表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下町オールドクロック  作者: イシマ ヒロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/14

第十三話「置いてあるだけ(前編)」

昼の店は、静かだった。


 時計の針の音。

 工具が金属に触れる音。

 ガラス越しの駅前通りのざわめきが、薄く混ざる。


 椅子の上の白いジャージ。

 あぐら。

 雑誌。


 奏は雑誌を読んでいる。

 ページも、普通に進んでいる。


 俺は修理台に向かい、

 分解途中の腕時計の続きを拾った。


 その時、店のドアがノックされた。


 ――コン、コン。


「はい」


 ドアが開く。

 色落ちしたカバーオールの男が、遠慮なく入ってきた。


 使い古したリュック。

 雑な足取り。

 見覚えのある背中。


「よ。まだ潰れてないか?」


「第一声がそれかよ」


 父だった。


挿絵(By みてみん)


 最後に会ったのは二年前。

 その後は、荷物だけが届く。


 時計。

 値段表。

 説明なし。


「いやさ」


 父は勝手に店内を見回しながら言う。


「俺が送ってる時計、だいたい訳ありだろ。店、急に消えるかと思って」


「潰れたら、完全に親父のせいだろ」


「だよなぁ」


 納得するな。


 父は棚を眺め、軽く頷く。


「……ちゃんと回ってるな」


「当たり前だ」


「いや、当たり前じゃない店も多い」


 何を基準にしているのか分からない。


「お、アレ売れたか」


 父が棚を指でつつく。


「売れた」


「じゃあ次、もうちょい高く書いとくわ」


「やめろ」


「高い方が“分かってる人”が買う」


「“分かってる人”に売るな」


 父は一瞬きょとんとしてから、笑った。


「相変わらず、嫌なとこだけ職人だな」


 そこで、父の視線が止まる。


 白いジャージ。


 奏と目が合う。


 一拍。


「……誰だ?」


「居候」


「居候?」


 父は奏を一度見て、

 にやっと口角を上げた。


「彼女か?」

「違う」

「へえ」


 興味深そうではあるが、

 それ以上は踏み込まない。


 奏は雑誌から顔を上げ、軽く会釈した。


「瀬尾です」

「……ああ」


 それ以上は聞かない。


「可愛いな」


「余計なこと言うな」


「言いたくなるだろ」


 奏は特に反応しない。

 雑誌を閉じただけだった。


 初対面としては、それで十分だった。


「で」


 父が急に話を切り替える。


「最近、この辺ズレてるだろ」


「急だな」


「値段表見てりゃ分かる」


 意味は分からないが、父は平然とリュックを床に下ろし、

 中から工具を取り出した。


 壁の古い掛け時計の裏蓋を開け、

 迷いなく手を入れる。


 手つきは軽い。

 慣れている。


「……直すのか?」


「直せる分だけな」


 父はそう言って、作業を続ける。


「この店さ」


 ネジを締めながら言う。


「変なのが、ちゃんと残ってる」


「在庫の話か?」


「違う違う」


 父は笑う。


「捨てる判断を、後回しにしてるだけ」


「商売の都合だ」


「まあな」


 それで十分だ、という言い方だった。


 しばらく、工具の音だけが続く。


 そして、父の声が少しだけ低くなった。


「……このズレ、壊れじゃない」


 秒針の音が、はっきり聞こえる。


 奏が、雑誌を閉じた。


 父は時計を見たまま言う。


「使われてる」


 俺は口を開く。


「あー……そのことなんだけどさ」


 説明しようとした、その瞬間。


「いい」


 父が被せた。


「言わなくていい」


「……分かるのか?」


「だいたいな」


 父は軽い調子のまま言う。


「直してると分かるんだよ。

 “誰が触ってるか”」


 奏は何も言わない。

 肯定も、否定もしない。


 ただ、閉じた雑誌を膝に置いたまま、

 父の手元を見ている。


「まあ珍しくもない」


 父はすぐに調子を戻す。


「世界、広いから」


「便利な言葉だな」


「便利だから使う」


 父は最後にネジを締め、

 時計を元に戻した。


「今日は、ここまでだな」


 工具をリュックに放り込み、

 そのまま近くの椅子に腰を下ろす。


「コーヒーある?」


 返事を待たずに、父は店の奥へ向かった。


 リビングの方から、

 ソファーに腰を下ろす気配がする。


 昔から、そういう人だった。


 俺は何も言わず、作業台に戻った。


 正直なところ、

 さっきの手つきが頭から離れない。


 速い。

 無駄がない。

 判断が早い。


 悔しいが、

 俺より早い。


 黙々と、手を動かす。


 ――そのうち、

 奥から声が聞こえてきた。


 笑い声だ。


 父と、奏の声が混じっている。


「雄一、子どもの頃さ」

「白は時間と相性がいい」


 何を話しているのかは、

 よく分からない。まったく……


 ただ、

 普通に談笑している。


挿絵(By みてみん)


 俺は作業を続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ