遊ばせの中
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、「狐憑き」に出会ったことがあるだろうか?
狐に限った話じゃなく、別の動物でもかまわない。人の姿をしていながら、人間としてはかけ離れた、あるいはやるべきじゃない行いを、やってしまうような状態。
はた目にはこう見えるけれど、実際に憑かれているのか演技なのかは、門外漢にはなんとも判別しづらい。どうせ後者だろうと、たかをくくって接するのはリスキーな場合もある。
これらの状態について、何かしらの予言である、兆しであるという認識は古今東西でしばしば見られること。しかし、私たちのところだと、この現象を「遊ばせ」と認識する場合が多いんだ。
人ならざるものが、その身の上に飽きて気分を変えようとするとき、ほかの何かへ乗り移らせて、その行いを楽しませるといったものだね。「乗り移らせる」というあたり、そいつの上位存在みたいなものの指示にしたいのだろうな。乗り移ったものそのものに、責を負わせないという。
この遊ばせは合意を得て行われることはめったにないが、一方的に搾取されるばかりじゃない。体をとっかえる要領で、こちらの人間側も向こうさんの中へ入り込み、いろいろ体験する場合があるらしい。
つい最近、知り合いから「遊ばせ」を目の当たりにした、という話を聞いてね。そのときのこと耳に入れてみないかい?
その知り合いの友人。数か月前から、ちょくちょく妙な夢を見ると知り合いに話していたらしい。
その夢だと、自分は真っ赤な空の下にいる。夕焼けの光に照らされるようなものじゃなく、スイカの果肉のようなみずみずしさを持って、頭上いっぱいに広がっていた。
そもそも太陽らしきものは、空のどこを見やっても発見できない。ときおり、黒く薄い煙のようなものが、断片的に流れていく。それも長続きはせず、視界を横切りきらないうちに薄くなって消えていくんだ。
空から目をおろすと、自分の立つ地上の様子がうつる。
緑色が埋め尽くしているが、植物のたぐいじゃない。土そのものが緑をしていて、そこには葉や茎などはいっさい生えていなかったんだ。
左手には段々畑を思わせる段差がいくつも連なる地形だったが、足は逆を向く。
走るのかと思ったが、姿勢がぐっと前へのめったかと思うと、手も地面についたような感触。四足歩行だ。
そのまま、跳ぶようにかける夢の中の友人。空いた道で、快調に飛ばす車のごとく左右の景色がぐんぐん後ろへ抜けていく。
そうして緑の荒野をいくらか走っていくと、今度こそ植物らしいものが一本だけ突き立っている場へたどりつく。
地面から伸びるその茎は、ばねを思わせるように細かいらせんを描きながら、てっぺんにピンポン玉を思わせるオレンジ色のつぼみらしきものをつけている。
夢の中の友人は、そのつぼみをむしゃりとかじったが、さほどおいしくは感じない。新鮮なニガウリを口へ入れたかのような味を覚えたところで、目が覚めたのだそうだ。
複数回見る夢は、いずれも赤い空の下で緑色の荒野を走るというものだったが、地形は毎回変化があり、どうも移動をしているらしいことは想像がついた。
そして毎度のごとく、苦いピンポンのつぼみを口にする……とのこと。
「早いところ、解放されないもんかなあ。あの妙な夢からさ」
夢が自分の抱えるストレスかなにかに関係していると思っているのか。友人はそこまでせっぱつまっている様子は見られなかったという。
その友人なのだけど、とある飲み会の日。
いつもなら二次会、三次会と最後まで付き合うお酒大好き人間だったのが、一次会ですでに苦虫をかみつぶしたような顔で、ちびちび飲んでいるのが気になった。
案の定、店を移すところで彼は離脱を告げ、知り合いも「調子が悪いのかな?」と思ったらしい。友人の動きは早く、知り合いが付き添おうと離脱を告げたときにはもう店から外へ出ていたという。
知り合いが出た時には、かろうじて店のすぐ横の路地へ入るところが見えた。が、知り合いが路地をのぞいてみると、すでに彼の姿はない。
あれ、どこへ行った? と思うと代わりに、とん、とん、とんと固いものを踏んでいく音が。見上げると、民家を囲む塀の一角から屋根の一部へ降り立ち、なおも先の民家の屋根へ屋根へと飛び移っていく影があった。
それが人間ほどの大きさでなかったら、知り合いも後を追おうとは思わなかったかもしれない。友人の話していた、四足歩行の夢の話があったからだ。
追いかけること10分ほど。
見失いかけるたび、屋根へ飛び移る友人の姿が見えて方向修正ができたのは、不幸中の幸いといえた。その身のこなしは軽く、とても普段の彼ができるような動きではなかったとか。
そうして行きついた彼は、とある大橋の下へもぐりこんでいた。といっても、人どころか車も平然と通ることができるほど、だだっ広い空間があったのだが。
その影になるところで、友人は一心不乱に残飯らしきものを食べあさっていたそうだ。四つん這いの姿勢を保ったままだ。
中途半端に包み紙がついているものもある。都合よく橋の下へあったものばかりとは考えづらいほどの食べ物の山に、もしや自分が追いかけている間もどこかで拾い集めていたのだろうか、と考えてしまう。
気配にも敏感で、半径数メートルの間へ入りこむと、友人はこちらを見ることなく後ろ足で石を蹴り飛ばしてくる。
初撃をかわせたのは、ほぼ奇跡といえる剛速球。まともに受けたら身体にめり込みかねないと、知り合いはそれ以上踏み込めず。距離をとって持ち歩いているだろうスマホへ連絡をしても、反応するそぶりなし。
やむなくその場は退いた。翌日に会った彼は、そのときのことをまったく覚えていない様子だったとか。そして例の夢のことと合わせ「遊ばせ」じゃあないのか、という疑惑が湧いたのだとか。
向こうの四足歩行の主も、理由は分からないがあの苦いものを食べ続けて嫌気がさし、気分転換をはかったのでは……という認識らしい。
最終的に落ち着くまでの2か月の間、同じようなことがたびたび起こったとか。