第一話「白いジャージは、ちゃんと倒れる」
はじめまして。
この作品は、駅前の時計店で、朝から少し変なことが起きる話です。
世界観の説明は、あまりしません。
登場人物も、親切には語ってくれません。
日常とコメディの中に、
小さな違和感が混ざっていくタイプの物語です。
気楽に読んでください。
都下沿線の駅前。
改札を出て三十秒、駅前通りに面したガラス張りの時計店がある。
古針時計店。
白と木目を基調にした内装で、アナログとデジタルの時計が混在している。
祖父の代から続く店だが、駅前再開発の際に、この場所で建て直している。
開店準備を終え、シャッターを上げた直後だった。
――コツ。
店の外、ショーウインドウに何かが当たった。
小石かと思って顔を上げると、
ガラスの向こうに、白いジャージの女がいた。
いや、立っているというより――寄りかかっている。
ガラスドアに額を預け、体を支えるように前屈みになっている。
右肩だけが、わずかに落ちていた。
ガラス越しに、息遣いが伝わってくる距離だった。
目が合った。
青い目だった。
銀色のショートヘアが、朝の光を反射している。
見覚えはない。
声をかける前に、異変が起きた。
女の体が、
ゆっくりと、下へずれ始めた。
ガラスに触れていた額が滑り、
そのまま背中がドアに沿って落ちていく。
抵抗する様子はない。
止まろうともしない。
ただ、重力に従って――倒れる。
膝が折れ、
腰が落ち、
最後は、その場に座り込む形で止まった。
女は動かなくなった。
「……え?」
慌てて外に出る。
白いジャージの女は、店の前で行き倒れていた。
ガラスドアにおでこをつけたまま、目を閉じている。
息はある。
それに気づいたのか、
通りを歩いていた商店街の人たちが、ぞろぞろと足を止めた。
「どうしたの?」
「なんかあった?」
俺はちらっとそっちを見て、言う。
「はいはい、解散」
一拍置いて、
「今、起きるから」
それで満足したのか、
商店街の人たちは、面白がった顔のまま散っていった。
商店街のはずれにある電光時計が、
一瞬だけ表示を切り替えた。
誰も、それに気づかなかった。
「……朝から濃いな」
「大丈夫ですか?」
声をかけると、
女は、ゆっくりと目を開けた。
「あー……」
掠れた声。
「……だいじょぶ、ではないかも」
断言しない言い方だった。
「救急、呼びます?」
「それは、やめてほしい、かな」
女は少し考えるように間を置き、
自分のお腹に手を当てた。
「朝から歩いててさ」
そこで、一度言葉を切る。
「……今日は、合わなかった」
意味は分からない。
だが、妙に落ち着いた声だった。
「……中、入ります?」
「うん。助かる」
立ち上がろうとして、失敗する。
「あ」
もう一度、失敗。
「今、オートセーブ前だった」
「今なんて?」
「気にしないで」
結局、肩を貸して店内に入れた。
椅子に座らせると、
女は白いスニーカーを脱ぎ、裸足のままあぐらをかいた。
それから、深く息を吐く。
(……椅子であぐらって、そういう距離感か)
「ふぅ……。
ここ、時間の流れ、わりと素直だね」
「また分からないこと言いますね」
「癖みたいなもの」
水を渡すと、女は一口飲み、満足そうに目を閉じた。
「この店、
まだ壊れてないよね?」
「……はい?」
「今のは、休符」
女はそう言って、それ以上は何も語らなかった。
(……今日は、営業日だったよな)
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
倒れていた白いジャージの人は、
だいたいあの距離感のまま動きます。
この話は、
大きな事件よりも、
「いつの間にか日常がズレている」感じを積み重ねていきます。
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