第2話:初めてのまかない ~貧しき食卓の、心温まる救済~(第二部)
宿屋「木漏れ日の食卓亭」での生活は、耕介が想像していた以上に質素なものだった。厨房には、大きな土鍋と、分厚い鉄製のフライパン、そして薪をくべる石窯があるだけだ。現代のキッチンにあるような計量カップも、正確な温度計も、もちろん冷蔵庫もない。
特に食事は、野菜と肉を適当に煮込んだだけの、味気ないものがほとんどだ。それでも、温かい食事ができるだけありがたいと、耕介は自身に言い聞かせた。
ある日の夕食時、耕介は宿屋の娘、**リリア**が寂しそうにしているのを見て、思わず声をかけた。
「リリアちゃん、どうしたんですか?」
リリアは肩を落とし、ため息をついた。
「別に……。ただ、今日の夜も、お客さん、少ないなぁって。最近ずっとこんな感じなんだ」
宿屋の客足はまばらだ。食堂には、まばらに数人の客がいるだけ。夕食時は特に閑散としている。
「だって、仕方ないじゃない! お母さんが作る料理は、いつもこんななんだから……」
リリアは頬を膨らませた。確かに、今日の煮込み料理も、栄養はあるのだろうが、見た目も味も単調だ。冷めれば、ただのぼんやりした塊になる。宿屋の棚には、安価だが消費しきれない**「泥芋」**が山と積まれ、女将のベアトリスは「余った分は次の日の煮込みに回すしかないね」と諦め顔だった。この町では、泥芋は主要な食料だが、調理法は限られ、すぐに飽きられるものだった。
食堂の隅では、老鉱夫の**バルド**が、冷めた煮込み芋を黙々と食べていた。彼の顔には疲労が色濃く、食欲もなさそうだ。冬の寒さが、彼の体だけでなく、表情にまで重くのしかかっているように見えた。彼は、過酷な労働で常に体が冷え切っており、宿屋の冷めやすい料理では、心まで温まることはなかった。彼の肩には、長年の重労働でできただろう、深い皺が刻まれている。
耕介は、バルドの冷え切った背中をじっと見つめた。そして、ふと現代の**ポテトサラダ**の起源に思いを馳せる。冷蔵技術が未発達だった時代、人々は限られた食材を無駄にせず、美味しく、そして温かく食べきるために、様々な工夫を凝らした。特に、温かいジャガイモとソースを和えることで、熱を閉じ込め、冷めても美味しく、満足感のある一品にする知恵が生まれたのだ。それは、貧しいながらも、家族の食卓を豊かにしようとした、名もなき料理人たちの愛から生まれた料理。
(そうだ、この状況は、まさにあの時の料理人の「問い」と同じじゃないか?)
耕介の脳裏に、かつて彼がフードコーディネーターとして監修した、食の歴史に関するドキュメンタリー番組の映像が蘇る。そこには、少ない材料で家族の胃袋を満たそうと、知恵を絞る昔の料理人の姿があった。
「よし、リリアちゃん。今日のまかないは、私が作ってみましょうか。ちょうど、余っている泥芋が、とっておきの食材になりそうですから」
耕介の瞳は、希望に満ちて輝いていた。彼の心の中で、フードコーディネーターとしての情熱が再燃し始めていた。
「え、日向さんが? でも、お母さんが使ってる調理器具しか……」
リリアが心配そうに言う。彼女の目は、耕介の言葉を信じたい気持ちと、本当にできるのかという不安が入り混じっていた。
「大丈夫ですよ。料理は、道具じゃありません。アイデアと、何より**『食べる人の笑顔を想像する気持ち』**ですよ。それに、限られた道具だからこそ、新しい発見があるんです。それに、私は料理のプロですからね」
耕介は、リリアににこりと微笑んだ。その自信に満ちた笑顔に、リリアは少しだけ安心したように見えた。
「モグモグ、今日の主役は、こいつだ」
耕介は、積まれた泥芋の山を指差した。モグモグは、泥芋をくんくんと嗅ぎ、「きゅるるる~」と楽しそうに鳴いた。彼は、この泥芋が、これからどんな魔法の一皿に変わるのか、すでに感じ取っているかのようだった。
耕介は、早速泥芋を洗って土を落とし始めた。彼の脳裏には、温かいポテトサラダが、冷え切った人々の心と体を温める光景が鮮やかに描かれていた。これは、単なる「まかない」ではない。**余り物の泥芋を最大限に活かし、冷え切った鉱夫たちに、心まで温まる「癒やし」を届ける**、異世界における**「温かい芋サラダの起源」**となる一皿だ。