98
滅びの山と呼ばれるこの世界有数の火山帯に程近い火龍ファイさんのお膝元の村へと鱗を届けた俺達は歓待を受けていた。
「豪胆な兄さんだな。ヴルカン様と直接会話して来たなんてよ」
「いや、オレは……」
「俺なんか毎朝ヴルカン様が飛んでくる度に背筋が伸びるってのに……」
「目の前にしたら小便ちびっちまうかもな! アハハハハッ……」
「ほんとほんと、この世の全てを1日あれば燃やし尽くすなんて言われてるからな」
(あんた等と談笑してる御仁は更に早くこの世界の生命全てを食い尽くせるんだけどな……)
「ハハッ、誠意だよ。ヴルカン様も無闇矢鱈に人間を殺す様な方ではないと思うぞ?」
「その通り! 兄さんは分かってる。ヴルカン様がいらっしゃるからこの村には防塞も石壁も要らないんだからな」
「お姉ちゃん、美味しい?」
『肯定、チーズが特に美味』
「わあっ! ほんと? あたしも大好き!」
それぞれ村人達と会話を楽しんでいた時に村長が改めて問い掛けてきた。
「こ、これはこれは申し訳ない! 皆様のお名前をお聞きしておりませんでした」
「ああ、オレはサイだ。傭兵もしているが普段は狩人の様なもんだな」
「俺はミチオ。コイツと旅をしてるしがない傭兵かな」
『ミチオのサポート役、キュリヤ。好物はウニ』
ガヤガヤと賑やかな宴会は続きながらも勝手知ったる村人達の連携は目を見張るもので、決して主賓3名のカップと皿は空になる瞬間が訪れない。
「キュリヤお姉ちゃんは強いの?」
『肯定、1分以内に村人全員の殺害が可能』
「ミチオさん、飲んでるか? ここいらの葡萄酒は甘いかな?」
「美味いぞ、甘いのも良いさ」
適当に合わせておく。
「イケる口だねぇ、ナハハッ!」
「サイさん、どうやってヴルカン様に会えたんだ?」
「ん? いや、山を登っていたら突然空から舞い降りてきてな……」
「そんな事があるんだな? ヴルカン様は厳しい方という話が伝わってるから気軽に会いに行けるなんて考えた事もなかったよ。よお皆んな、ヴルカン様に敵う奴ぁいねぇよなぁ!?」
「ハハハハ……当たり前だろ!」
「そ、そうか……」
(その龍をねじ伏せる力を持つのとあんた等は気軽に話してるんだがな)
「キュリヤさんは小柄なのに沢山食べるのねぇ」
『肯定、美味しい物はいくらでも入る』
「あら、嬉しいわ!」
「ミチオ兄ちゃん! 今までどんな所に行った事があるの?」
「そうだなぁ、森に海に洞窟探検、遺跡に潜ったりもしてるぞ」
「すっげー! 洞窟探検!」
「サイさん、キュリヤさんて可愛いっすね。でも、こんな田舎に留まる人じゃないよなぁ」
「あー、やめとけ。お嬢はかみ、み、ミチオの旦那じゃないと無理だぞ」
「やっぱりそういう感じなのか〜……」
(そういう意味ではないんだがな。あんな危険物を御せるのは神さんしかいないだけだ……)
「キュリヤさんは華奢に見えて意外と力があるのか? そのトゲトゲの武器は重たそうに見えるんだけど?」
『肯定』
立ち上がり広いスペースを確保するとモーニングスターを片手でブンブン振り回すキュリヤ。それを見ていた村人達からは「おぉぉー!」と、声が上がった。
「ちょ、ちょっと持たせてくれないか?」
『肯定』
「こ、これを片手で!? 凄いな!」
男は両手で持ち上げると感心する。
「俺も俺も! ……重ってーな!?」
男達が順番にキュリヤの武器に触れては感心しきりであった。
『肯定、そして可愛い』
「か、可愛い? まあ、自分の武器に愛着を持つ人は多いのかもな」
「ミチオさんの武器は腰の?」
「あぁ、一応接近戦では使うけど魔法の方が使うかな?」
「魔法? な、なんか見せてよ!?」
少年の期待に応える魔法は持ち合わせない。なんせメインで使うのは【吸収】というマナを吸い尽くすものだか、ら……? 覚えたての魔法を思い出して立ち上がる。周囲に細心の注意を払い、手を前に突き出してそれらしい格好を取る。ファイさんの祝福で取得した【発火】を発動させると地面から3m程の火柱が上がり、村人達から「おおぉぉーっ!」と、再びどよめきが起きる。
「ミチオ兄ちゃん、すっげぇー!!」
「サイさんも魔法を? 腰にはナタだけみたいだけど」
「いや、オレは基本的に素手というか体術というか」
「素手? 素手って武器無しって事?」
「ああ、その素手だな」
「そんな、街の喧嘩自慢みたいな……」
「ふっ、大抵の奴はそう言う」
「どら、立ってみなよ?」
サイより一回り大きな男性が声を掛ける。
「おろ? サイ、間違っても殺すなよ?」
「こ、殺す?」
「「え!?」」
「アンタ等忘れてないよな? 俺達はヴルカン様のとこから帰ってきてるんだぞ」
「へんっ! ヴルカン様とやり合ってきた訳じゃないんだろ? ちょっと力比べしてみようや……」
サイは自然体ながら隙の無い構えを取った。一方の男は拳を胸の高さで握り肩を上下に揺らしていた。
「どうぞ……」
男は拳を振るい何度もパンチを繰り出すがサイには擦りもしない。見ていると拳を振りかぶった時には既にサイは当たらない位置に最低限の移動をしている様だ。
「避けるばっかりで!」
男が苦し紛れに前に突き出した蹴りを横にずれて躱すと同時に右腕を下から振り上げて相手の蹴り足を掬いながら左手で胸を押し付ける様に地面に転がした。仰向けに倒れた男の顔面すぐ横にドン! と、足を踏み付け問い掛ける。
「これであんたは死んでたな?」
「う、く、やっぱ強いんだな! 参ったよ……」
「サイ、今の動きってキュリヤと初めて対戦した時の?」
「ふっ、覚えてたか……」
「やっぱりサイさんも強いんだね」
「どうやったらあんな風に躱せるの?」
「滑る様な動きだったな」
「仮にも3人で滅びの山に向かうぐらいだもんな」
やいのやいのと宴もたけなわ、俺達はそろそろ出発すると村長へ告げる。
「いやはや、名残惜しいですね。これからどちらへ?」
「あぁ、南だな。あの街、なんだっけ?」
「カナンですかね?」
「たぶん、それだ。この辺で大きめの街」
「そうですか、ヴルカン様の鱗、本当にありがとうございました。皆様の旅にもヴルカン様のご加護がありますように……」
村人皆んなが手を振り見送る中、南に向けて歩き始めた。
「神さん、次の街なんて決めてたのか?」
「いや、全然」
「な、さっき村長と話してたのは?」
「適当に言ってたらなんか返してくれたから乗っかっただけだぞ?」
「あんたはまた……」
呆れているサイを尻目に沢山チヤホヤされたキュリヤが鼻息荒く呟く。
『あの村は良い村』
ちゃっかり持って来たチーズの欠片を革製の小さな袋から取り出して口に放り込んでいた。
「お嬢もよく食うな」
『肯定、チーズにはタンパク質やカルシウムが豊富。育ち盛りには推奨。また、各種ビタミン……』
「はいはい、そんな栄養素より龍の鱗の方がお前の体を丈夫にしてくれてるぞ」
「ふっ、あんた等がとんでもない存在だって村の連中は誰1人思ってないんだろうな」
歩き続けて4時間程度、日が沈み辺りが暗くなった頃に街に辿り着いた。左右に畑、正面には立派な石壁、畑の真ん中を突っ切る様に通っている整地された道を歩いていけば兵士らしき人間が立っている門へと至る。
「なんか、嫌な予感がする……。この街には寄らずにどこかへ跳ぼう」
以前、世界中の光景をザッピングして眺めていた時に広場で縛り付けられた人間が拷問かリンチを受けていた街だと思い出した。
「なんでだ? もう暗いし宿を取らないか?」
「う〜ん……」
街の中を眺めるが不審な点は見当たらない。中央の広場でも縛り付けられた人間は今はいない。ただ、何かの刑罰だったのだとしても決して気持ちの良いものではなかった。
「入ってみるか? もしかしたら犯罪者は拷問を受けるかもしれないぞ?」
「?? 犯罪を起こさなければ良いだけだろ?」
「でもなぁ……」
「あんたが渋るなんて珍しいな。普段なら厄介事に自ら首を突っ込んでる印象なのに」
「それは誤解だな。厄介事の方が俺に寄ってくるんだよ。……って、そんな事はどうでもいい! どうなっても知らんからな……」
サイを先頭に街の門まで来ると門兵から声が掛かる。
「どこからだ?」
「滅びの山だな」
「何? 麓の村には寄ったか?」
「ああ、寄った」
「そうか! 俺はそこの出なんだよ。皆んな元気そうか?」
「ああ、気の良い連中でオレ達を歓迎してくれたな」
『食べる?』
キュリヤがチーズの入った小さな革袋を差し出した。
「ん? おっ! ヤギのチーズか? 村の?」
『肯定』
「どれ……田舎の味だ。……とはならないんだよな。ははは、たぶん村の物なんだろうけど、この街でも同じ物が手に入る。でも、ありがとうお嬢さん」
雑談を交わす程度で身分証明等の手続きもなく街へと通された。まずは宿をと言うサイの提案で門兵に聞いてみた。
「このまま真っ直ぐ続く道がメインストリートになってて、少し進むと左手に出てくる最初の宿がお勧めだな」
感謝しつつも俺としては重い足取りで街の中へと入っていった。




