第3話:初めてのまかない ~貧しき食卓の、心温まる救済~(第三部)
「まずは、この泥芋を最大限に美味しくするところからだ」
耕介は、泥芋を石窯の熾火にくべた。土付きのまま焼くことで、泥芋独特の土っぽい匂いを飛ばし、香ばしさを加える。石窯の熱は均一に泥芋に伝わり、内部までじっくりと火を通す。薪のはぜる音、炎の揺らめき、そして土窯から漂う温かい香りが、耕介の心を落ち着かせる。彼は、熱くなった芋から湯気が立ち上り、ホクホクとした香りが漂い始めたところで火から出した。
熱気を帯びた泥芋の皮を剥くと、中は鮮やかな黄色で、見るからに美味しそうだ。その黄色は、彼がかつて使っていた「インカのめざめ」というジャガイモの色に酷似している。
次に、宿屋の女将ベアトリスが朝食に出すために用意していた**「乳絞り草の乳」(牛乳に似た液体)**を分けてもらった。異世界の牛乳は、やや水っぽく、独特の青臭さがある。そのまま飲むには少々抵抗があるかもしれない。
「この乳の臭みを消しつつ、コクを出すにはどうすればいい……? そして、この芋の熱をどうやって長く保つか……」
耕介は考え込んだ。現代のベシャメルソースのように、小麦粉とバターでルーを作るのも手だが、この宿屋には小麦粉をふるう篩もなければ、細かく刻む道具も限られている。何より、客のまかないでそこまで手の込んだことをするのも気が引けた。
その時、モグモグが耕介の足元をちょんちょんとつつき、「きゅっ!」と隣の棚を指差した。そこには、先日耕介が市場で仕入れた「発酵塩塊」が置いてある。見た目は現代のチーズそっくりだ。独特の強い匂いを放っているが、それゆえに料理に深みを与える可能性を秘めている。
「ん? これか?」
耕介が発酵塩塊を手に取ると、モグモグは満足げに「きゅるるる~」と喉を鳴らした。
「なるほど、お前はこれを合わせろと言いたいのか。もしかして、これを溶かせば、乳にコクと塩味が加わるってか? 確かに、この発酵塩塊、加熱するととろけるような性質があったな……しかも、粘度があるから、芋と合わせれば熱も逃げにくいかもしれない」
モグモグの助言に、耕介の脳内で新たなレシピが閃いた。まるで、経験豊かなシェフと、天才的なソムリエが、互いの知識をぶつけ合うようだ。
耕介は焼きたての泥芋を粗く潰し、熱いうちにその発酵塩塊をナイフで大きく削り入れた。芋の熱で塩塊がじわりと溶け出し、独特の芳醇な香りが立ち込める。その匂いは、嗅ぎ慣れない異世界の香りが混じり合いながらも、どこか懐かしいチーズの香りを思わせた。そこに、乳絞り草の乳を少しずつ加えながら、木べらで混ぜ合わせていく。
すると、まるで魔法のように、あの水っぽい乳が、芋の甘みと発酵塩塊のコクと塩味によって、**まろやかでクリーミーなソースへと変化**していくではないか。その粘度が、芋の熱をしっかりと閉じ込めているのが、手触りからも分かった。
「おお……これは、いける!」
嗅ぎ慣れない香りに、宿屋の台所に顔を出しにきたリリアが、目を丸くした。
「日向さん、それ、何ですか? すごくいい匂い!」
リリアの瞳は、好奇心でいっぱいの、まるで小さな子供のようだ。
「ふふふ。これはね、リリアちゃん。私にとっては懐かしい、でもリリアちゃんにとっては初めての味になりますよ。もう少しお待ちくださいね」
耕介は自信満々に微笑んだ。
さらに、宿屋の庭に生えていた**「香草」(ローズマリーやタイムに似たハーブ)**を細かく刻み、熱い芋に混ぜ込んだ。香草の爽やかな香りが、泥芋の土っぽい匂いを打ち消し、料理全体に奥行きを与える。
「あとは……食感だな」
耕介は、宿屋の軒先に吊るされていた**「乾燥野実」(ドライフルーツとナッツの中間のようなもの)**を見つけた。これは、保存食として用いられるものだが、そのままでは味気ない。これを細かく砕いて混ぜ込めば、カリカリとした食感が加わり、単調になりがちな芋料理にアクセントが生まれるだろう。
耕介が一つ一つの食材に向き合い、その持ち味を最大限に引き出すべく、真剣な眼差しで作業を進めていく。まるで、彼と食材が対話しているかのようだ。モグモグもまた、耕介の肩に乗り、彼の繊細な手つきをじっと見つめている。時には、耕介の手に乗って、潰した泥芋をくんくんと嗅ぎ、満足げに「きゅぅ」と鳴いたりもした。その姿は、まるでベテランの料理人と、その味を見抜く相棒のようだった。
やがて、滑らかに混ぜ合わされた泥芋のペーストは、クリーミーで、しかしどこか素朴な温かみを感じさせる一品へと変貌を遂げていた。皿に盛り付ければ、鮮やかな黄色の芋に、白い発酵塩塊の筋と、緑の香草が散りばめられ、見た目にも美しい。
「よし、これで完成だ!」
耕介は満足そうに頷いた。これは、現代でいうところの**ポテトサラダ**に近いものだが、異世界の食材と彼の知恵によって、全く新しい料理として生まれ変わったのだ。それは、**限られた食材と道具の中で、最大限の美味しさと温かさ、そして栄養を引き出すための、彼の「知恵」の結晶**だった。