第十五話 「白が、ちゃんと白い日」
昼下がり。
庭に干してある白いジャージは、もう揺れていなかった。
風に任せる段階は終わっている。
今は、光だけを受けている。
奏は椅子から立ち上がり、何も言わずに庭へ出た。
袖に触れる。
軽い。
布の奥まで、ちゃんと乾いている感触。
それでももう一度、同じ場所をつまむ。
「……」
小さく息を吐く。
溜息ではない。
納得したときの、あれだ。
ジャージを持ち上げて、空に透かす。
白い。
くすみがない。
頑張っていない白。
変に主張しない、落ち着いた白。
「……よし」
誰に聞かせるでもなく、短く言う。
そのタイミングで、
リビングの奥から鳩時計が鳴った。
ポッポー。
少しだけ、音が長い。
奏は一瞬だけそちらを見て、目を細めた。
「……見てた?」
返事はない。
でも鳩は、ほんの気持ち早めに引っ込んだ。
奏は小さく笑う。
声は出さない。
ジャージを胸に抱えたまま、なぜかその場で立ち止まる。
理由はない。
ただ――
今は離したくなかった。
室内に戻り、低い位置で畳む。
雑じゃない。
かといって、几帳面すぎるわけでもない。
途中で一度、角が少しズレる。
直す。
直したあと、もう一回畳み直す。
「……二回やったな」
作業台の向こうから、雄一が言う。
「うん」
否定しない。
「今のは、気分の問題」
「分からん」
「分からなくていい」
畳んだジャージを置き、その場で着替える。
袖を通した瞬間、ほんのわずかに目を細める。
肌触り。
温度。
軽さ。
全部が、ちょうどいい。
「……うん」
今度は、声に出た。
椅子に戻り、あぐらをかく。
雑誌を開く。
ページをめくって、一回だけ止まる。
自分の袖を見る。
白。
もう一回、見る。
「……まだ白い」
「当たり前だろ」
「うん」
でも、もう一回見る。
鳩時計は鳴らない。
仕事を終えたみたいに、静かだ。
雄一は作業に戻り、工具の音が小さく響く。
奏は雑誌を読みながら、ときどき袖を見る。
意味はない。
確認でもない。
ただ、満足しているだけだ。
「今日はね」
不意に、奏が言う。
「当たりの日」
「洗濯に当たり外れあるのか」
「ある」
即答。
「外れの日は?」
「白が、ちょっと喧嘩する」
「服と?」
「世界と」
説明は、それだけ。
鳩時計は黙ったまま、針だけが進んでいる。
時間は普通だ。
何も特別なことは起きていない。
ただ、
白いジャージがよく乾いて、奏が機嫌よく過ごしている。
それだけで、この午後は十分だった。
世界は、ちゃんと回っている。
今日は、少しだけ手触りがいい。




