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第8話:とろける熱々ミートパイ ~うっかり者の衛兵と、心温まる奇跡の味~(第二部)

「ボーナス君、落ち着いて。これは、君のせいじゃない。むしろ……**これは、新しい料理の始まりになるかもしれない**」


耕介の言葉に、ボーナスは呆然とした。彼の頭の中は、「失敗」「台無し」「謝罪」といった言葉でいっぱいだったからだ。


「日向さん、何を言ってるんだい? 肉は床に散らばっちまったし、生地も肉汁まみれじゃないか!」


騒ぎを聞きつけて厨房に駆けつけてきたベアトリスが、驚いて言う。彼女の目には、ただの「失敗」しか映っていなかった。リリアも、心配そうな顔で床に散らばった具材を見つめている。


しかし、耕介の目は、その「失敗」の中に、新たな可能性を見出していた。彼の脳裏には、フランスの伝統菓子「タルト・タタン」が生まれた逸話が鮮やかに蘇っていた。うっかり焦がしたリンゴをひっくり返したことで、偶然生まれた傑作。


「見てください、ベアトリスさん。この麦穂粉の生地に、肉汁がしっかりと染み込んでいる。そして、この温熱石……これも、まだ熱を保っている」


耕介は、散らばった具材を丁寧に集め始めた。衛生的にも問題がないよう、手早く、そして慎重に。彼は、肉汁が染み込んだ生地を指先でそっと触れた。しっとりとして、それでいて弾力がある。


「この肉汁が染み込んだ生地と、温熱石の熱を使えば……」


耕介の頭の中で、料理の設計図が急速に組み立てられていく。モグモグも、耕介の肩からその様子をじっと見つめ、時折「きゅぅ」と小さく鳴いては、耕介の作業を見守っている。彼の小さな鼻が、肉汁の匂いをくんくんと嗅いでいた。


耕介は、まず宿屋にある深めの土鍋を用意した。その内側に、肉汁が染み込んだ麦穂粉の生地を丁寧に貼り付けていく。生地は肉汁を吸ってしっとりとし、まるでスポンジのようだ。生地の端を土鍋の縁に沿って立ち上げ、まるで器のように形を整える。


次に、集めた狩人豚の肉と野菜を、さらに細かく刻んだ「香りの葉」と共に土鍋の中に詰めていく。肉の臭みを消し、風味を増すために、香りの葉は惜しみなく使う。野菜は、宿屋にあった泥芋や、森で採れた根菜だ。それらを細かく刻み、肉と混ぜ合わせる。


そして、その具材の上に、まだほのかに熱を保っている温熱石をそっと置いた。温熱石は、火にかけることで長時間熱を保つ特殊な石だ。


「日向さん、何を……?」


リリアが不思議そうに尋ねる。彼女の瞳は、耕介の一挙手一投足に釘付けになっている。


「これはね、リリアちゃん。**『熱を閉じ込める魔法』**ですよ。この温熱石が、中の具材をじんわりと温め続けてくれるんです」


耕介は、土鍋に蓋をし、そのまま石窯の熾火の中にくべた。通常の煮込みよりも短時間で、しかし内側からじっくりと熱が伝わるように。肉汁が染み込んだ生地は、石窯の熱でカリッと香ばしく焼き上がり、中の具材は、温熱石の熱でじんわりと温められ続けるだろう。


待つことしばし。香ばしい匂いが厨房に満ちてきた。肉が焼ける香ばしい匂いと、ハーブの爽やかな香りが混じり合い、食欲をそそる。モグモグは、耕介の肩でそわそわと落ち着かない様子だ。


耕介が土鍋を石窯から取り出し、蓋を開けると、湯気と共に、食欲をそそる香りが立ち上った。土鍋の縁に沿って焼き上がった生地は、こんがりと狐色に色づいている。


「よし、出来上がりだ!」


耕介は、土鍋を逆さまにして、皿の上に中身をひっくり返した。すると、香ばしく焼き上がった麦穂粉の生地が外側になり、その中に肉と野菜がぎっしりと詰まった、見たこともない料理が現れた。底に敷かれていた温熱石は、まだほのかに熱を放ち、料理全体を温め続けている。


これは、現代でいうところの**ミートパイ**に近いものだが、異世界の食材と、耕介の知恵、そしてボーナスの「うっかり」が奇跡的に融合して生まれた、全く新しい料理だった。


「はい、どうぞ。今日のまかないは、**『とろける熱々ミートパイ』**です」


耕介は、完成したばかりのミートパイを、呆然と立ち尽くすボーナスに差し出した。ボーナスの顔には、まだ不安と困惑の色が残っていた。自分の失敗が、こんな形になって現れたことに、彼は戸惑いを隠せない。



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