表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下町オールドクロック  作者: イシマ ヒロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/28

第二十二話「直されない時計」

私は、もう何年も鳴っていない。


正確には、

鳴るべき時に鳴らなくなってから、

数え方をやめた。


ここは時計屋だ。

針の音がする。

金属が触れる音がする。

人の声もする。


それでも、

私の前を誰かが通ることはない。



最近、白い音が増えた。


布が擦れる音。

椅子が少し軋む音。

紙をめくる音。


最近は、

規則正しいキーの音もする。



鳴く時計がある。

あれは、後輩の鳩時計だ。


よく鳴く。

正確に、

世界に向かって。


鳴くたびに、

世界は一度だけ、

息を整える。


私は鳴かない。


だから、

世界が整わない瞬間を、

全部見ている。



最近、仲間が増えた。


箱に入って、

布に包まれ、

順番に置かれていく。


中には、

触れただけで、

時間のほうが先に黙るものもある。


用途は分からない。

役割も分からない。


ただ、

とんでもない力を持っている、

ということだけは、

こちらにも伝わってくる。


白い音は、

それらを一度だけ見る。


それから、

何も言わず、

カウンターへ戻る。



白い音は、

ノートパソコンを広げている。


画面には、

売上と仕入れの数字が並ぶ。


キーを打つ音は、

一定の間隔で続く。


挿絵(By みてみん)


「今日の分まで入れたか?」


「入れた」


視線を上げないまま答える。


引き出しのレシートは、

日付順に揃っている。


数字の桁も、

きっちり右に並んでいる。


特別なことはしていない。


ただ、

乱れたままにしておくのが、

少しだけ嫌いなだけだ。


それは時間をいじる仕事ではない。


時間を、

きちんと積み重ねる仕事だ。


男はそれを、

当然のように受け取っている。



男が奥に道具を取りに行く。


店が、

一瞬だけ静かになる。


白い音の足の揺れが止まる。


ほんの数秒。


何も触らない。


ただ、

奥のほうを見る。


足音が戻る。


揺れが再開する。


何事もなかったみたいに。


私だけが、

その間を知っている。



世界は、

相変わらず、

無理をしたまま回っている。


遠くで、

何かが足りない音がする。


誰かが急ぎ、

誰かが待ち、

誰かが怒り、

誰かが黙る。


それでも針は進む。

少しだけ軋みながら。


それでも、

修理台の前の男は、

今日も手を動かしている。


白い音は、

椅子の上で膝を抱え、

その様子を眺めている。


「雄一 お昼、どうする?」


「さっき食べただろ」


「それ、さっきじゃない」


「……どのさっきだ」


白い音は、

少し考えて、

小さく笑う。


「今より前のほう」


男が笑う。


白い音は、

その笑い声を聞いてから、

ようやく頷く。


後輩の鳩時計が鳴く。


白い音は、

音に合わせるみたいに、

少しだけ男のほうへ体を預ける。


無意識に。


多分、

壊れているのは世界だ。


それでも、

ここにいる人間たちは、

今日も、

ちゃんと時間を使っている。



「今日は、静かめだね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ