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下町オールドクロック  作者: イシマ ヒロ
「奏という日常」

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第二十九話「問題はなかったことになっています(後編)」

 午後三時を少し過ぎる。


 三雲は無意識に腕時計を見る。

 秒針は、正確に進んでいる。


 雄一が工具を置く。


「そういえば。調整庁って、結局何なんですか」


 奏はオフィスチェアで回ったまま。


 くるり。


「今さら?」


「今さらです」


 三雲は一瞬だけ考える。


「観測機関、です」


「何を?」


「時間の揺らぎを……と、聞いています」


 言い切らない。


 振り子が揺れる。


 ⸻


「二千年問題のときなんですけど」


 三雲は腕時計を一度見る。


「日付が1999年から2000年に切り替わる直前、

 本来は“切り替わった後”に出るはずのエラーログが、

 数時間前に記録されていた例があったそうです」


「未来のエラーが先に出た?」


「そう見えた、と」


「複数国、同時刻帯だったと聞いています」


「示し合わせは?」


「相関は検出されなかった、そうです」


「先に保存された感じ」


「公式にはテストログ混入です」


「介入は?」


「していません」


 ⸻


「バブル崩壊前も似ています」


「倒産後に実行されるはずの資金凍結処理が、

 倒産発表前の内部資料に存在していた例があったそうです」


「準備では?」


「準備にしては早すぎると」


 腕時計を見る。


「株価が最高値を更新している時点で、

 “終了後処理”が書かれていた」


「もう終わってる前提で動いてる」


「そう見えた、と」


「規模は?」


「数社です。業種は関係ありません」


「介入は?」


「していません」


「リザルト先表示」


 三雲は小さく息をつく。


「……そんな感じです」


 ⸻


「冷戦終結前も、似た観測がありました」


「正式合意前から、

 軍事演習中止や予算凍結の草案が

 同日付、同様式で複数国に存在していたそうです」


「同日?」


「はい」


「示し合わせ?」


「直接通信の証拠は出なかった、と聞いています」


 腕時計を見る。


「合意より前に、

 “合意後の世界”を前提にした文書があった」


「決断より前に前提が消えた」


「……そう見えた、と」


「休符」


「介入はありません」


 ⸻


 振り子が揺れる。


 秒針が進む。


 ⸻


挿絵(By みてみん)


 三雲はわずかに呼吸を整える。


「例外は一つだけです」


「ノストラダムスの大予言」


「1999年」


 腕時計を見る。


「その年の前半、

 複数の未来予測モデルが同じ収束傾向を示したと聞いています」


「一致?」


「通常は分散します」


 一拍。


「でもそのときは、

 異なる理論、異なる演算基盤、異なる国の観測が

 同じ終点を指していた」


「終点?」


「終末寄りの数値、です」


 振り子が揺れる。


「しかも、ある日を境に急激に跳ね上がった」


「赤ゲージ」


 三雲は頷く。


「観測のみでは危険と判断された」


「だから介入した」


「はい」


 腕時計を見る。


「介入後、収束値は拡散しました」


「未来が固定されなくなった」


 一拍。


「ただ……」


 少し迷う。


「介入当日の観測ログは、連続しています」


「問題ない?」


「欠損はありません」


「でも?」


 三雲は目線を落とす。


「揺らぎが、なかった」


 沈黙。


「通常、世界規模観測には微細な誤差が出ます」


「でもその時間帯だけ、誤差がゼロだった」


「完全同期」


 三雲は続けてしまう。


「さらに、物理ログの積算値が理論値より僅かに少なくて――

 つまり、世界規模で数秒分の処理が――」


 止まる。


「あ」


 一瞬、視線が泳ぐ。


 腕時計を見る。


「……そう見えた、と」


 言い直す。


「正式な報告では、観測誤差の範囲内とされています」


 雄一がじっと見る。


「今、言いかけましたよね」


「いえ」


 少し早口になる。


「記録上は連続しています。欠損は確認されていません」


 奏は回転を止めない。


 くるり。


「ツルッと消えた感じ」


 三雲は息を整える。


「そういう表現は、適切ではありません」


 一拍。


「止めた後の世界しか、記録には残っていません」


 奏がぽつり。


「止めたから外れた」


 ⸻


 そのとき。


 奥の鳩時計が鳴る。


 店内に、いつもの音が広がる。


 三雲はもう一度、腕時計を見る。


 秒針は、正確に進んでいる。


 雄一が言う。


「結局、調整庁って何なんですか」


 三雲は慎重に答える。


「……未来が固定されるかどうかを、観測する仕事です」


 一拍。


「固定された場合は、例外です」


 奏は回転を止めない。


 くるり。


「へぇ」


 秒針が進む。


 世界は問題なく動いている。


 少なくとも――


 そういうことになっている。


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