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サイの言葉から不意に始まった龍巡りツアーも折り返して残り3体となった。依然居所が分からない火と金属を司る2体と南洋を悠々と泳いでいる水龍。まずは分かっている場所という事で巨木の森から東へ陸地の端っこまで瞬間移動で飛ぶ。
「んと……海沿いに南へ向かうと港町がある筈だ。ひとまずそこを目指そう」
「神さん、時差ボケって知ってるか?」
「あ? あぁ、海外旅行なんかで……マジか!?」
「すまんな。ちょっと訳が分からなくなってきた」
飛行機どころか鉄道も自動車も存在しない世界。言われて思い出したが高速移動の手段は馬か馬車、或いは船だというのに世界中の何処へでも瞬時に移動可能な俺は異常な様だ。更に睡眠の必要もなく24時間戦える頑丈な体のせいで全く思い至らなかった。
「いや、こっちこそすまん! どうも時間の概念が希薄なんだよな……」
昼下がりから夕方手前位だった巨木の森からすっかり日が暮れている現在地、混乱するだろうな。
「よし、港町に着いたら自由時間にしよう。俺とキュリヤだけだとどこまでもノンストップで進んじゃいそうだからな」
「助かる。明日に合わせて整えてみる」
ネーシア諸島の大南の港町と同じ様な規模、宿は辛うじて取れた。腹の具合としては食事にはちょっと早いので居酒屋みたいな店で軽めの物でもとなった。
「いらっしゃい……」
カウンターに横並びに座った俺達に店の親父が無愛想に言った。
『質問、ここの名物料理は?』
「余所者が食うなら牛の肉、珍しいもんが良いならエト・ヒミカだな」
『その2つを』
「オレは何か軽めの物が良いんだが……」
カウンターの上部にメニュー表でもあるのだろう文字の書かれた木の板を見ながらサイが悩んでいる。
「嬢ちゃんな、エト・ヒミカってのは魚を発酵させたもので食う者を選ぶぞ?」
『了承』
「おいおい、大丈夫かよ?」
「この娘はこれでも色んなとこを旅しててな、名物名産と聞いたら食べずにいられないんだ。残す事はないから出してやってくれ」
「そうかい……」
「オレは、トマトチーズを1つとお茶」
「じゃあ、俺もお茶を1つ。キュリヤ、飲み物は?」
『同じ物を』
「分かった……」
程なく提供された小皿。
「これがエト・ヒミカだ。残すなよ……」
後ろのテーブル席から小声で聞こえてくる。
「あの女の子、エト・ヒミカ頼んでるぞ」
「ぷふっ、絶対残してタズマに嫌味を言われるな」
「どうだ? キュリヤ」
『独特、保存を目的としたとみられる為、塩分濃度が高い。ただし、旨味も強い』
「塩辛とかアンチョビの親戚みたいなもんか? サイ、食ってみないか?」
「良いのか? 少し気にはなっていたんだ」
小さな欠片を口に入れたサイは黙り込んだ。
「……お茶3つ」
出されたお茶を冷ましつ一気に飲み干しておかわりを頼むサイ。推して知るべし。珍味の類いは好き好きである。
「……トマトチーズお待ち」
サイは口直しと言わんばかりに料理をパクつく。
「うん、美味い。素朴なカプレーゼだな」
「エト・ヒミカの感想は?」
「お察し下さい……」
「苦手だったのね」
最後に提供された牛肉料理は甘辛い味付けで数種類の野菜と炒められた物でキュリヤ曰く美味いが無難との事。俺は飲んでも飲まなくても良いお茶の器を傾けながら手の空いた親父に聞いてみる。
「この辺の人等は海に住んでる龍の事は知ってるのか?」
「ん? ああ、他の地域じゃ水龍様とか呼んでる様だがここいらだと水神龍王様と呼ばれてる」
「か、格好良い! え? 何それ! すいじんりゅうおうさまぁ!?」
「あ、ああ、特に船乗り連中だとか漁師の奴等は崇拝してるな……」
「スッゲェ! 後世に残したい四文字熟語だな!」
「神さん、童心が露わになってるぞ?」
「あ? すまん。でもサイ、水神龍王だぞ! この響きはグッと少年心に突き刺さるだろ」
「分からなくもないが少し落ち着いてくれ」
「兄さん、分かってるな!」
ガタイの良い男が立ち上がり近付いてきた。
「タズマ、俺の払いでこいつ等に1つ出してやれ」
「ふん……」
「兄さん、水神龍王様は海老が好物だって言われてんだよ。で、ここにはそれにあやかった料理がある。俺の奢りだから食ってみろ。ウメェぞ!」
男は大きな笑い声を上げて自分の席に戻っていった。
「ナラン王国ではダーさんライさんは信仰の対象になってないのか?」
「信仰……とは少し違うのかもな。勿論畏怖の対象ではあるが、ドレキ様や水神龍王様とは人との距離感が違う。もっと遠い印象かな?」
「ふぅん、接してみたら皆んな気さくなんだけどな」
「それは、あんたが彼等よりも上の立場になってるからじゃ……」
「お前だってちらほら喋ってたじゃん」
「ふっ、あんたが居るから可能な話だがな」
少しして料理が出てくる。
「……龍王の皿だ」
「美味そうだな」
『肯定』
「そのまま殻ごとバリバリ食え。それが流儀だ」
海老を揚げた物らしい。折角だから1つ摘んで口に入れた。勿論無味無臭だ。
「美味いな、香ばしい」
「キュリヤも美味いか?」
『肯定、スパイスが絶妙』
ひとしきり食べ終えた後は、無愛想な親父に支払いを済ませて海老を奢ってくれた男にも軽く挨拶をして店を出た。娯楽施設なんか皆無の町は数軒の飲食店から賑やかな声が聞こえるが、そこから離れていくと落ち着いていき繁華街の端にある宿屋まで来ると安眠が約束された様な静けさだった。
「ひとまず部屋だな」
4人部屋へ入ると、なんとなくそれぞれがベッドに腰を下ろす。基本的にサイの自由。灯りを消すのも眠るのも好きにしてもらいなるべく静かにする事を伝えた。
「……とは言っても眠気はまだ来ないんだがな」
「ハハッ、ここじゃもうそろそろ深夜帯だろうが、まだ夜の7時、8時とかの感覚だしな」
適当に雑談をして過ごしていたが無理にでも眠るというサイが灯りを消した。俺は未だに居場所が分かっていない火と金の龍の捜索をする為に世界中の映像を眺めて声を出さずにキュリヤと会話をする。
「なんらかの関係がありそうな場所だと思うんよ」
『肯定』
「居場所そのものはキュリヤも分からないだろ?」
『肯定、存在は認識していても所在は不明』
「例えば火や炎、灼熱とかに関連しそうな場所は?」
『……有数の火山地帯、滅びの山という地域。または溶岩が固まって出来た自然の迷宮、暗黒の城という土地』
「それはどの辺だ?」
『滅びの山の緯度はドレキの居た地域に近くもっと西の方角、そこから更に北西へ海を渡ると暗黒の城がある島』
「ふむふむ……おぉ、これが滅びの山か?」
『肯定』
「高緯度なのに暑そうな灼熱の山って感じだな」
断片的な映像を繋ぎ合わせる様に情報を集めていく。マグマが固まって出来た山や隆起した様な地形、その斜面に噴火口らしきクレーターも分かってきた。谷の部分まで一切何も生えていない場所や逆に植物に溢れた箇所と、火山帯とは言っても様々な景色に彩られている。
「で、更に海を越えると暗黒の城って場所だな……」
然程大きくない島には溶岩が冷え固まった台地、複雑な形に入り組み、なるほど自然の迷宮の様な場所があった。ただし、今は吹雪いていて全容は分からない。
「奇岩群といった様相だな。だけど、どちらかといえば落ち着いた印象だから龍が居るとすれば滅びの山の方かなぁ……」
もう一度滅びの山に視点を移してみる。
「それにしても凄いな。星の鼓動、脈動というのか?」
場所によっては今なお溶岩が流れ出ている。サイを連れ回すには些か過酷だろうと思いながら南へ視点を下げていくと集落を発見。よくもこんな土地に村を拓いたものだと感心する。ヤギが広い草原と岩山の間にまばらに生息している。結局、龍そのものは発見出来なかった。この村に聞き込みに行ってみるのも良いかもしれない。サイはまた時差ボケだな。




