表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下町オールドクロック  作者: イシマ ヒロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/12

第十話 「白いジャージは、時間を試し続けている」

午前中の店は、静かだった。


 秒針の音。

 工具が金属に触れる音。

 ガラス越しの駅前通りのざわめきが、薄く混ざる。


 店の奥。

 カウンターの内側。


 白いジャージが、あぐらをかいていた。


 奏だった。


 椅子の上。

 膝の上。


 弁当が三つある。


 ――匂いで分かる。


 あの弁当屋だ。


 最近、妙に当たりが続いている店で、

 正直、昼の楽しみの半分くらいは、そこに寄っている。


 奏は弁当を前にして、珍しく動かない。


 じっと見ている。

 祈るみたいに。


「……あそこ、ほんとにおいしいよね」


 ぽつりと落ちた声は、

 感動というより、感謝に近かった。


 俺は少しだけ気が抜けた。


 ――そうだ。

 昼前に、奏に頼んだ。


 弁当を買ってきてくれ、と。


「……あ」


 思わず声が出る。


「ちゃんと買ってきてくれたのか」


「うん」


「助かる。ありがとな」


 言ってから、少しだけ間が空いた。


 奏は一瞬だけこっちを見て、すぐに弁当に視線を戻す。


「どういたしまして」


 軽い。

 軽すぎる。


 俺は弁当を見た。


 ハンバーグ弁当が一つ。

 唐揚げ弁当と、焼肉弁当。


「……でさ」


「なに」


「俺のがハンバーグで」


「うん」


「唐揚げと焼肉は」


「私」


「……両方いくのか」


「いく」


 即答だった。


 俺は一瞬だけ手を止める。


「……そういうことか」


「最近、雑だと思ってたんだよな」


 奏が弁当を開ける。


 気にした様子もなく、焼肉弁当を開けた。


 次に、唐揚げ弁当も開ける。


 同時に。


「おい」


「食べ比べ」


挿絵(By みてみん)


「それ、食べ過ぎだろ」


「科学だから」


「科学を汚すな」


 もぐもぐ。


 焼肉が消える。

 唐揚げも消える。


 奏は勢いよく食べ続ける。


「口が二つあれば良かった」


「気持ち悪いだろ」


 意味が分からない。


 俺はルーペを外して、天井を見た。


「……整理するぞ」


「いいよ」


「奏は、ここで何してる」


「いる」


「目的を聞いてる」


「存在」


「やめろ。哲学持ち込むな」


 奏は椅子を少し蹴って、あぐらのまま回り始めた。


「ねえ」


「おい、食べながらはやめとけ」


「今、いい感じ ごきげん」


「やめとけって」


「……」


 止まらない。


 回転が少しずつ速くなる。


 白ジャージの裾がずり上がる。


「おい!」


「大丈夫!」


「その言葉を禁止する!」


 ――ガタン。


 椅子が少し傾き、転けそうになる。


 奏は即座に床に足をついた。


 なぜか、少しだけ恥ずかしそうだった。


「……」


 見てしまった。


「見た?」


「見た」


「どう?」


「どうもこうもない」


「違和感、ない?」


「ありすぎて、特定できない」


 奏は満足そうに頷き、何事もなかった顔で椅子に座り直す。


「じゃあセーフ」


「何が」


「世界」


「基準が雑すぎる」


 そのとき。


 ――ピピ。


 電子時計が、妙な音を鳴らした。


 表示が、一瞬だけチラつく。


 俺は反射で見た。


「……二秒、ズレてる」


「お」


 奏が、はっきり反応した。


「今、“お”って言ったな」


「言った」


「知ってるな」


「うん」


「……前からか」


「うん」


「どれくらい」


 奏は少し考える素振りをしてから、あっさり言った。


「だいたい」


「だいたい、何だ」


「だいたい、この辺」


 適当に天井を指差す。


「時間を指で示すな」


「感覚だから」


「感覚で二秒ズラすな」


「でもほら」


 奏は電子時計を、指先で軽く叩いた。


 表示が、ぴょん、と一瞬だけ跳ねる。


「……今」


「三秒」


「増えたな」


「ノリで」


「ノリで増やすな」


 奏は椅子に深く座り直す。


「あ、戻す?」


「戻せるのか」


「うん」


「じゃあ直しといてくれ」


「今はやだ」


「なんで」


「さっきより面白くなってきた」


「基準が完全に壊れてるだろ」


 奏は唐揚げを一個つまみ、口に放り込む。


「そのうち勝手に直るでしょ」


「世界を家電扱いするな」


「叩いたら直るのもあるし」


「壊れるのもある!」


 奏は笑った。


 完全に、隠す気がなかった。


「はいはい」


 奏は満足そうに弁当を閉じた。


 そして、何もしていない顔で言う。


「ねえ」


「何だ」


「今日さ」


 嫌な予感しかしない。


「この店、静かすぎない?」


「静かでいいだろ」


「嵐の前みたい」


「嵐を呼ぶな」


 奏は天井を見上げる。


「ね」


「……」


「もしさ」


「やめろ」


「このままずっと」


「やめろって」


「何も起きなかったら」


 俺は、何も言わなかった。


 時計の音が、やけに大きい。


「でも」


 奏はあぐらを組み直す。


「今は、これでいいや」


「……何が」


「ここ」


 白いジャージがいた。


 反省はない。

 説明もない。

 悪びれもしない。


 ただ、最初からそこにあったみたいな顔をしている。


 俺は工具を握り直した。


「作業の邪魔だけはするなよ」


「努力する」


「努力って言ったな」


「言っただけ」


「結果を出せ」


「未来に期待して」


「期待できない」


 奏は笑った。


 古針時計店 未来も安心だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ