝。
三雲、真顔。
「私、何か言いました?」
「制度と本音と唐揚げ監査」
「監査!?」
「揚げ具合、三段階評価」
「やめてください」
三雲はキッチンへ。
「朝食、作ります」
「いいんですか?」
「監視官としての健康管理です」
包丁。
トン。
トン。
沈黙。
トン。
「完成しました」
三雲、赤い。
奏が味噌汁を飲む。
「薄い」
「健康的です!」
「昨日より優しい味」
三雲は背を向けたまま。
「普通です!」
耳まで赤い。
⸻
時間調整庁。
「揺らぎ低下」
「感情係数上昇」
「何だそれは」
「……現状維持」
⸻
リビングでは唐揚げが減り、
白ジャージが少し照れ、
黒スーツが明らかに唐揚げを覚えている。
監視と居候。
制度と油。
時間は今日も雑に、正確に、
そして少しだけ美味しく進んでいる。




