妹を優先する貴方と結婚するくらいなら婚約解消を望みます!
「妹のルーシェの体調が昨日から優れないから、今日のデートはキャンセルさせてほしい」
約束の時間から二時間後に待ち合わせ場所のカフェに堂々と現れた婚約者のキール様は、注文もせずにきっぱりと私にそう告げた。
だけど少しも申し訳なさそうな顔はしていなかった。
「キャンセルは全然構わないのですが、それってわざわざ2時間待たせて直接言う必要あります? 昨日の時点でご連絡くだされば、私は2時間も待たなくて済んだのですが?」
そんな私の言葉にキール様はため息を吐いた。
「シエラは本当に可愛げがないな。ここは誠意を見せて直接伝えに来た僕に、感謝すべきところだろう?」
真顔で言うキール様を見て『やはりこの人には何を言っても無駄だ』と判断した。
「そうですね。誠意は受け取りましたので、早くルーシェ様のところに戻ってあげてください」
そんな投げやりな私の言葉に、今日初めて笑顔を見せたキール様はそのまま席を立って一度も振り返ることもなく去っていった。
☆★☆★☆
「キール様と婚約して三か月以上も経つのに、まともにデートをしたこともないなんて! ありえないですよね?」
三人でのアフタヌーンティーの席で思わず愚痴を言ってしまった私を見て、お兄さまとその婚約者であるアイリーン様は苦笑いをしていた。
「キールにも困ったものだな」
お兄さまの言葉にアイリーン様も頷いた。
「キール様はいつも妹さんを優先させるのでしょう?」
「そうなんです! 婚約してからずっとデートの約束を当日にキャンセルされ続けて・・・。正直、もう限界です」
「シエラとキールの婚約は、キールの実家である子爵家から頼み込まれたものなのにな」
お兄さまの言うように私とキール様の婚約は、キール様側からの懇願だった。
我が伯爵家はお兄さまが継ぐから、私は好きな相手と結婚して良いと言われていて婚約者もいなかった。
だけど共同事業をしているキール様のご実家の子爵家から熱望されて、顔合わせの席でのキール様は至って普通に見えたので婚約を受けたのだ。
それなのに、いざ婚約をしてみたら彼は度を超えたシスコンだった。
別に私とキール様との婚約がなかったとしたって事業にさほど影響はないのに、なぜキール様がこの婚約を結んだのか謎すぎる・・・。
だってデートの度に毎回妹の体調が悪くなったりとかでドタキャン、しかも事前の連絡はなく毎回待ち合わせ場所の同じカフェで二時間近く待たされた後でキャンセルを告げられるという私に対する嫌がらせとしか思えない対応をしているのだから、この婚約に不服があるとしか思えない・・・。
「お兄さまに紹介していただいたカフェのメニューがすべて美味しいので、読書をしながら待つのは苦痛ではないのですが・・・」
「そのカフェは、アルト様の知り合いが経営している貴族はあまり行かないような庶民的なカフェなのでしょう?」
アイリーン様の問いかけにお兄さまは優しく微笑んだ。
「ああ。でも最近は人気が出てきて客層も少し変わってきたようだよ」
「・・・そうなの? ・・・シエラもそのカフェで知り合いの貴族と会ったりするのかしら?」
「いいえ。私はキール様としか待ち合わせをしたことはありません」
「そうなのね」
アイリーン様はとても聞き上手でいつも私とお兄さまの会話を笑顔で聞いているタイプだから、脈絡のない質問が珍しいなと思った。
だけどその後はいつも通りのアイリーン様だったので、私はそんな小さな疑問などすぐに忘れた。
アイリーン様は、いつも穏やかで優しくて、そんな彼女が義姉になることが私は楽しみだった。
ただ、ご自分の侯爵家で開催するお茶会だけならともかく、我が家で開催する今日のようなアフタヌーンティーでも紅茶を何杯も何杯も(それこそ十杯近く)お代わりされるのは少し驚いたけれど・・・。
私が参加していない他家のお茶会でもそのように振舞っていらっしゃるのかしら?
「シエラ? どうかしたか?」
お兄さまの心配そうな問いかけに我に返った私は、すぐに笑顔を浮かべた。
「何でもないの」
☆★☆★☆
「妹のルーシェが今日は僕と一緒に過ごしたいと言っているので、このデートはキャンセルだ」
約束の時間から1時間半後にいつものカフェに現れた婚約者のキール様は、今日も何も注文もせずに堂々と私にそう告げた。
「キール様。これで十回目です」
「・・・はっ?」
「貴方が私と待ち合わせをして当日キャンセルをするのが、これで十回目です」
「それの何が問題だ? タイミングが悪いんだから仕方ないだろう」
「婚約してからそろそろ五か月になりますが、私達はまともに二人で話をしたこともありません」
「・・・だから?」
「婚約を解消してください。というか解消したいと両親に伝えたので、キール様のご両親にもお話がいくと思います」
「たかだか妹を優先したくらいで婚約解消? そんな我儘が通るはずないだろう!」
「後は両家での話し合いとなりますので、私に言われても困ります。どうぞお帰りになってルーシェ様と過ごしてあげてください」
「後悔しても知らないからな!」
そんな捨て台詞を残してキール様は一度も振り返らずに帰っていった。
結局キール様はこのカフェで一度も何も召し上がらなかったな、とぼんやりそんなことを思った。
☆★☆★☆
「ねえ? シエラ。キール様との婚約を解消したっていうのは本当なの?」
お兄さまと三人でのアフタヌーンティーが始まってすぐに、アイリーン様が聞いてきた。
確かに今日はそのことをお伝えしようと思っていたけど・・・。
「キール様との婚約が無くなったのは事実ですが・・・。どうしてアイリーン様がすでに知っているのですか?」
「・・・えっと・・・どこの家でのかは言えないけれど、お茶会で話題になっていたから・・・」
「一週間も経っていないのにもう噂になっているのですね・・・。キール様が言いふらしているのかしら・・・」
私のことを『義妹を大切にしない冷たい婚約者』だとでも言っていそうだわ・・・。
「シエラ。大丈夫だ。何も心配することはない」
思わず不安になった私に向かってお兄さまは優しく微笑んだ。その笑顔を見ていたらなんだか安心した。
そんな私に構わずアイリーン様は質問を続けた。
「それで婚約解消の理由は・・・?」
「まともに約束も守れない婚約者に私が我慢できなくなったんです」
「・・・それは彼が婚約者よりも妹を優先するから、ということよね?」
私とお兄さまの話を笑顔で聞いているいつもの様子と違うアイリーン様からの質問責めに戸惑いながらも私は答えた。
「起因はきっとそうなんだと思います。彼がデートをドタキャンする理由が妹だったので・・・」
「そう・・・。そうなのね・・・。とても残念だわ・・・」
えっ? 何が? だけど私が口をはさむ間もなくアイリーン様は話を続けた。
「シエラはたった五か月も我慢できなかったのね。私は、もう一年も耐えているのに」
「・・・どういう意味でしょうか?」
「アルト様はいつも妹である貴方を優先しているわ」
アイリーン様はきっぱりと告げた。
何? 何を言ってるの? お兄さまがアイリーン様よりも私を優先していた?
戸惑いながらお兄さまの顔を見たけれど、お兄さまはただ無表情でアイリーン様を見ていた。
どういう感情?
「アルト様のお屋敷を訪問してもお茶の席にはいつもシエラが一緒だし、我が家に来てくださる際もいつもシエラがついて来たでしょう? 本当はずっと悲しかったの」
「えっ? でも、だって、それは・・・」
アイリーン様は何を言っているの?
戸惑いすぎて何も考えられなくなった私から視線をお兄さまに移して、アイリーン様の演説は続いた
「だけど婚約者としてずっと耐えてきました。貴方の大切な妹を私も大切にしたいと・・・。それなのにキール様に同じことをされたシエラはすぐに逃げ出しました。それなら私も・・・。私だってもう耐えるのは止めようと思います」
舞台女優並みに溜めてから、アイリーン様は宣言した。
「妹を優先する貴方と結婚するくらいなら婚約解消を望みます!」
唖然。何を言っているの? この方は? 驚く私を余所にお兄さまは表情一つ変えなかった。
「君の主張は聞いた。後は家同士の話だ」
「・・・えっ? そん・・・。それだけ・・・?」
お兄さまの淡白すぎる反応に、アイリーン様は戸惑っていた。
きっとお兄さまがもっと動揺すると思っていたのね。私もそうだけど。
どうしてお兄さまは婚約者から突然婚約解消を告げられたのに、こんなにも落ち着いているのかしら?
「客人がお帰りだ」
お兄さまが侍女達に告げて、アイリーン様は戸惑いながらもお帰りになられた。
「お兄さま・・・。大丈夫?」
「何が?」
「何がって・・・。アイリーン様から婚約者解消を告げられたのよ? しかも理由が・・・」
「想定はしていたから」
「はいっ!? アイリーン様があんな風にご乱心されることを想定していたの?」
「シエラは何も心配しなくて大丈夫だよ。君が楽しみにしていた義姉が出来ることは、もしかしたら永遠にないかもしれないけど・・・」
「・・・それは・・・、お兄さまは生涯誰とも結婚しないということ・・・?」
「それはどうかな?」
謎かけみたいにお兄さまは笑った。
お兄さまには幸せになってほしいと私は誰よりも願っているから。
だから、心配しないはずなんてないじゃない。
そう。初めて出会った日から、ずっと私はお兄さまの幸せを・・・。
☆★☆★☆
どんな話し合いがされたのか私は知らないけれど、すぐにお兄さまとアイリーン様の婚約は本当に解消された。
もともと格上の侯爵家から持ち込まれた縁談で我が家からは断れなかったと聞いていたから、それこそアイリーン様の気分次第で解消出来るようなものだったのかしら?
「シエラ? とても綺麗だよ」
今日は、お兄さまと私の婚約が無くなってから初めての、アイリーン様もキール様も参加されるであろう夜会の日だった。
私の不安や緊張を解きほぐすかのようにお兄さまは優しく微笑んだ。
その笑顔がなんだか甘く感じられて、私は脈が速くなるのを感じた。
「シエラはオレンジジュースで良いかな?」
私は頷いてお兄さまからグラスを受け取った。
会場を見渡してみても、まだアイリーン様もキール様もいらしてないようだった。
兄妹揃って婚約を解消したことで遠巻きに見られている気もしたけれど、お兄さまと私は噂話に惑わされない友人達と話しながら平穏に過ごしていた。
だけど、会場の空気が揺れた。
「あれって・・・。アイリーン様とキール様? どうしてご一緒に?」
「アルト様とシエラ様ご兄妹と婚約解消した二人よね?」
「ドレスとタイピンがお互いの瞳の色だわ・・・」
皆様方の囁き声が聞こえてきた。
その困惑は、私も同じだった。
どうして? どうしてキール様がアイリーン様のエスコートをしているの?
「シエラ! 君は僕が自分よりも妹を優先するという言いがかりで一方的に家同士の婚約を解消したくせに、自分は兄であるアルト様を独占するためにアイリーン様に嫌がらせをしていたんだろう!」
はぁ? 突然のキール様の主張に驚きすぎた私は息を呑んだ。
何を言っているの、この方は? しかも到着してすぐに大声を出して会場中の注目を浴びて・・・。
「シエラ。アルト様と会う時にはいつだって貴女が一緒で会話も二人でどんどん進めてしまって、私はずっと辛かったの・・・」
はぁ? キール様の不穏な一人芝居にアイリーン様も便乗してきたわ・・・。
「悲しむアイリーン様を偶然見かけて、僕は彼女に惹かれた!」
「真摯に話を聞いてくださるキール様の誠実さに、私は彼に惹かれた!」
「君達兄妹に良いように扱われた僕達こそが、真実の愛の相手だったんだ」
「家の為にと望まない婚約を押し付けられていた私達ですが、真実の愛のために今度こそ両親を説得します! 私は、キール様との婚約を望みます」
・・・ほとんどの貴族が参加している夜会での宣言。
家格が釣り合わないとはいえ、ここまでされたらアイリーン様の侯爵家もキール様の子爵家も二人の婚約を認めざるを得ないでしょうね。
だってこんなことをして他の相手が見つかるとは思えないもの・・・。
しかも彼らは、私達兄妹を悪者にすることで自分たちの立場を守ろうとしている。
私は隣にいるお兄さまを見た。
お兄さまはいつかと同じ無表情のまま話し出した。
「キール。君はもうシエラの婚約者ではないのだから呼び捨てはやめろ」
そこ!? お兄さまの意外な初手にキール様も動揺していた。
「あっ・・・。それは・・・。癖でつい・・・。申し訳なかった」
「それで、一応聞くが『言いがかり』とは一体何のことだ?」
そのお兄さまの質問に、やっと自分達の望む方向に話が進んだと思ったのか、キール様とアイリーン様は目を輝かせた。
「そうだ! シエラ・・・嬢は、僕がルーシェを優先したという理由で婚約解消を望んだが、そんな事実はない! そうだろう? ルーシェ!」
突然の問いかけに戸惑いながらも、ルーシェ様はきっぱりと答えた。
「えっ? えぇ。キール兄様がシエラ様より私を優先していただなんて、そんなはずありません。シエラ様とのデートが楽しかったといつもとても嬉しそうに報告してくださいましたもの」
「・・・そんなはず・・・。だって、キール様とはデートどころかまともに話をしたことすらないのに・・・」
そんな私の呟きは、アイリーン様の舞台女優並みに響く声でかき消された。
「可哀想なルーシェ様! 何もしていないのにキール様の婚約解消の理由にされてしまったのね! シエラ! いくらキール様との婚約が気に入らないからと何の罪もないルーシェ様を陥れるだなんて酷いわ! そんな貴女に耐えられなくて、私はアルト様との婚約を解消せざるを得なかったのよ!」
私が呆然としている間にもアイリーン様の演説は続いていた。
「アルト様とのデートには、いつもいつも貴女がいた! 私の分からない会話で二人で笑っていた! そんなの! そんなの耐えられるはずがないじゃない!」
涙さえ浮かべて、肩を震わせるアイリーン様に、会場の私に対する空気がまた冷たくなった気がした。
・・・アイリーン様とキール様は、すべてを私のせいにして自分達を正当化するつもりなのだわ。
だけど、どうして? だってキール様は別に私と無理やり婚約を結ぶ必要なんてなかったのに。それなのに最初からルーシェ様を理由にまともに話すらしようとしなかった。
・・・まるで最初からこの展開を望んでいたかのように・・・。
「アイリーン侯爵令嬢。何か勘違いしているようだが、キールとシエラの婚約は『解消』ではなく『キールの有責による破棄』だ」
お兄さまの声は、とても良く通った。アイリーン様の発言で騒めいていた会場がシーンとした。
「はっ? なっ? キール様の有責での破棄?」
アイリーン様は動揺してキール様を見つめたけれど、キール様も驚いた顔をして首を振っていた。
えっ? ご自分のことなのにキール様はまさか本当に婚約解消だと勘違いしていたの?
「シエラ! 婚約は解消になったと言っていたのに、私を騙したの!? 酷いわ!」
アイリーン様から突然責められた私は、戸惑いながらも答えた。
「私は婚約解消だなんて一言も言っていませんよ。『婚約が無くなった』と言っただけで・・・。いくら将来の義姉だとしても、キール様の名誉にも関わることなので破棄とは言いづらくて・・・」
「そんな・・・。だけど・・・そう! そうよ! 理由がないじゃない! キール様がルーシェ様を優先していたというのはシエラが言っているだけで事実ではないのだから、キール様が有責になる理由がないわ!」
さっきまでの美しさとは打って変わって、必死の形相でアイリーン様は叫んだ。
そんなアイリーン様の問いに答えたのは、相変わらず無表情のお兄さまだった。
「理由が妹かどうかなんて論点になっていない。婚約者との待ち合わせで毎回二時間遅刻した挙句に、キャンセルの旨だけ伝えて帰ることが問題なんだ。シエラは通算約二十時間もカフェで待たされていたんだから」
「あっ・・・。でっ、でもカフェで待たされていたというのも、シエラが一方的に言っているだけじゃない!」
「そのカフェを経営しているのは、僕の友人の公爵令息だ。従業員の証言を集めてもらって婚約破棄の理由として正式に両家に提出している」
「そんな・・・。だって庶民的なカフェだって・・・」
「庶民的なカフェを経営しているのが庶民だとは限らないだろう? 庶民の感覚を知り知見を広げるために上位貴族が経営していたって何ら不思議はない」
「あっ・・・。でっ、でも、アルト様のご友人でしたらシエラに有利になるように証言を捏造している可能性も・・・」
「その発言は公爵令息への侮辱になるな」
「なっ!? そっ、そんなつもりでは・・・」
「それにキールを待ち続けているシエラの様子や、キールが注文もせずにシエラに何かを告げてカフェから立ち去るのを何人もの貴族が目撃している」
「なっ!? シエラ! 貴女はそのカフェで貴族に会った事はないと言ったのに! 私に嘘を吐いたの!?」
「私は、キール様以外の方と待ち合わせをしたことはないと言っただけです。他の方が偶然同じ店内にいて会釈したことまでアイリーン様にお伝えする必要はないかと思って・・・」
私の言葉にアイリーン様は真っ青になった。
どうして? どうしてアイリーン様はこんなに必死に私を貶めようとするのかしら・・・。
「婚約破棄だなんて僕は聞いていない! シエラとの婚約が無くなったとだけしか・・・」
アイリーン様と同じくらいに真っ青になったキール様が呟いた。
「子爵は、キールから聞かれない限り詳細を話すつもりはないと言っていたよ。キールとシエラの婚約は、もともと政略で結ぶ必要なんてないものだった。それでもキールが必死で希うからと伯爵家に頼み込んで結んだものを、不誠実な対応で踏みにじられたことに君の父上は大層お怒りだったよ」
「・・・えっ? 私とキール様の婚約は、キール様が願ったものだったの? それなのに、私とまともに話をすることもしなかったの? アイリーン様といい何の目的でそんなに私を貶めようと・・・」
あまりの事実に困惑して、私は思ったことをそのまま口に出してしまった。
お兄さまは、私に対しては困ったように微笑んだ。
「シエラ。それは違うよ。彼らの目的は君を貶めることではない。自分達が婚約することが目的だったんだよ」
お兄さまの言葉に、静まり返っていた会場がまた騒めいた。
アイリーン様とキール様は、凍り付いてしまったかのように固まっていた。
「もともとアイリーン侯爵令嬢とキールは恋人だったんだ。だけど爵位の差があって婚約を侯爵には認めてもらえなかった。そしてアイリーン侯爵令嬢と僕の政略での婚約が成立した」
「・・・まさか・・・。家同士の婚約を、自分達の恋愛を成就させるためだけに解消しようと・・・?」
「そんなことは許されないとさすがに分かっていたから、シエラを悪者にすることで自分達の体裁を整えようとしたんだろう」
そんな・・・。そんなことが・・・?
お兄さまとの婚約を解消したかったアイリーン様は、自分の恋人であるキール様をわざと私と婚約させて妹を優先しているふりをさせた。
私がそれに耐えきれずに婚約を解消したところで、自分はお兄さまが妹である私をずっと優先していたことに耐えていたのにという理由でお兄さまとの婚約を解消した。
そして、傷ついたアイリーン様とキール様が出会って恋をした、という筋書きで周囲を味方につけて格下の子爵令息との婚約を父親に納得させようとしていたということ?
「あっ、でも・・・。アルト様がシエラを優先していたことは事実じゃない!」
必死で叫んだアイリーン様の訴えも、お兄さまは無表情で叩き落した。
「シエラが僕達のお茶会に参加していたのは君の強制だろう?」
「・・・なっ」
「アイリーン侯爵令嬢から婚約解消の申し出があった際に、当家からも侯爵家宛に資料を提出している。侯爵家に訪問する際に『シエラも同席させるように』という手紙も、伯爵家を訪れた際に『シエラを呼ぶように』と毎回使用人に指示を出していること、茶会の席で会話に参加せず紅茶を飲み続けていた様子などすべてのね。婚約者と二人で過ごす気もなく、会話もする気もないようなので、当家に迎え入れるのは難しいのではないかと申し入れをしたんだ」
「そっ、そんなものは・・・」
「侯爵には、侯爵家での茶会や伯爵家での様子についての裏付けは、侯爵家側の使用人に確認してほしいと伝えた。その結果、婚約が解消されたんだ」
「・・・嘘よ・・・。だって私の計画は完璧だったのに・・・」
「そんなはずないだろう。もともと君は父親である侯爵に僕との婚約の解消を願って却下されているんだろう? それなのに僕の妹が婚約を解消したからという理由だけで、簡単に解消出来るはずがないじゃないか」
一つ一つ明かされる事実に、アイリーン様はもはや顔色を無くしていた。
キール様に至っては、呆然として言葉も出ないようだった。
「だっ、だからって、こんな公衆の面前で、私達を貶めるようなことを公表しなくたって・・・」
「君達が始めたことだろう? わざわざ会場中の注目を集めて、事実ではない捏造でシエラを貶めようとした。 僕は、シエラの名誉を守るために事実を話しただけだ。侯爵にも子爵にも、もし悪意ある捏造が意図的に流布された場合には事実を公表する旨の許可を得ている」
「・・・そんな・・・」
「何の関係もないシエラを巻き込んで、こんな場所で貶めようとさえしなければこんなことにはならなかったのに」
アイリーン様はついにその場に崩れ落ちた。
キール様は、そんなアイリーン様を支える気力さえないようだった。
会場中からは、そんな二人に対して冷たい視線が送られていた。
☆★☆★☆
「結局、願いが叶ってアイリーン様とキール様は婚約されたのよね?」
あの夜会から一か月程経った頃、二人でのアフタヌーンティーの席で私はお兄さまに聞いた。
「ああ。あれだけの騒ぎを起こしたんだ。両家共にそれ以外の選択肢はないだろう」
「だけど、キール様は・・・」
「子爵家の跡取りは、ルーシェ嬢に婿をとることになったみたいだな。キールとアイリーン侯爵令嬢は、侯爵家で持っていた男爵位を継ぐということだ。それを最後に侯爵家とは縁を切られるようだが・・・」
「親には見捨てられ、社交界での醜聞もしばらくは消えないだろうし・・・。だけどそれが真実の愛なのなら、きっとお二人はこれからも幸せになれるのよね?」
「どうだろうな・・・。二人のことが気になるのか?」
「全然。この会話を最後に忘れるわ」
自分を陥れようとした人達のことをいつまでも気にかけているほど私はお人よしじゃないし、暇でもないもの。
「それが良い」
お兄さまは優しく笑った。
・・・その笑顔は、アイリーン様にも見せたことのない特別な笑顔だとほんの少し期待してしまう自分の浅ましさが恥ずかしかった。
「・・・お兄さまの婚約者は・・・また探すのかしら・・・」
「シエラ。僕はもともと婚約者を探す気なんかなかったんだ」
「・・・えっ?」
「待つつもりだった。シエラの気持ちが僕に向くまで。それこそ格上の侯爵家からの断れない縁談でなければすべて断っていたんだ」
「それは・・・」
「初めて出会った日からずっと僕は、シエラの幸せを願っている。そして叶うなら僕が幸せにしたいと、そう願っていたんだ」
・・・お兄さま。同じだわ。それは私と同じなの。
私の両親が事故で亡くなって、遠縁の伯爵家に引き取られて、初めて出会ったその日からずっと・・・。
結婚相手は自分で探して良いと言われていたけれど、私の結婚したい人はいつだって目の前にいたの。
だけどそんなことは、叶わない願いだと諦めていた。
・・・だけど・・・。まさか・・・。願いが叶う日が来るだなんて・・・。
私は、目の前の愛しい人を見つめた。
出会った日と変わらない笑顔で、その人は私を見つめ返してくれた。
たくさんの物語の中から本作を見つけてくださいましてありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけましたら幸せです!
2025年5月5日にスターツ出版者さまより「いいえ。欲しいのは家族からの愛情だけなので、あなたのそれはいりません。」が書籍化されております。
そちらも楽しんでいただけますと幸甚です。