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下町オールドクロック  作者: イシマ ヒロ


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第三話 「なんか、いる」

特別なことは、起きません。

昼になって、夜になるだけです。


ただ、

なんか、います。

 昼を過ぎても、

 瀬尾奏は店にいた。


 椅子にあぐらをかき、

 壁の時計を見ている。


 正確には、

 時計を見たり、

 店に置いてある雑誌をめくったりしていた。


 いつから手に取っていたのかは、

 分からない。


 店内では、

 ラジオが流れている。


 昼の情報番組が、

 天気と渋滞を淡々と読み上げていた。


 奏はそれを、

 楽しそうに聞いている。


 雑誌を読みながら、

 客が入ってくると――


「いらっしゃいませ」


 雑誌から目だけ上げて、軽く言う。

 完全に店の人の所作だった。


 声は自然で、

 間もいい。


 俺が何か言う前に、

 客は普通に頷いた。


 ……なぜだ。


 カウンターの奥で、

 俺は持ち込まれた腕時計を開いていた。


 裏蓋を外し、

 中を覗いてから、

 ピンセットで細かい部品を動かす。


 規則正しい作業だ。

 いつもと同じ。


「……昼、どうします? 弁当、買いに行きますけど」


 手を止めずに聞く。


「私、焼肉弁当」


 即答だった。

 即答すぎて、聞き返す隙がなかった。


「……結構ガッツリ系なんですね」


「うん」


 駅前で買ってきた弁当を、

 作業台の端に置く。


 机に二つ並んだうち、

 奏は当然みたいに一つ取った。


 雑誌は閉じられ、

 椅子の横に無造作に置かれている。


 ラジオが、

 次のコーナーに入った。


「……帰るとか」


 工具を置きながら言う。


「今は、ない」


 未来の話はしていないらしい。


「ですよね」


 予想は、していた。


 午後。


 空になった弁当の容器が、

 いつの間にか片付いている。


 誰がやったのか、

 よく覚えていない。


 客はぽつぽつと来て、

 その合間に、

 修理を一つ終わらせる。


 秒針が、

 また動き出す。


 外が暗くなり始める。


 ラジオの内容が、

 夕方向けに変わっていた。


 奏は変わらない。


 あぐらをかいたまま、

 雑誌をぱら、と一度めくり、

 客が入ると、また――


「いらっしゃいませ」


 同じ調子で言う。


 俺は別の時計を手に取り、

 ルーペをかけた。


 そろそろ、

 どうするか決めないと――


 そう思った、

 はずだった。


 気づくと、

 店内の照明が少し落ちている。


 いつ落としたのか、

 覚えていない。


 閉店時間だった。


 最後の客を送り出し、

 シャッターを下ろす。


 ガタン、という音。


 それでも、

 奏はそこにいる。


 椅子に座って、

 ――毛布を膝にかけて。


 棚の奥にしまってあったはずだ。


「……それ、どこから」


「んー、さっき?」


 俺の記憶には、存在しない「さっき」だった。


 夜。


 シャッターを下ろし、

 店内の灯りを落とす。


 奥の引き戸を開け、

 居間に移った。


 奏も、当然のようについてきた。


 そのとき、

 テレビがついていた。


 夜向けのバラエティ番組だ。


 いつつけたのか、

 覚えがない。


 鍋に火をかける。


 煮込んでいる間、

 俺はもう一度、

 修理済みの時計を確認する。


「何してるんですか」


「カレー」


「食べる」


 確認は、形式だけだった。


 二皿並ぶ。


 奏はスプーンを持ち、

 テレビを見ながら食べ始めた。


挿絵(By みてみん)


 雑誌は、

 もう気にも留めていない。


「……帰る気、あります?」


 少し間を置いて聞く。


「今は、ない」


「ですよね」


 予想は、していた。


 時計の秒針と、

 テレビの時刻表示が重なる。


 居間には、

 テレビの音と、

 毛布と、

 奏がいた。


 ……なんか、いる。


「今日、ズレてない」


「何が」


「ここ」


 説明はしない。


 でも、

 否定もしづらい。


 夜になっても、まだいる。


 追い出した記憶はない。

 泊めると決めた覚えもない。


 ただ――

 時計を直して、

 昼に焼肉弁当を食べて、

 客に挨拶して、

 雑誌を読んで、

 夜にカレーを食べて、

 テレビを見ていただけだ。


 それだけのはずなのに、

 いつもの日常が、少しずつずれていく気がしていた。

三話目ですが、

まだ誰も決断していません。


それでも日常は、

少しずつ形を変えていきます。


次は朝です。

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