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下町オールドクロック  作者: イシマ ヒロ


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第十一話 「弁当は”むげん”だった」

午後の店は、弁当も食べ終わり静かだった。


 時計の針の音。

 工具が触れる音。


 ――それから。


 椅子の上の白いジャージ。

 あぐら。

 雑誌。


 俺は修理台に向かい、分解途中の腕時計の続きを拾う。

 昼を過ぎると集中力は落ちる。

 だから余計なことは考えない。


 ――コン。


 店のガラスが鳴った。


 コン、コン。


 遠慮がちで、律儀で、少し多いノック。


 「来た」


 奏が言った。


 雑誌を見たまま。


 「三雲ちゃん」


 来店確認より先に名前が出る。


 扉が開き、鈴が鳴る。


 三雲しおりが入ってきた。

 スーツ姿。

 きっちりした髪。

 目の下の、いつもの疲労。


 「お邪魔します」


 軽く一礼。

 もう深くない。慣れた証拠だ。


 「いらっしゃい、三雲ちゃん」


 奏が言う。


 「こんにちは、瀬尾さん」


 視線が一瞬、椅子と奏を確認する。

 配置ヨシ、という顔。


 「今日は何」


 奏は雑誌を閉じない。


 「状況確認です」


 即答。


 「大変ですね」


 俺が言う。


 「継続案件なので」


 「居候も継続中だよ」


 「そこは案件に含めません」


 三雲は端末を取り出した。


 「軽微な時間のズレが、引き続き断続的に発生しています」


 「断続的って、どのくらい」


 奏が聞く。


 「数秒から、長くても数十分単位です」


 「細かいね」


 「細かいです」


 三雲は淡々と続ける。


 「発生回数が多いため、

 特に今日の昼前後の累積では、おおよそ一時間前後になります」


 「ほら、軽微」


 奏が言った。


 「分類上は、です」


 「分類、ほんと便利だよね」


 「便利なのはあなたの感覚です」


 返しがもう反射だ。


 「昼?」


 ……何もなかったよな。


 そのとき。


 俺が工具を置こうとして――


 ――カチ。


 音だけが、先に鳴った。


 ……一秒後。


 ようやく、工具が台に触れる。


 「今の、先に鳴ったね」


 奏が言う。


 「鳴ったな」


 「壊れてない」


 「それが一番怖いんです」


 三雲が淡々と言った。


 「今のも、記録対象です」


 「するな」


 「仕事です」


 端末にメモを打つ指が、やけに速い。


 「そのメモ、後で誰が読むの」


 奏が言う。


 「私です」


 「読むたびに疲れそう」


 「もう疲れています」


 「えらい」


 「褒めないでください」


 「褒めてない」


 「でしょうね」


 間が、一拍ずれた。


 「……で」


 俺が言った。


 「……で?」


 奏が返す。


 また一拍。


 「……何の“で”?」


 「今、会話の順番がズレた」


 「雑談に使わないでください」


 三雲が言った。


 「今のも?」


 「今のもです」


 「律儀だね」


 「職業病です」


 「治る?」


 「治りません」


 即答。


 「瀬尾さん。改めて確認しますが、

 ズレの発生源に心当たりは」


 「ないよ」


 即答。


 「速いですね」


 「考えると面倒になるから」


 「それは“ない”とは言いません」


 「じゃあ“関係してそうだけど説明すると長くなるもの”は?」


 「ある」


 即答、二回目。


 「ありますよね」


 「あるね」


 「言う気は?」


 「ない」


 「でしょうね」


 三雲の声が、もう乾いている。


 「拡大の兆候は」


 「ない」


 即答、三回目。


 「増えも減りもしない」


 「安定してる」


 「安定していても困ります」


 正論が強い。


 その沈黙を破るように、奏が身じろぎした。


 椅子の上。

 あぐらのまま。

 足で床を軽く蹴る。


 椅子が、くるり。


 「……何をしているんですか」


 「居候の気まずさ処理」


 「処理できてません」


 「自分の中ではできてる」


 くるり。


 もう一回。


 奏は回りながら雑誌を開いた。


挿絵(By みてみん)


 「回転読書」


 「名前をつけるな」


 「流行らせたい」


 「流行りません」


 三雲が額を押さえた。


 「瀬尾さん。お願いですから止まってください」


 「止める理由、ある?」


 「あります」


 即答。


 「私の目が回ります」


 奏は、素直に回るのをやめた。


 「三雲ちゃん、人間だった」


 「人間です」


 「よかった」


 「何がですか」


 「居候だけ人外だと、分類が面倒」


 「分類の話に戻さないでください」


 三雲は端末を閉じた。


 「……本日の確認は以上です」


 「以上なんだ」


 「以上にします」


 切実だ。


 「また来る?」


 奏が言う。


 「……はい」


 「えらい」


 「だから褒めないでください」


 三雲は一礼して、店を出た。


 鈴が鳴る。


 静けさが戻る。


 「ね」


 奏が言った。


 「なんだ」


 「さっき言ってた一時間前後さ」


 「なんだよ」


 奏は雑誌を閉じて、少し考える顔になった。


 「美味しいとさ、

 時間って10分くらい、すって消えるじゃん」


 「まあ、分からなくはない」


 「それをね」


 奏は指を立てる。


 「10分、10分、10分……って、

 何回もやってた。満足を小分けにするとさ、

 お腹は増えないのに気持ちだけ太るから、

 結果ダイエットになるってやつ」


 「やるな」


 「しかも弁当、二個だから」


挿絵(By みてみん)


 「関係あるか?」


 「あるでしょ」


 「どうあるんだ」


 奏は、かなり雑に言った。


 「だからもう、

 むげんだよ」


 「ひらがなで言うな」


 「むげん」


 「納得できるか」


 「できなくていい」


 店の時計は、今日も正確に針を刻んでいる。


 10分ずつ、無限においしさを噛み締める。


 ――弁当を二個食べて

 ダイエットになる理屈については、

 考えないでおこう。

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