第二十一話「止めてって言ったよね」
夜だった。
店のシャッターは下りている。
修理台の上は片付いていて、時計の音だけが静かに残っている。
雄一と奏は、居住スペースのテレビの前に座っていた。
録画してあった、
深夜のお笑い番組。
何となく流していただけで、特別なつもりはなかった。
「……ここ!」
「どこだよ!」
「今の! 今の“あっ”の直前!」
「指定が雑すぎる!」
雄一は笑いながらリモコンを操作する。
再生。
芸人が噛む。
一拍。
相方が、何も言えずに口を開けたまま止まる。
奏が吹き出した。
「っ、はははははっ!」
「いや、そこそんなに来る!?」
「だって今の顔! 顔がさ!」
再生。
同じ噛み。
同じ間。
同じ顔。
「っ、はは……!」
「分かってるのに来るのズルい!」
笑いで、奏の体が小刻みに揺れる。
時間が、わずかにズレる。
誰も気にしない。
「もう一回!」
「自分で言うな!」
再生。
間が、さっきより少しだけ良い。
「……あれ?」
「何」
「今、 前より面白くなってない?」
「なってる!」
「だよな!?」
奏が、笑いながら腹を押さえる。
体が動く。
笑いが止まらない。
時間がズレる。
勝手に直る。
結果、
次が、さらに来る。
⸻
「待って待って!」
「腹、痛い!」
「分かってるのに、
次が分かるのに!」
再生。
芸人。
間。
顔。
完璧。
「っははははは!」
「もう無理!」
「無理なのに見ちゃう!」
雄一が、
一瞬だけ息を整えようとする。
「……」
次が来る。
二人同時に吹き出す。
追い討ち
ポッポ。
一拍遅れて、壁の鳩時計が鳴いた。
「……え」
「……今の、鳩?」
ポッポ。
「待って、今の間で出てきたよね?」
「完全に後乗りじゃん!」
それを見た瞬間、
「っ、ははははははは!」
「見るな! 鳩見るな!」
笑いが、
一段跳ね上がる。
再生。
芸人が噛む。
間。
相方の顔。
ポッポ。
四段落ち。
「だめだ、鳩いるだけで面白い!」
「鳩、今完全にツッコミ!」
再生。
同じ噛み。
同じ間。
同じ顔。
ポッポ。
さっきより、ほんの一瞬早い。
「おい、鳩フライングした!」
「してるしてる!」
「もう笑いの先読み始めてる!」
奏が、鳩時計を指さす。
「見て、あいつ次来るの分かってる」
「やめろ!怖いから!」
笑う。
体が揺れる。
時間が戻る。
修正される。
鳩が鳴く。
間が洗練される。
次が、さらに面白くなる。
再生。
完璧。
芸人。
間。
顔。
ポッポ。
無駄が一切ない。
雄一が、リモコンを見る。
指先が、ほんの一瞬だけ止まる。
顔を上げると、
奏がこちらを見ている。
笑っている。
でも、目だけが違う。
「……止めて!」
掠れている。
雄一は反射的に、
親指をリモコンにかける。
その瞬間。
ポッポ。
二人とも、
同時に吹き出した。
「無理……!」
「来るって分かってるのに……!」
笑いはもう、
感情じゃない。
反射。
痙攣。
呼吸が追いつかない。
「っ……は……!」
「ちょ、息……!」
ポッポ。
「今それどころじゃない!」
耐える。
失敗。
笑う。
ズレる。
直る。
鳩が鳴く。
次が来る。
⸻
――翌日
昼のニュース。
落ち着いたアナウンサーの声。
「昨夜、都内の時計修理店で、
店舗関係者とみられる男女二人が
死亡しているのが見つかりました」
画面には、
シャッターの下りた店。
「警察によりますと、
室内に外傷や争った形跡はなく、
事故の可能性が高いと見て調査を進めています」
「近隣住民の話では、前夜、長時間にわたりテレビの音のほか、
鳩時計の音が繰り返し聞こえていた
ということです」
「なお、鳩時計は現在も
正常に作動しているとのことです」
ニュースは次の話題へ。
天気。
交通情報。
世界は、
ちゃんと次へ進む。




