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第3話「常連様、ご来店」

 夜勤。昨日の裂け目騒動を思えば、正直もう何も起きないでほしいところだ。だが神棚の小鈴は、相変わらず静かにそこにある。

 「いらっしゃいませー」


 時間は午前二時五十五分。外は昨日よりも冷え込みが強く、白い息が店内にまで流れ込んでくる。

 ドアが開いた。入ってきたのは、昨日と同じ黒髪の女。肩までの髪は濡れていないのに、纏っている空気だけがしっとり湿っている。

 「こんばんは」

 「いらっしゃいませ」

 自然と背筋が伸びる。昨日の“裂け目”を予告した女。店長の言う「常連」が、彼女だろう。

 女はゆっくりとおにぎりコーナーに歩き、例によって“塩”の棚で立ち止まった。

 「今日は……ありますね」

 「はい。仕入れ増やしましたので」

 店長の指示で、裏には塩おにぎりを常に三つはストックしておくことになった。女は一つ手に取り、レジに置く。

 「こちらでよろしいですか」

 「ええ」

 ピッ。会計を済ませると、女は受け取った袋を両手で抱え、まるで供物でも受け取るかのように深々と頭を下げた。

 「この店は、まだ“保たれて”いる」

 「……どういう意味ですか」

 「裂け目は気まぐれ。でも、監視する人間がいれば少しは持つ。あなた、昨日、無事に閉じたのでしょう」

 ドキリとする。どうして知っている。俺が訊ねるより先に、女は口元に笑みを浮かべた。

 「……ミカドの夜勤は、選ばれなければできませんから」

 何を言いかけたのか、そこへ自動ドアが鳴った。

 入ってきたのは普通のサラリーマン風の男。ネクタイを緩め、眠そうな顔で雑誌コーナーへ向かう。

 俺は反射的に「いらっしゃいませ」と声をかけ、そちらに気を取られた。ほんの一瞬のことだ。

 気づけば、女の姿はもう消えていた。

 レジ台には、塩おにぎりの代金と同じ額の硬貨がきれいに並べられている。だがそれは現行硬貨じゃない。錆びてはいないのに、古代の銅銭みたいな模様が刻まれていた。

 「……常連様のお支払い、っと」

 レジに入れるのもためらわれ、俺はとりあえず封筒にしまい込む。小鈴が、ころんと鳴った。


 サラリーマン客が缶コーヒーを買って出て行くと、店内にはまた静寂が戻った。

 バックヤードに引っ込むと、連絡ノートが机に置いてある。開くと、店長の字で新しい一文。

 ——常連様の言葉は、全部記録しておくこと。後で必ず役立つ。

 俺は慌ててさっきの会話を走り書きする。「保たれている」「選ばれた」……気になる言葉ばかりだ。

 その時。店内から、バサッと紙の音がした。

 雑誌コーナーのほうだ。覗いてみると、最新号のファッション誌の山が勝手にめくれ、ページの隙間から白い手がすっと伸びている。

 「おいおい、またかよ……」

 思わず呟く。昨夜の裂け目とは違う。だが嫌な予感が背筋を走った。

 砂時計と札は……カウンター下にある。間に合うか。

 俺はレジ台に駆け戻り、手探りで札を掴んだ。

 ページの向こうから覗いた“目”と、視線がかち合う。

 「……っ!」

 胸が跳ね、札を叩きつける。

 雑誌のページはぴたりと閉じ、店内の空気が再び静まった。小鈴が短く鳴る。

 俺は札を押さえたまま、心臓の鼓動が落ち着くのを待った。

 そのとき、さっきの封筒から硬貨が一枚、勝手に転がり出る。

 転がった銅銭の表には、はっきりと刻まれていた。

 ——“裂隙封印”

 俺は固唾を飲んだ。常連様は、最初からこのことを見越していたのか。

 夜勤は、まだ始まったばかりだ。



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