第二話「昼飯の時間になっても、まだいる」
第二話です。
この回は、特に何も起きません。
ただ、
・朝が昼になる
・人が一人、まだいる
それだけです。
説明はありません。
違和感も、回収しません。
「……そういえば」
昼前。
店内は落ち着いていて、客も途切れていた。
白いジャージの女は、
さっきからずっと椅子にあぐらをかいている。
もう「なぜいるのか」を考える段階は過ぎていた。
「名前、聞いてなかったですよね」
言ってから、
遅すぎた気がした。
女は時計から目を離さず、
少しだけ考える。
本当に、少しだけ。
「今?」
「今です」
「必要?」
「この状況で?」
一拍。
「瀬尾、奏」
「フルで言えるんだ」
「今は、ね」
「基準が分からないんですけど」
「慣れて」
何に慣れろというのかは分からない。
「……瀬尾さん」
「うん」
それで確定したらしい。
沈黙。
時計の秒針が一周する。
何事もなかったかのように、
ドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
俺が言う前に、
奏が椅子に座ったまま言った。
声は普通だった。
それが、もう馴染んでいる。
(……なんで普通に挨拶してるんだ)
少し遅れて、
「いらっしゃいませ」
俺も言う。
商店街のおばさんだった。
「こんにちは」
「こんにちは」
奏はもう一度、
何でもないことみたいに言う。
「いらっしゃいませ」
おばさんは一瞬だけ奏を見て、
それから首をかしげた。
「……あれ?」
嫌な間だった。
「前も、こんな感じだった気がするのよね」
「前、ですか?」
「うーん、いつだったかしら」
すぐに笑って、手を振る。
「まあいいわ。電池交換お願い」
「はい」
作業を始める。
その間、
奏はまた時計を見ていた。
無言。
でも、
完全に店の中にいる。
作業が終わって、おばさんが帰る。
「……店の挨拶、やめないんですね」
「だって、来てるし」
その返しに、
言葉が続かなかった。
次の客が来るまで、少し間が空く。
気づいたら、
カウンターの奥から紙コップを一つ出していた。
置いてから、
自分で少しだけ眉をひそめる。
奏は何も言わず、
そのコップを使った。
当然みたいに。
またドアが開く。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
ほぼ同時だった。
客は一瞬こちらを見て、
何も言わず帰っていく。
昼が近づく。
「飯の時間ですけど」
「うん」
「……帰るとか」
「今は、ない」
「ですよね」
予想は、していた。
昼飯の時間になっても、
まだいる。
しかも、
いつの間にか水まで出していた。
それが、
もう当たり前みたいだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
この話で起きたことは、
・名前を聞いた
・昼になった
それだけです。
でも、
一緒に挨拶をして、
水を出して、
それでも「違う」と言っている。
このズレが、この作品の基本です。
次回も、
大きな事件は起きません。




