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交渉



 「……う、ん」


 気が付くと、よく分からない布の天井が見える。背中が硬い、石のような地面の感触。

 布を被せてもらったらしい。ほのかに温もりを感じる。これが人の優しさだろうか。


…………


いや、なにかこう、暑すぎる。


「……うん?」

 「うわ! びっくりした!」

 「え、目覚めた?」

 「うんうん、目覚めた目覚めた!」

 「めざめたよ~~!」


 なにやら小さな人影が見える。布の天井と寝そべる自分の身体との間に、ちらほら。

 そのまま騒がしく、全員が垂れ布の出口へ消えていく。深緑一色の空間、三畳と少しくらいの大きさ。

 伊達に男の体格なもので、間取り的には少々手狭だ。ひとまず半畳分は節約ということで、栄次郎は早々に起き上がる。

 身なりは最後の記憶とほぼ変わらない。ジャケットとか言う、茶色い鞣し皮の上着を着せられ、その上に黒い羽織が在って。

 そして記憶に有る限り、これを携帯していない筈だ。何処からともなく現れて、いつのまにやら袖を通してしっくり来ている。不可思議な現象だけれど、まあそれは良い。


 不可思議つながりか分からないけど、あのズタボロだった傷もほとんど完治している様だ。腱と筋でくっついているのがやっとだと思っていたけど、もう痛みもない。

 その上、極めつけ。何故か出来ると分かって、念じてすぐに現れてくれた、この刀。畢竟、これのお陰で自らの技術を余すことなく発揮できたわけで、これが無ければ生き残れなかった筈だ。

 どうあれいずれも、人間の範疇ではあり得ない能力だ。自分の身体に何が起こっているのか、まるで分からない。

「……どうなってんだろ、おれ」

 まだぼんやりする頭と視界で、和一はまじまじと自分の両手を見つめる。自分の状態、朧げな記憶、わけの分からない事だらけで困る。

 それでも、やるべき事は決まっているが。

 

 「おう、起きたか。ってなんだ朝から両手ばっか見つめて。記憶喪失か?」

 「まぁ、大体そんなもんです」

 子供達が出て行ってから数分。出入り口らしい垂れ幕から体格の良い人影が入ってくる。恰幅、帽子、似たようなじゃけっと。白髪の口ひげにも、見覚えはありありと。


 「えぇ、と……確か、ティムさん、で良かったです? 傷も無さそうで良かった」

 「おう、話が早いじゃないか。如何にも、俺はティムだ。ティモシー=クルスが本名だが、好きな呼び方で構わんよ」

 「ありがとうございます、えっと、じゃあオヤッサンでここはひとつ」

 「フランク過ぎるよそれは……」

 

 軽く呆れ気味な感想。それでも、まあ良いかと肩を竦めつつ、クルーズは右手を栄次郎に差し出す。一瞬、意味が分からず固まる栄次郎は、とりあえず相手に倣うよう右手を差し出す。

 それが「握手」という行動なのだと、栄次郎が知るのは後のこと。もっと言えば、親愛や友愛、敬意や合意としてのアイサツなのだと、そうした意味を知るのもかなり後。

 何故なら、


 ──ガチャリ。


 「うん?」

 「助けてもらった手前、ほんと申し訳ないんだがな 」

 差し出した手、握り返した手。そこまでは分かりやすい光景。しかし出した右手の手首になにか、鈍い色の鉄輪。仕掛けで手首を拘束する仕様なのは見てとれて。


 手鎖だと分かる。鉄の輪っかが二つあるし、その間を鎖で繋いでいるし。ああ、随分洗練された形だなぁ、なんて感心している間に左手も捕獲。

 「う、ん??」

 「とりあえず捕まえとかにゃあならんのでな、悪く思うな。あと一応、忠告しておこうかと……」

 鎖には荒縄が巻かれて、手綱は目の前の男が握り。空いた片手に、黒鉄で出来た鉄砲がひとつ。

 短筒の一種で、栄次郎の知識よりも明らかに高次元な形をしている。


 「変な真似したら風穴空くぜ?」

 「…………………お、お手柔らかに」

 どうやら救えた命をあるみたいだけれど。

 こちらの命がかなりの危機だ。





 ///





 布張りの、簡便化された掘っ立て小屋のようなものから出されてすぐ。

 「……おお」

 自分を取り巻く風景、光景を栄次郎は知覚する。風の通る音、さわさわと木の葉が流れる音。木漏れ日の柔らかな雑木林が、まるで囁くように辺りに佇む。

 微かに記憶にある里山とは空気が違う。なにかこう、生命力の形のようなものが違うと感じる。

そんな中で。

 がちゃがちゃ、と。鉄の仕組みが慎ましく我鳴っている。

  両手を縛られ、得物を取り上げられ、背中には鉄砲の冷たい感触。そうして目の前、大小様々に形を取る、同じ鉄砲の親戚達。

 嫌な意味で、鉄砲が選り取り見取りだ。両手で構える、片手で構える、鉄と木材で組まれた分かりやすい種類もあれば、知らない材質の知らない形で出来上がった代物もある。

 異界じみた様相。容易に誰かを殺められる道具を十幾つと差し向けられて、平静を保つのは難しい。


 と、思ったのだけれど。


 ……なんだろうか。


 口には出ない、けれど態度には現れるのだろうか。栄次郎は人知れず眉根をひそめた。向けられる銃口からの殺意に、ではなく。殺意を越えた濃度の困惑と、戦慄。

 この場を占める感情が、殺気だけではないと栄次郎には分かる。人を殺せる道具を十数と差し向けて殺気が薄いなんて事が、あるのだろうか。


 「ビビったか? いや、俺たちがビビってるんだな……」

 後ろのティムが、栄次郎に聞こえるよう言葉を溢す。次いで背中に突き付けられた冷たい感触が離れ、ティムは手に持った荒縄を近くの木に括る。

 そのいずれの行動にも敵意は無かった。この場は一体、どういう状況か。


 「えっと、あの、オヤッサン。これって今どういう事ですかね? おれ死ぬんです? 死なないんです?」

「それを決めようと思ってな。見ての通りここには老人や女子供しかいない。戦えるくらい健康なやつはもう居ないんだ。だからこんな事になってる」

 皮肉っぽく言って、クルーズは栄次郎から離れて歩き出す。取り上げた刀を旗のようにひらひら振って、飄々としながら。

 栄次郎は困ったように眉をひそめ、改めて自分を取り囲む人々を見遣った。老翁、老婆、疲れた様子の女性やあどけなさの残る少年少女が、思い思いに鉄砲を構えている。そのまま、焼け付くような感情で狙いを定めていて。

 引き金が未だ落ちていないことが不思議なほど、激しい感情。


 「ここに居る36人と怪我人がちらほら。それが俺達の街で生き残った全員だ。一週間前まではこの十倍居たけどな……グールにやられたりアンタに斬られたり、自分で命を絶ったり」

 で、まぁ。ティムは腕組みしながら手近な大木に背中を預ける。

 「事の原因の一端であるお前さんを今からぶち殺そうかそうしようか、って話になってたんだけどさ、ちょいと潮目が変わってね」

 「潮目?」

 「ご覧の通り、ウチの所帯はメタメタの満身創痍。最後まで戦うっていう気骨はあるが、それでも早晩グールの腹に全員収まっちまわぁな、このままじゃ」

 「なるほど。そこでおれが必要になったわけですね! よろしくお願いします!」

 「聞き分けが良すぎるだろちょっと待て!」


 相手の要望は分かったので、即断即決。こちらとしても願ったりなので、よろしくお願いしますと一礼。栄次郎的には何の不備も無い反応だ。

 もちろんティムにとっては不測の事態で声を荒げて。


 ──ダァン!


 銃声が響く。目にも留まらない銃弾が、栄次郎の左耳を掠めて後ろのテントを射抜いた。皮膚を焼く熱さ、鋭い痛み、ティムは突然のことに言葉を失う。

 流石に栄次郎も驚いて、自分の後ろに空いた天幕の穴を信じられない顔で見つめて。

 

 「や、やっぱり駄目だよこんなの! こいつ、こいつは仇じゃないか……みんなの仇じゃないか!」


 ひとり、声を荒げる。声の方向を見遣れば、長物の鉄砲を難儀そうに構える少年が居て、栄次郎を激しく睨んでいる。

 年の頃十二、三歳程度。今さっき見た、子供らの中には無かった顔だ。汚れた服に煤けた顔で、ぎらりと殺意の厳めしい眼光を浮かべて。

 少年は続けて叫ぶ。

 「どうしてオレ達がこいつに頼らなきゃならない! オレ達はシアトルに行くんだ! 頑張ればやれる! お前なんかいらない!」


 そんな言葉は嗚咽にも似て。吐き捨てるように告げていて、実際、鉄砲の目付けも震えて定まっていない。箍の外れた感情は、とっくの昔に沸点を越えているようだった。


 大切なひとを亡くしているのだと、栄次郎にも分かる。親か兄弟か、そこは分からないけど、きっと親しい誰かを。

 この叫びは呼び水だ。取り繕った筈のこころが、静かに見えた“だけ”の水面に石を投げ込む。

 ぽちゃり、と。それだけで、人心というのは容易に渦を巻くものなのだから。


 「そ、そうだ。そうだそうだ! こいつの所為で街が焼かれたじゃないか! 俺の家も焼かれた!」

 「……グールを殺してくれた事は感謝するけど、それでも大勢犠牲になってる……こいつは街の仇でしょ?」

 「ああそうだ! うちのばあさんも、こいつに……! 60年も連れ添ったんだぞ……」

 「私のお父さんを返して! 私たちの、みんなの家族を返して! 返せないなら……償えないなら──ここで死ね!」




 ああ、迂闊な事を言った。分かっていた筈なのに。


 「…………」


 耐え難い苦悶を、思い思いに吐き出す。全員が全員、抱えきれない心情をぶちまけている。悲痛な叫びであり、ある意味でとても真摯な願い。


 死んでくれ。頼むから死んでくれ、と。


 厭悪でも無いし、きっと憎悪でも無い。ただ「そうでなければならない」という、降って湧いた理不尽に向ける、ケジメの話だ。

 悲痛な、普通の心根の話だ。それはそのまま、この人達の傷がどれほど深いかを表している。


 ──うん。これはおれが悪いよな。


 栄次郎は向けられる願いを、全て受け入れる事にした。


 両手を拘束されたまま、静かに地面に正座する。慣れた所作、流れる動作が、正面からの叫びを止めた。

 静かになったところで、栄次郎は口を開く。


 「……申し訳ない、本当に。貴方がたの大切な誰かを、おれは殺してしまったらしい。それをおれが覚えていない事こそ、何より罪深いことだ……本当にすまない」


 ゆっくりと、栄次郎は頭を下げる。手鎖が無ければもっと綺麗に出来ただろうけど、今はこれしか出来ない。

 向けられる視線の悲痛が増した気がした。それは栄次郎の勘違いではない。

 言葉も通じない、由来すら不明な化け物を理解する事は出来ない。それが人を食らうのなら尚のこと、拒絶する事に躊躇いは無くなる。


 けれど、見てくれは人で、言葉も通じて、お互いの行いを理解できてしまうのならば、不倶戴天の相手でも情が湧いてしまう。

 知らず、面と向かう人々の多くが銃を下ろしていた。狙ったわけではない。ああ、と、栄次郎は頭を下げたまま奥歯噛む。


 ちゃんと、優しい人々なのだ。良い人たちなのだと分かる。レイチェルさんもこの人たちも、心に抱えるものが在るはずなのに、言葉も交わさず殺そうとはしなかった。それは慈悲の証明にほかならない。

 そんな慈悲深いのに、多くのものを奪われている事実に、栄次郎は純粋に腹が立った。

 だから。

 「おれが守ります。ちゃんと、みんなを」


 おもむろに、錠で繋がれた両手を差し出す。右の掌を開き、念じた。

 あの夜と同じように。出来ると思うから、呼んでみる。来い、と心のなかで呟いた瞬間。

 淡い光の粒子が、栄次郎の右手に集まり形となった。

 瞬間、粒子はれっきとした質量を帯びる。両手ともに無手だった所へ、右手にひとつ、長物が収まっていた。今さっき、ティムが取り上げた筈の刀が。

 必然として、ティムの両手から刀は消えた。


 「あ、ああん?」

 盛大に訝しむティムと、突然の出来事に驚いた声を上げる目の前の群衆。恐怖とは違う声を上げて、その場の全員が栄次郎に注目していた。


 理屈の分からないまま手に収まる刀、重さも何もかも、本当によく手に馴染む。栄次郎は手にした刀を、自身と同じように地面に置いた。誰と言わず、目の前の相手に差し出すように。


 「おれの剣を皆さんに預けます。皆さんの命じるように戦い、死にます。だからそれまで、どうか全員、守らせてほしい。」


 お願いします、と。誠実に、心の底から謝罪する為に、栄次郎は深く傅く(かしずく)

 心の底から、願望するように。栄次郎はただ、自分のやってしまった事のケジメを示そうとしていた。

 

 人々からの返答は無い。ざわざわと色めき立つだけで、殺すとも死なすとも言葉をあげない。


 ──あれ?


 ──これあれか? また何かやらかしたか?


 ──まさかまさかの二連続、本日二度目? あれ、これってば切腹案件か?


 変な意味で冷や汗が出てきた。死ねと言われれば死ぬけど、それだと少々格好が悪すぎる。かと言って、何も返答が無いのに頭を上げるわけにもいかない。

 近場のオヤッサンは黙ったまま。何かの助け舟も無いし、人々の結論もまだ出てない。


 ならば、と。栄次郎は意を決する。


 ならばここは先んじて切腹を……!



 「彼は要るわよ。みんな、本当は分かっているでしょ?」


 唐突に、栄次郎の聞き慣れた声で横が槍を入れる。方向的に、自分を中心に出来た人垣の向こうから、だ。

 反応して、栄次郎は顔を上げる。他の全員も、声の主へと振り向く。視線の先にいる、足元の覚束ない細身の人影。辛そうな身体を子供達に介助されながら、赤茶の長い癖毛がふわりと揺らめく。

 見慣れた怜悧な表情であるけど、どことなく穏やかな風で。

 「レ、レイチェルさん?」

 「知ってるからってわたしに反応するんじゃありません。まだ街のみんなの答えを聞いてないでしょ?」

 現在進行系で子供らに囲まれている所為か、栄次郎に対しても諭すような口調になっている。こっち、あっち、みんなで行こう、とかなんとか引っ張られるのを、微笑みながら対応しているし。


 出会ってから今までの時間、その半分程度はかなり怒っていた様子だった。となればこちらの方が素なのかもしれないけれど、それはそれとしてこちらに向ける態度もそう変わったものでも無い。

 何かよく分からなくなってきた栄次郎を置いて、レイチェルが群衆の前に歩み出る。大木に身を預けていたティムも、レイチェルの傍へと駆け寄った。


 「大丈夫かよ、レイチェル。浅い傷じゃないんだぞ?」

 「心配症ね、ティム。でも、もう大丈夫よ、ありがとう。それにみんなも、わたしの独断でたくさん迷惑を掛けてしまった……ごめんなさい」


 ただの一言。状況以外は、ごく普通の謝罪。良く通る凛とした声音が、この雑木林に淡く響く。

 それだけで、緊張はするりと解かれていった。警戒鋭く、構えられた銃の攻囲が、今度こそ完璧にほどける。

 それはつまり、レイチェルという人物に対しての信頼であり、彼女がどれだけここの全員を守っていたかという証だ。

 そういう部分、信頼は大いに腑に落ちる。復讐と嘯いていながら、誰かを助けるのに躊躇しないということは、つまりそういう事なのだろう。


 根っからの善人、というやつ。栄次郎はうんうんと納得する。


 「ちょっとムカつくわね、その反応。やっぱりマフィアの処刑スタイルがお好み?」

 「ま!? まだ何もしてないのでそういうのは保留でお願いします! あとまふぃあってなんです!?」

 「ギャングみたいなもの」

 「ぎゃ、ぎゃんぐってなんです……?」

 「あぁ……まぁいっか。オツムに関して」

 何か盛大に見限られた気がする。一応、言葉の詳細は後で聞こう。


 そうして一先ず、栄次郎の話題を置かせて、レイチェルが改めて口を開いた。


 「さて、まずわたしの立場を明確にすると……わたしは彼を迎え入れるのに賛成よ。少なくとも一緒に居て、積極的に害を及ぼす事は無いわ。そこは保証できる」

 レイチェルの謂いに、人々の顔から安堵が滲む。けれど一番はじめに、栄次郎へと声を上げた少年は、レイチェルも、栄次郎も変わらず睨んでいる。

 「殺されないからって一緒に居れるかよ! そいつが母さんの仇であることに変わりは無い!」

 「ええ、分かってるよエリック。ジャネットは本当に残念……でも先の襲撃で状況が変わった」

 声を荒げる少年を制して、レイチェルはしっかりと辺りを見渡す。全員に確認を取るように、あるいは覚悟を求めるように。

 一呼吸、置いて。レイチェルは続けた。

 「……恐らくだけど。グールは人間が元となって出来ている可能性がある」

 「な、なに?」

 「はぁ!?」

 「そしてエージにはそれが分かるみたいなの。それに昨夜のグールも彼を認めた途端、エージだけを襲い始めてたし」

 「なんだと?」

 「嘘だろ!?」

 「ちょ、そんな御無体な!?」


 驚がくの事実である。自分にも自覚はないので、とりあえず叫んでみた。

 鎮められた緊張が、動揺になって寄せ返る。それ自体はレイチェルの狙い通り。むしろ、思いのほか動揺も少なく見える


 今さっき、全員が目の当たりにした彼の誠実さそのものに、多少は感化されたのかも。であれば、それは好都合だ。

 やおら、レイチェルは栄次郎へ歩み寄る。未だに地面で正座をする青年の肩に軽く触れてから、もう一つ。

「信じられないかもしれないけど、わたしなりの確証を持って言っているの……それはさっきの彼の能力。これを見て、ひょっとして皆同じ事を感じたのでは無いかしら? 「あ、同じだ」と」

 「お、同じ、ですか……それは、一体?」

 「……理屈は分からない。けれど君の身体には恐らく、「ワームエンジン」が入ってる」

 

 もちろん、それを栄次郎が知らないことは、レイチェルにも分かっている。

 それはこの世界が、ひとつの異界と化す前の話であり、同時に人類の栄華が絶頂を極めた証でもある。ほとんど、神話とも呼べるような状況を、神の如き()()が成し遂げた。

 それをを知らない人間など居ない。あるいは、生まれたての赤ん坊でも無い限りは。


 だから、意味の分からない単語に、栄次郎はただ小首を傾げた。

 そして意味が分かる人々は一、拍置いて、ティムもエリックと呼ばれた少年も、誰もが驚愕の大声をあげた。


 あるいは、それは快哉の声、なのかもしれない。ようやく、本当にようやく、形ある希望を見いだせたのだから


 「あの、レイチェルさん……その、えっと、わぁむえんじん、とは、なんです?」

 目の前で発生した混乱に若干恐怖しながら、栄次郎が聞く。


 「ああ、ようは夢の物質を無尽に生み出す装置の総称。人間文明の栄華を極限まで押し上げた、『境界物質』を生み出すための、ね」

 「え? つまり、ええっと。なんかこわ……」

 呆けた顔で純朴な感想を浮かべる。自身は身一つでグールすら切り刻める存在なのに。

 

 その様を見て、レイチェルは久しぶりに笑ってみた。気分はかなり、悪くない。










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