第十四話 「置いてあるだけ(後編)」
父は、ソファーに深く腰を沈めて、コーヒーを飲んでいた。
いつの間に淹れたのかは知らない。
砂糖もミルクも入っていない。
「……苦いな」
「自分で淹れたのに文句言うな」
俺は作業台から顔も上げずに言った。
「文句じゃない。確認だ」
父はカップを置き、リビングを見回す。
売り場とは違う、生活の空間。
古いソファーと低いテーブル。
壁際の棚には、雑多なものが並んでいる。
そこで、父の視線が止まった。
「――ああ」
小さく、声を漏らす。
父は立ち上がり、棚の前に立つ。
「コイツか……」
指の先。
昔からある鳩時計だった。
木彫りの、大ぶりなやつ。
しかも、中から覗いている鳩が、
妙にカラフル。
緑っぽい胴体に、
赤と黄色が混ざった羽。
目も、やけにくっきりしている。
「……ずっと部屋にあったけど、改めて見ると……これ、鳩か?」
「鳩だな」
「普通、もっと地味じゃないか」
「海外基準だ」
「雑だな」
奏が、ソファーの背から身を乗り出す。
「オウムっぽい」
「鳴くしな」
父が頷く。
「鳩、そんなに鳴かない」
「ポッポーって鳴くだろ」
――ポッポー。
正時でもないのに、
鳩が飛び出した。
派手だった。
しかも胸を張っている。
三人立ち上がって鳩時計を覗く。
「……なんで、あんな偉そうなんだ」
「鳩はな」
「急に語るな」
「偉そうな方が、存在を許される」
「何の話だよ」
「愛嬌の話だ」
奏も頷く。
「申し訳なさそうだったら、
ここに置かれてないと思う」
「そんな基準か」
「大事」
「遠慮する鳩は、捨てられる」
「断言するな」
三人で鳩を見る。
鳩は、引っ込まない。
「……愛嬌、あるな」
「だろ」
「あるね」
「色、もうちょい抑えられなかったのか」
「抑えた結果だ」
「結果なのかよ」
「派手すぎると嫌われる。
地味すぎると忘れられる。
これは、その間だ」
「鳩で語るな」
鳩は、満足そうに引っ込んだ。
「……なんか、生きてるみたいだな」
「あるね」
「あるな」
「売れるぞ」
「やめとけ」
「だよな」
「“分かってる人”に売るな」
「……置いとくか」
「そうだね」
鳩時計は鳴らない。
ただ、そこにある。
何もしていないはずなのに、
時間だけが、少し遅れていた。
父は立ち上がる。
「じゃ、行くわ」
「今度はどこだ」
「さあな」
ドアの前で振り返る。
「雄一のこと、よろしくな!」
「……はい」
父は去った。
店に残ったのは、
時計の針の音と、鳩時計。
鳩時計は何も言わない。
ただ、今日もそこにあった。
――気がつくと、
鳩時計の見た目について語っていたことだけが事実で、
誰も止めなかったのが一番おかしい気がしてきた。




