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下町オールドクロック ― 白ジャージの看板娘・奏と、少しだけ時間が巻き戻る時計店  作者: イシマ ヒロ
「奏という日常」

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30/45

第三十話「時間調整庁、泥酔唐揚げ監査」

 夜、常連が笑って帰る。

 三雲と奏は店の奥のリビング……


 ――ほのぼの?


 その裏。


 時間調整庁・本部。


 モニターにわずかな赤。


「逆行、0.7秒」


「危険度低」


「三雲は?」


「現地待機。現在、飲酒中」


 沈黙。


「……またか」


「唐揚げの匂いを検知」


「匂いまで拾うな」


「揺らぎ、安定傾向」


「……現状維持」


 ⸻


 ローテーブルに瓶ビール。


 黒スーツの三雲、出来上がり済み。

 白ジャージの奏、スポーツドリンク。


 キッチンから油の音。


 ジューッ。


「あなたねぇ……」


 始まる。


「時間調整庁の報告書、毎月変わるんです!因果係数の定義、週ごとに更新!“雑”って評価欄にないんです!未定義能力って便利すぎません!?戻しすぎ!戻さなさすぎ!ログ飛ぶ!飛ぶたび私が怒られる!黒服が無言で立つ!怖い!“現場判断”丸投げ!」


 奏が飲む。


「今ので三回“すぎ”言った」


「数えないでください」


「ログは飛ぶのに言葉は飛ばない」


「うまいこと言わないでください」


 三雲は机を叩く。


「あなたがリビングでだらけると因果係数揺れるんです!」


「だらけてない」


「床と同化してます」


「白は拡張色」


「意味が分かりません」


「戦闘態勢」


「どこと戦うんですか」


「社会」


「負けてますよね」


「互角」


 間。


「でも事故、減ってるんです」


 少し静か。


「あなた見てると腹立つんです」


「うん」


「でも、安心するんです」


 奏が視線を逸らす。


 三雲、袖を掴む。


「雑なのに人助けしてるの、ずるいんです」


「褒めてる?」


「六割文句、四割好感」


「割合上がった」


「酔ってます」


 そこへ。


 唐揚げ登場。


 カリッ。


 三雲、固まる。


「……なんですかこれ」


「唐揚げ」


「概念じゃなくて味」


 もう一個。


「外カリ中ジューって何語ですか」


「日本語」


「時間調整庁の食堂、衣しっとりです」


「それは事故」


「レンジ三分」


「三分で人生も温めろ」


 三雲、唐揚げを見つめる。


「あなた、こんなの毎日食べてるんですか」


「毎日ではない」


「でも、あるんですよね」


「ある」


「ずるい」


 奏、皿を少し引く。


「一個まで」


「監視官に制限?」


「監視対象の生活防衛」


「横暴です」


 雄一が淡々と。


「次揚がるまで三分」


 三雲が時計を見る。


「三分……」


「揺らぐな」


 三雲は唐揚げを抱え込む。


「ここ、好きです」


 急に。


 奏が止まる。


「唐揚げ?」


「違います!」


 少し赤い。


「リビングと、油の音と、あなたの雑な白と」


「最後やめて」


「安心するんです!」


 勢い余って頬を掴む。


「あなたねぇ!」


 痛い。


 反射。


 カチ。


 一瞬、巻き戻る。


挿絵(By みてみん)


 ⸻


 同じ唐揚げ。

 同じ位置。

 同じ“あなたねぇ”。


 奏、青ざめる。


「今戻した?」


「戻してません」


 三雲は唐揚げを食べる。


「安心するんです」


 ここは固定点。


 奏は戻さない。


「……いるよ」


 小さい声。


「え?」


「油跳ねてる」


「話変えないでください」


 ⸻


 翌朝。


 三雲、真顔。


「私、何か言いました?」


「制度と本音と唐揚げ監査」


「監査!?」


「揚げ具合、三段階評価」


「やめてください」


 三雲はキッチンへ。


「朝食、作ります」


「いいんですか?」


「監視官としての健康管理です」


 包丁。


 トン。


 トン。


 沈黙。


 トン。


挿絵(By みてみん)


「完成しました」


 三雲、赤い。


 奏が味噌汁を飲む。


「薄い」


「健康的です!」


「昨日より優しい味」


 三雲は背を向けたまま。


「普通です!」


 耳まで赤い。


 ⸻


 時間調整庁。


「揺らぎ低下」


「感情係数上昇」


「何だそれは」


「……現状維持」


 ⸻


 リビングでは唐揚げが減り、

 白ジャージが少し照れ、

 黒スーツが明らかに唐揚げを覚えている。


 監視と居候。


 制度と油。


 時間は今日も雑に、正確に、

 そして少しだけ美味しく進んでいる。

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