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第5話:初めてのまかない ~貧しき食卓の、心温まる救済~(第五部)

翌日、宿屋「木漏れ日の食卓亭」は、いつもとは違う活気に包まれていた。朝早くから、食堂の戸を叩く音が響く。


「なあ、昨日、ここでめちゃくちゃ美味い泥芋の料理が出たって聞いたんだが、本当か!?」


髭面の鉱夫が、半信半疑の顔で尋ねた。彼の背後には、同じく数人の鉱夫仲間が続く。


「ああ、本当さ! 俺の隊長が、あんなに興奮して話すなんて珍しいんでね。どんなもんか、俺たちも味見に来たぜ!」


その日の昼には、衛兵隊詰所でガルフから話を聞いた他の衛兵たちが連れ立ってやってきた。彼らの目当ては、もちろん昨夜の「ホクホク泥芋のクリーミーサラダ」だった。


ベアトリスとリリアは、突然の客足に大忙しだ。厨房では、耕介が薪の火を調整し、次々と泥芋を石窯に投入していく。


「はい、これで、みんな笑顔ごちそうさま!」


耕介がそう言って、温かい泥芋のポテトサラダを皿に盛り付けるたびに、客席からは感嘆の声が上がった。


「うおおお! なんだこりゃあ!」「泥芋って、こんな味だったのか!」「今まで食べてたのは何だったんだ! これが同じ芋だなんて信じられねぇ!」


一口食べるごとに、客たちの顔には満面の笑みが広がる。中には、あまりの美味しさに、思わず涙ぐむ鉱夫までいた。彼らにとって、泥芋は日々の糧であり、地味で代わり映えのしない食べ物でしかなかったのだ。それが、耕介の手にかかると、こんなにも心を満たすご馳走になるなんて、想像すらしていなかった。


特に、普段は無口で愛想のない老鉱夫のバルドも、この日の昼食に宿屋を訪れた。彼は昨日も宿屋で質素な煮込み芋を食べたばかりだったが、ガルフから「お前も食ってみろ」と半ば強引に連れてこられたのだ。


「フン、どうせまた泥臭い芋だろう……」


ぶつぶつ文句を言いながら、バルドは耕介が差し出したポテトサラダを一口食べた。その瞬間、彼のゴツゴツとした顔に、驚きと、そして何とも言えない懐かしさが混じり合った表情が浮かんだ。彼の瞳の奥に、遠い日の記憶が蘇る。


「……こ、これは……」


バルドは、故郷の母親が作ってくれた、暖炉の火で焼いた芋の味を思い出した。あの頃は、貧しかったけれど、温かい芋を囲んで家族が笑顔だった。冬の寒さが厳しく、食料も乏しかった日々に、母親が知恵を絞って、温かい芋料理を作ってくれた。それは、ただ腹を満たすだけでなく、家族の心を温める、特別な一皿だったのだ。長い鉱夫生活で、忘れかけていた温かい記憶が、この一皿で鮮やかに蘇った。


バルドは、黙々とスプーンを動かし、皿を空にした。彼は何も言わずに銅貨を置いて席を立ったが、その背中からは、いつも纏っている重苦しい空気が消え、どこか軽やかな印象さえあった。宿屋を出る際、彼はちらりと耕介の方を見て、小さく、しかし確かに、頷いてみせた。それが、彼にとって最大の賛辞だった。


「日向さん、すごいよ! みんな、日向さんの料理を食べて、すごく喜んでる!」


リリアはキラキラとした瞳で耕介を見上げた。宿屋がこんなに賑わったのは、生まれて初めてのことだった。ベアトリスもまた、忙しさに追われながらも、その口元には優しい笑みが浮かんでいる。


「いやぁ、まさかここまでとはねぇ……あんたの料理は、本当に不思議なもんだね。泥芋一つで、こんなにも人を笑顔にできるなんて」


ベアトリスは、耕介の肩をポンと叩いた。その表情には、感謝と、そして未来への希望が満ち溢れていた。


耕介は、忙しさの中で汗をかきながらも、客たちの笑顔を見て、心から充実感を感じていた。現代では、洗練された料理を追求するばかりで、純粋に「美味しい」と喜ぶ人々の顔を直接見る機会は少なかった。異世界に来て、全てを失ったと思っていたが、ここには、彼が本当に求めていた「料理の喜び」があったのだ。


モグモグは、そんな耕介の足元をちょこまかと動き回り、客たちの残した皿をくんくんと嗅いでは、「きゅぅ」と満足げに鳴いている。


「ありがとう、モグモグ。お前のおかげで、最高のまかないが作れたよ」


耕介がモグモグの頭を撫でると、モグモグは嬉しそうに体を震わせ、小さく金色の光を放った。


宿屋「木漏れ日の食卓亭」に、日向耕介が来てから、小さな変化が生まれ始めた。人々の笑顔が増え、宿屋には活気が戻り、そして何よりも、耕介の料理が、この異世界の食卓に、新たな可能性の光を灯し始めたのだった。


この「ホクホク泥芋のクリーミーサラダ」は、たちまち宿屋の**新たな「名物」**となった。特に鉱夫たちの間では、**「体を温める暖炉芋だんろいも」**と呼ばれるようになり、彼らの過酷な労働後の定番の一皿となっていった。それは、**乏しい食材と冷えた心に、温もりと豊かな味わいをもたらした、宿屋の新しい救済の味**として、人々に受け継がれていく。


「はい、これで、みんな笑顔ごちそうさま!」


耕介の口癖が、宿屋に響くたびに、新しい笑顔が生まれる。彼の料理は、この異世界に、単なる「食」以上の、**温もりと癒やし、そして豊かな生活の「起源」**を次々と生み出していく。それは、時に「余り物」から、時に「失敗」から、そして時に「古き知恵の応用」から生まれる、偶然と工夫の結晶だった。


明日もまた、この宿屋で、どんな食材と出会い、どんな「笑顔」が生まれるのだろうか。日向耕介の異世界クッキングロードは、まだ始まったばかりだ。


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