第二十三話 「奏が世界を統べる(前編)」
時計の音がしない。
外に出ても、誰も迷っていない。
信号は滑らかに変わり、
人はぶつからず、
列は自然に進む。
商店街の掲示板に、貼り紙があった。
「世界運用中
ズレはすべてにおいて最適化されています」
嫌な予感しかしない。
古針時計店に戻ると、奏がいた。
――玉座。
石造りの階段の上。
炎が等間隔に灯り、
階下では角の生えた連中が整列している。
「……何してる」
「世界をまとめた」
軽い。
「不幸とか事故とか渋滞とか、あと――」
奏は指を折り始めた。
「雨の日に限って傘忘れるやつ」
「靴下の片方だけ濡れる現象」
「玄関出た瞬間に忘れ物気づくやつ」
「靴履いた後に気づくやつ」
「USB三回目で合うやつ」
「イヤホン出した瞬間に人格持つやつ」
「電子レンジ残り三秒の沈黙」
「保存してない時に限って落ちるやつ」
「締切前だけ胃が自己主張するやつ」
「宅配来た瞬間トイレ入ってるやつ」
雄一は目を細める。
「それ、世界規模でやることか」
「まだ優先度低い方」
奏は続ける。
「商店街のやつ」
嫌な予感が増える。
「朝一なのにシャッター半分しか開いてない店」
「開いてるのか閉まってるのか分からない電気」
「“あとで来る”と思って忘れる距離の店」
「惣菜屋で世間話が長すぎるやつ」
「そのせいで列が進まないやつ」
「コロッケ揚がるまで三十分」
「三十分待ったらもう要らないやつ」
「値段聞くタイミング逃すやつ」
「聞いたら計算始めるやつ」
「小銭出してる間に沈黙発生」
「袋いるか聞かれてから悩む人」
「“やっぱ要る”って言い直す空気」
「八百屋前で立ち話ブロック」
「軽トラが道を完全封鎖」
「誰の軽トラか分からないやつ」
「呼んだら三方向から“はーい”」
「夕方だけ急に混む魚屋」
「一番良いのが奥にあるやつ」
「閉店値引きのタイミング読めないやつ」
「買った直後に値引き始まるやつ」
雄一は、途中で数えるのをやめた。
「……まだあるのか」
「ある」
即答だった。
「会議で“じゃあ誰がやる?”の三秒」
「その三秒で空気凍るやつ」
「電車で座った瞬間次の駅」
「夜中に急に“返事したっけ”ってなるやつ」
「“今送るね”から五分待つやつ」
「聞いたら即来るやつ」
「風呂上がりだけ汗止まらないやつ」
「寝る直前に喉渇くやつ」
そこで止まる。
「……全部、邪魔なのだ!」
炎が揺れる。
(なのだ!って…)
階段の下では、整列した連中が微動だにしない。
「それで世界まとめたのか」
「そうだ」
「世界征服だろ」
「違う」
奏は頬杖をついたまま言う。
「生活の最適化」
静かすぎる世界。
商店街も滑らかだ。
コロッケは待たずに出てくる。
軽トラは最初から端に寄っている。
値引きはちょうどいい瞬間に始まる。
全部、ちょうどいい。
「……まだ続くのか」
「うん。優先順位をつけてる途中なのだ!」
炎がやけに多い。
玉座の上の白ジャージは、妙に整っている。
「で?」
奏が首を傾げて言う。
「雄一、この世界はどうだ?」
雄一は答えなかった。
続く。




