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下町オールドクロック  作者: イシマ ヒロ


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第二十話 「強制仕入れ(後編)」

 昼を過ぎると、

 店は少しだけ落ち着きを取り戻していた。


 箱は、まだ多い。だが朝ほどではない。


 奏は工房の床に座り込み、

 いくつかの箱にチョークで印をつけていた。

 選別はもう奏でに任すのが良いと感じたので。


挿絵(By みてみん)


「これは?」


「触らない」


「これは?」


「今日じゃない」


「これは?」


「分解だけ」


「……基準は?」


「気分」


「参考にならねぇな」


「参考にはなるよ」


 雄一は修理台に向かいながら言った。


「真似しなければな」


「しなくていい」


「即否定かよ」


「壊すから」


 否定は早い。

 だが、迷いはなかった。


 午後の間に、

 三雲が言っていた「危険度が高そうなもの」は

 いくつか消えた。


 いつ、誰が、という話は誰もしなかった。

 それが、この店のやり方だった。



 夕方。


 箱は、半分に減っていた。


 空いたスペースに、西日が差し込んでいる。


 危なそうなものはいくつか消え、

 残ったのは、

 普通の修理台に乗せると順番が狂う物ばかりだった。


 壊れてはいない。

 完成もしていない。


 ただ、

 正しい手順だけが、見えない。


 雄一は、改めて箱を見回した。


 どれも単体なら、ただの扱いにくい時計だ。


 だが――

 同じ場所に集まっているのが、どうにも気に入らなかった。


「……父さんさ」


 雄一が言う。


「こういうの、使わせる気はないよな」


 奏は、少し考えてから答えた。


「教える気がない」


「同じだろ」


「違う」


 奏は箱の一つに触れ、すぐに手を離した。


「使うかどうかは、こっちの判断」


「丸投げじゃねぇか」


「丸投げだね」


 言い切りだった。



「ねえ」


 奏が言った。


「これさ。

 一個ずつなら、たぶん平気だったと思う」


「……まとめて置くと?」


「ズレまくる」


「……どのくらい?」


「笑えなくなるくらい」

「でもたまに笑えるかも」

「とにかくすごい」


 雄一は、それ以上聞かなかった。

 聞いても、

 納得できる答えは返ってこないと

 分かっていた。



 工房の奥。


 最後まで残っていた箱を開ける。


 中に入っていたのは、

 古い懐中時計だった。


「普通?」


「今のところは」


 裏蓋を開く。


 刻印があった。


 “笑え”


 奏が、そっと巻く。


 カチ。


 二人は正座していた。


「なんだこれ……」


「……親父」


「らしいね」


「今日は、これ以上やらない」


 雄一が言う。


「うん」


 奏は即答した。


「それがいい」



 日が落ちる。


 シャッターを下ろす前、

 店の中を見回す。


 箱はまだ残っている。


 全部は片付いていない。


 だが、どう扱うべきかは、なんとなく分かっていた。


「……父さんまったく面倒」


「血筋」


「雑だな」


「遺伝」


 奏は伸びをした。


「でも」


「?」


「この店、これくらい厄介な方が合ってるのか」


「嬉しくねぇ」


「楽しいでしょ」


 否定できなかった。


 店を閉まる。


 箱は残る。


 何も解決していない。


 だが――


 判断する準備だけは、確実に整ってしまった。


 古針時計店は、

 今日も時間が少しズレたまま、

 静かに夜を迎えた。

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