第十二話「夜が繰り返された理由」
昼の店は、静かだった。
時計の針の音。
工具が金属に触れる音。
その合間に、
白いジャージが椅子に一つ。
奏は、あぐらをかいたまま、珍しく背中を丸めている。
「……眠いのか?」
雄一が言うと、
奏は少しだけ目を開けた。
「んー……」
否定もしないし、肯定もしない。
まぶたが、また落ちる。
「最近、そんな顔だな」
「夜、長かった」
「夜更かし?」
「してないよ」
本当だった。
⸻
雄一は、修理台の脇に置かれたゲームコントローラーを手に取った。
「……また壊れてる」
スティックの戻り。
ボタンの沈み。
荒く使われた痕跡はある。
でも――
雄一は、理由が分からない顔をした。
「……おかしいな」
視線を上げる。
「俺は夜、普通に寝てるし」
当たり前の前提として、自然に続ける。
「……当然、奏も寝てるだろ」
だから、
「一晩で、ここまで壊れる理由が、思いつかない」
奏は、眠そうな目で瞬きをしただけだった。
⸻
発端は、三日前の昼。
「ね、対戦しよ」
軽い調子で始めた、格闘ゲーム。
一戦目。
雄一の勝ち。
「……今の、読み合いだな」
何気ない一言。
でも。
奏の指が、ほんの一瞬止まった。
「……読み?」
「そこ、出ると思った」
「……ふーん」
一拍。
「……今の、
択、二択じゃなくない?」
「反応じゃなくて、
決め打ちだろ」
奏は、笑わなかった。
コントローラーを置く。
置き方が、いつもより少しだけ乱暴だった。
「もう一回」
何度か対戦したが、奏は勝てなかった。
画面から目を逸らす。
悔しそう、というほどじゃない。
でも――
納得していない様子だった。
⸻
その夜。
夜は、普通にやってきた。
ただし――
奏にとっては、長かった。
同じキャラ。
同じ距離。
同じ初動。
ミスる。
――戻す。
「……今の、
見えてから押したのに」
戻す。
「……入力、
間に合ってたはずなんだけど」
戻す。
「……今の、
3フレ遅い」
戻す。
「……発生、
ちょっと早い」
戻す。
戻して、進んで、戻す。
夜は、終わらない。
でも朝は来る。
世界的には、
いつも通りの一日だった。
⸻
二日目の夜。
また、同じ画面。
同じ距離。
同じ負け筋。
「……硬直、
長……」
戻す。
「……これ、
確反、あるな」
指が、少し痛い。
でも、やめない。
昨日の負けが、
まだ終わっていない。
⸻
三日目の夜。
奏は、
ほとんど喋らなくなっていた。
言葉は、数字に変わる。
「……2フレ」
「……発生」
一拍。
「……持続、短」
戻す。
進む。
戻す。
夜だけが、
何度もやり直される。
⸻
四日目の朝。
奏は、だらけてはいなかった。
ただ、明らかに眠そうだった。
雄一は、
また壊れたコントローラーを直しながら、
首を傾げる。
理由が、ない。
分からない理由だった。
⸻
その日、三雲が来た。
「最近、この周辺で」
言葉を選ぶように。
「夜間帯に、微小なズレが多くて」
「事件ですか?」
「……いいえ」
事件じゃない。
原因が、ない。
奏は、眠そうなまま言った。
「気のせいだよ」
三雲は、それ以上踏み込めなかった。
⸻
夕方。
修理を終えたコントローラーを、
雄一が差し出す。
「これさ」
一瞬、考えてから。
「……使った時間で言うと、数十時間はいってると思う」
奏は、少し考える。
「……三日分くらい?」
「普通に考えるな」
奏は、小さく笑った。
⸻
「ゲーム……もう一回、やる?」
奏が言う。
四日ぶりの対戦。
戻らない。
ミスしても、進む。
フレームも、
発生も、
言わない。
ただ、動く。
読み合い。
判断。
結果は――
奏の勝ち。
「……あ」
雄一が、本気で驚いた声を出す。
奏は――
一拍置いてから。
「……今の、ちゃんと、読めた」
そして。
ぱっと、分かりやすく嬉しそうに笑った。
「……やった」
「今の、使ったか?」
雄一が聞く。
奏は、首を振る。
「使ってない」
「じゃあ――」
「三日分、やった」
言い切らないけど、
胸を張っている。
⸻
その夜。
商店街は、普通に夜を迎えた。
シャッターが閉まり、
街灯が点いて、
遠くで電車の音がする。
特別なことは、何もない。
夜は、巻き戻らなかった。
奏は、布団に倒れ込むように眠った。
悔しさも、
嬉しさも、
全部まとめて。
長すぎた夜が、
ようやく終わった。




