窓際にて。
「おい、待てよ!」
初秋、まだクソ暑い教室で敦が俺の事を呼び止めた。
うん?なんだ?
まあ、家に帰っても良いことがない、聞いてやるか。
「おい、受ける学校決めたか?」
窓際の机の上に持っていたカバンを置き、椅子に座った。
そして俺たちは話を始めた。
俺たちは中学3年生、もう最終的な受験先を決めなければならない。
目の前にいる敦は、幼稚園からの腐れ縁だ。
要領がいいのか悪いのか、お調子者って男じゃないんだが、まあ、軽い。
背格好は標準、顔はまあ普通より上じゃないかな。
ただ、学力の方は、ちょっとアレだ。
「決めた。」
何かと思えば受験の話か。
「へー、何処受けんの?」
「X農林高校。」
「マジかよ、あのガラの悪い学校。女子も居ないだろ?」
両手を広げ、大仰に驚いてみせた。
まあ、確かに市内じゃガラの悪さじゃ有名だからな。
でも女子はそこそこいるんだ。
調べたから知っている。
「いるみたいだぞ、バイオ系の科目とか、園芸関係とか、ああ、今でも家庭学科なんかも有ったから結構いるみたい。」
俺は調べたことをちょっとだけ敦に教える。
「へー、そんな科目あるんだ。知らなかったよ。」
「あるんだよな。」
俺は頬杖をついて、敦の質問に答えて行く。
「他に何があるんだ?」
敦は楽し気に俺に問いかける。
おい、おい、おまえそんなの興味ないだろ。
まあいいけどさ。
「えっとな、農業、林業、土木、畜産、家庭科、生物工学、園芸、かな?」
「バイオないじゃん。」
「生物工学がバイオなんよ。」
まあ、知るわけないよな。
そんな学科、聞きなれないし。
「あ、なるほどね。でも、なんで?お前偏差値65より上の雲上人じゃなかったっけ?」
「なんだよ雲上人って。使い方微妙に間違っているけど、まあ、確かに偏差値は65ちょい上くらいかな。でもこれじゃ県高に届かない。まあ、届いたとしても入れないけどね。」
60以上あればこの県で一番の県高を狙うの定石だ。
で、敦が変な言葉を使うのはいつものことだ。
あいつ少し厨二臭いしな。
「入れない?今からスパート掛けりゃ、お前なら楽勝でしょ。今まで俺らと一緒につるんで遊んでいてその偏差値なんだもん。」
「まあ、楽勝かどうかわかんないけど、家庭の事情ってやつかな。そんなんが出てきてさ、地元に残りたきゃ、寮があるところじゃないとダメになったんだよ。」
あまり言いたくはないけど、敦ならすぐ耳に入るだろうからいいか。
「はぁ?なにそれ?うちが引っ越しでもすんのか?」
「引っ越しもするけど、一家離散だな。」
この時、敦が黙り込みちょっと間が開く。
窓の外からは、野球部のバッティングの音、陸上部の声出しが聞こえる。
暑いのによくやる。
「なんだかもっと悲惨な話になりそうだけど、俺が聞いていいのか?」
逡巡していた敦がようやく口を開いた。
「ああ、構わん、いずれ噂になるだろうしな。うちの親父がさ、商売失敗して夜逃げしちゃったのよ。」
「あー、スマン、嫌なこと聞いたな。」
敦は顔をしかめ、マズいって表情をする。
コイツの素直な性格が羨ましい。
俺はどうしても平静を装ってしまう。
こいつの良いところは、良い悪いを自分なりにちゃんと吟味し、悪ければ謝罪できるところだ。
単純かも知れんが、俺は評価している。
「だから、いいって。でさ、母親が家を引き払って、仕事見つけたからそこへ引っ越すって話でさ、俺はここにお前らがいるから嫌だって言ったんだよ。」
「おい、そんなんで嫌だなんて言っていいのか?」
敦は素直に驚く。
「今の俺の価値観だと、学歴とか、家族とかより、友達の方が上なんよな。」
この時の俺は驚く敦を見て笑った。
そうやって俺のことで悩んでくれるお前らがいるしな。
あと、ちょっとだけ状況が変わったんだ。
俺の人生のね。
委員長が俺を変えた。
「まあ、お前がここからいなくならないのは嬉しいけどさ、それで寮か。」
「そ、ここらへんで寮完備なのがX農林高校だけだった。」
農業林高校だから、林業を生業にしている家や農家の子弟が多い。
この県で農林高校なんてここにしかないから、通うにはちょっと無理なところの生徒たちも集まってくる。
だから寮が必要なわけだ。
「通信制とかさ、いろいろあんじゃん、そういうの考えなかったのか。」
不思議そうな顔で敦が俺に質問する。
ま、それも考えたけどね。
「学生したいんよ。ちゃんとさ。陰キャでも引きこもりでもない俺はさ。ちゃんと学校生活を学生として送りたいよなって。」
「なるほどなぁ、でも先の選択肢が狭くなんね?普通科じゃないとさ。」
お!敦の癖に良く分かってんじゃん。
まあ、下のクラスなら、実業高校と大差なくなるわけだが。
「それな。でもあの学校で頑張れば、T農大学の推薦くれるらしいんだ。奨学金付きで。」
「ふーん、良く調べてんな。」
そりゃ調べるさ。
本当は行きたくないところに行くんだ、特典ぐらいないとね。
「まあ、選択肢がないなりに考えないとな。」
「なんも考えない俺が馬鹿みたいだな。」
「考えなくていいんなら、それが一番いいんだよ。羨ましい限りなんだぞ。」
そうさ、羨ましいんだ。
家族のこと金のことで進路を縛られないのは、今の俺にとって羨望でしかない。
「そんなもんかねぇ。でさ、本当にそれだけか?」
敦が少し前の目に乗り出し聞いてくる。
「ん?何のことだ。それだけだが?」
「おい、今目が泳いだぞ。」
こいつのこういうところは侮れない。
「んなことねーよ。」
俺は取り合えずごまかしてみる。
「言ってみろ!ああん。」
うっせいよ、お前はよ。
「ガラガラ」
教壇側の扉が開いた音が聞こえ、二人の人影が現れた。
「分かったよ、ちょうど来たからな。」
「なにが?」
「出口見ろ。」
「あれ?委員長。え?お前ら、そういう…」
な、こいつは察しが良すぎる。
そう、委員長は俺の人生をちょっとだけ変えた人物だ。
どう変えたかは、察してくれ。
「あいつん家もさ、引っ越すんだと。でな。」
あいつの家は離婚だそうだ。
それで母親の故郷の実家に行くところを、俺が寮という代案を提示したわけだ。
「一緒に寮入るってか!なんだよやってらんね。真面目に聞いて損したわ。」
机をバン!と叩いて、デカい声で敦はまくし立てる。
「まあ、そういう事だ。これからもよろしくな。」
俺は苦笑いしながら敦に言った。
「うっせ、バーカ!バーカ!リア充死ね!」
リア充は爆発するものだと思ったのだがな。
「死ねはねーだろ。いや、ああ、もう一人委員長が連れて来たな。」
偶然とはいえ、いいタイミングだ。
「なんだよもう一人って。」
・・・お前の人生もちょっとだけ変えてやるよ。
「委員長の連れてるあの友達が、お前を紹介しろってさ。」
敦の動きが止まる。
口を半開きにしやがって、だらしねーぞ。
静かになった教室の窓を覗けば、まだデカい入道雲が見えた。
固まる敦の表情は笑えたな。
 




