剣豪
──そうして、レイチェルは気の抜けたように倒れる。当然と言えば当然で、もう3日もまともに寝てないのだから。
栄次郎はそれを抱き止めて、静かに地面に寝かせる。疲労、損傷、心労、そうしたものが顔色に現れていて、呼吸もひどく辛そうだ。
そのうえ、目の前のこいつら。
「成る程……この怪物どもがグールか。さっき襲ってきた連中もいるね、どうやら」
栄次郎はゆるりと視線を飛ばす。横たわるレイチェルから、目の前の暗闇へ。もっと言えば、その黒い空白を占める、獰猛な生物へ向けて。
「おい! おいアンタら、大丈夫か!?」
後ろからの声だ。きっと火事場から走って来たのだろう。大した距離じゃないけど、息と声音が弾んでいる。
聞き覚えのある声だった。老齢の男の声。栄次郎は首だけ軽く振り返り。
やはり、見覚えのある男性。今朝方、小屋の中で見た恰幅の良い老爺。
老爺は心配そうにレイチェルへ駆け寄る。
「これは一体……いや、それよりレイチェルだ。この娘は大丈夫か?」
「命に響く傷は無い筈ですよ。それでちょっと、申し訳ないんですけど親父さん」
「なんだ?」
「離れてて」
言うが早いか。グールが三匹、夜陰に紛れて襲い掛かる。駆け寄るティムは未だ気付かず、レイチェルは眠っている。
人を餌だと認識する怪物たちは、思うままに爪と牙をむき出しにして。
それより早く、刃が閃いた。
すらり、と。薄布でも裂くように、巨体の怪物は栄次郎によって瞬時に解体される。
「な、ああ!? 危ないぞお前さん!」
目の前で行われる、一瞬の惨劇にティムは当惑する。いやはやと、栄次郎は苦し紛れに笑って見せて。
「すみませんね。ま、とりあえずレイチェルさんをお願いします」
「お願いします? お前さんはどうするんだ?」
「降り掛かる火の粉を、まぁ……切り払おうかと」
そう言い残し、栄次郎は駆け出した。後ろにレイチェルは残され、ティムは信じられないものを見る目で叫び。
「ちょ、待ておい!?」
その言葉を敢えて無視して、栄次郎は夜の帳へ飛び込んでいく。すぐ目の前で詰まるような、質量を帯びているような闇は実際、密度の高い肉壁となっていた。
グールの群れはすぐそばまで来ていた。さっきの3匹はただの先触れ。これから津波のように、怪物たちは襲い掛かってくる。
だから、先手必勝だ。栄次郎は右手の刀をおもむろに振るう。
閃く刃が、一つ、二つ、三つ。突然の出来事にグールは動けず、最前列の三匹が真っ二つに裂かれる。
ぎ?
ぎ?
ぎ?
何が起きたか分からず斃れる怪物。何が起きているか分からない怪物の群れが、純粋な疑問符を浮かべるなか。
「うん、快調」
栄次郎は確かめるように呟いま。身体は動く、思考は明瞭、記憶は未だ朧気だけれど、自分の為すべき事は分かる。
グールは一拍、戸惑うように時間を空けた後、猛獣の気勢を湛えて襲い掛かる。見通しの利かない暗闇から、十や二十で済まない数が、続々と。ぎゃあぎゃあと喚きながら、殺気が空間を埋める。据えた獣気が鼻腔を貫く。
──気合いを入れよう。
栄次郎は内心で唱え静かに、下段に剣を構える。
「──推して参る」
放つ言葉と共に、瞬殺。
瞬きの間に五体ほどを斬り殺す。過たず、大きな躯体の小さな核は切り裂かれ。
ぼとり、ぼとり。肉の落ちる湿った音。それはもう終わった合図だ。栄次郎は次へ駆け出している。
グール達の間を駆け抜け、風のように飛矢のように。群がる肉の壁は連なり、打ち潮のようにうねり迫るけれど、栄次郎は自身の袖さえ触れさせない。
“斬り方”は覚えた。ひとつ、確信を得た栄次郎の太刀筋は、迷い無くグールの核を一太刀で両断する。
その能率は最適化され続ける。まるで鎌鼬のように、通りすぎ、訳も分からず斬り崩れるグールの軍勢。闇に目が慣れ、辛うじて見える程度のティムにも分かる程に、その行動は人智の範疇を越えていた。
栄次郎は進む。一歩、薙ぐように切り開く。胴が分かたれた死体が四つ。
二歩、袈裟に斬って落として。一際大きなグールが倒れる。
疾走、三歩目。最短を縫い合わせる歩法、最速の太刀筋がグールを殺し続ける。
──人をオモチャみたいに引き裂ける怪物、銃もまともに効きやしない恐るべき化け物。グールとはつまり、人間にとっての天敵だ。
天敵、であった。今夜までは。
今宵、この時、この場所で生き残った誰しもが、同じように考えた。昨夜までの、押し潰されそうな不安の夜長。水面を破って喘ぐように、昇る朝日へ願った悲痛。
それらが決して、無駄ではなかったという、言葉にならない確信。最後の一体を断ち殺した栄次郎が、それらを知ることは無いけれど。
「──うん、分かってる」
大丈夫。
注がれる視線に、何かを感じ取った様子で。栄次郎は涼やかに、そうと告げる。
「おれも、皆さんと同じように、頑張ってみますから」
何か、決意するように言い切って。
栄次郎はぶっ倒れた。




