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サイは朝のルーティンである武術の型を繰り返していた。俺とキュリヤはそれをぼんやり見ていたのだが宿の中から出てきた人から声を掛けられた。
「おはようございます。彼は何をしてるんですか?」
「おはよう。武術の型って言って分かる?」
「……すいません。ちょっと……」
「戦闘の動きを取り入れた体操……かな?」
「ほおー、なるほどね……」
宿の店主は腕を組んで俺達と一緒にサイを眺めていた。一通り済ませるとサイが言う。
「見ていて楽しいものでもないだろうに……」
準備を終えると宿の店主に礼を言ってパラストの街を歩き出した。
「動いてたらマシだったが、やっぱ寒いな」
「あったかい地域に行くか?」
「行くか? じゃなくて、あんたに同行するだけだ」
「ん〜、昨夜言ってた龍巡りに興味が出てきたんだよね」
パラストの街の南門を潜り暫く歩いていた時、突然……。
「ふっ、ふふふ、ふはははははっ!」
「どした?」
「いや、すまん。思えばだがな? 日本人としての記憶が残りつつもこんなヘンテコな世界に生まれ変わって、それでも18年も過ごしてるとこの世界に慣れるというか馴染むというかしてくるもんなんだ」
「お、おぅ」
「要するにこの世界の常識に囚われていたんだな。それが、あんたと一緒にいると悉くぶち壊してくれるのが痛快に思えてな」
「神が実在していて明確に人の世へ干渉している。龍をはじめとする超越種と言われるアンタッチャブルな存在がいて、魔物と呼ばれる異形のモノ達もいる。元日本人には理解し難いが赤ん坊からやり直せばそれが常識だとなるのも分かるけどな」
「ふっ、ゲルを下等生物だとするのはここじゃ普通だが、日本人にはそんな感覚は無い。そのゲルが神になるんだから世も末だぞ」
「おい! 次の宿では起きた時にゲル塗れになってなければ良いな!」
「すまんすまん! だが、人の世だと当たり前なんだぞ?」
「何が?」
「他人を罵倒する時には「このゲル野郎!」みたいな表現だとか「ゲルに食われちまえ!」だったりな。あとは、人が集まっているのに何も建設的な意見が出ない時なんかには「ゲルが集まってるだけだ」みたいな言い回しとかもあるな」
「酷ぇ言われようだな。だが、一理ある。ハハッ、肉体は同類ながらアイツ等の行動は理解出来ないからな」
雑談混じりに歩いていき、人の目が無いのを確認して大きな樹木が聳え立つ森の近くへ飛んだ。
「ふっ、やっぱり森が懐かしいのか?」
「別にそんなんじゃないぞ。この森の中心部にデカい木が生えてるんだけど、そこに木の龍が居るっぽい」
「……おっ!? た、確かにデカい木だな……」
カルト公国から地続きにほぼ真っ直ぐ南方向へ向かい赤道(仮)を超えるとすぐにある森、ここより南西にもっと進めば人の集落もある。
「……暑い。落差が激しいな」
防寒着を着たままだったサイはさっさと脱いでいく。こちらの思い付きで振り回しているので防寒着類は預かって収納しておいた。
北側から森に侵入する格好で進んでいく。鳥や小動物、森猫なんかは確認出来るが脅威となりそうな魔物は今の所見当たらない。道路は勿論、獣道らしきものも無い草木が生え放題の森は徐々に密林といった様相を呈していく。先頭を行くサイは邪魔な枝葉や蔓を腰に提げていた鉈で払いながら鬱陶しそうに言う。
「昏き森よりも進み難いな」
確かに俺が生まれた森も鬱蒼とはしていたが下草はここ程酷くなかったし、ここまで蔓草が木々に絡むのを見た記憶は無い。
「どれ、手伝うか……」
【植物操作】で進行方向の植物を少しだけ道を開ける様に曲げていく。
「すまん、助かる」
それでも、行手を遮る蔓は切らなければならないし、時折方角がずれるサイの軌道修正をしながら進んでいった。
「なんか居るな。キュリヤ分かる?」
『肯定、ナク……』
「ごめん分かったわ、猿だ。サイ」
7匹の内1匹が突出してきたのをサイに任せて、群れの真後ろまで瞬間移動した俺はリーダーを瞬時に消し去る。その事実に気付き浮き足立つ前に他の個体も跡形もなく消していった。
「コイツ等はどこでも出るのな?」
ただでさえ薄暗い森が更に暗くなった様に感じる。
「神さん、いよいよ大樹の木陰に入ったみたいだな」
「サイ、ちょっと待って……」
漠然とした嫌な気配を感じる。魔物が潜んでいるという感覚ではなく周囲のマナにも異常な部分は確認されない。直径30cm程度のゲル分体を作り先行させる。
「何かあったか?」
「いや、なんかこう、分かんないけど、雰囲気がおかしい……?」
分体の視界は順調に進んでいる。メタルボディで高速回転移動、背の低い植物は薙ぎ倒しながらどんどん進む。魔物とも遭遇しないが、段々と増していく違和感。分体1つでは不安になり周囲を全体的に把握する様に視界を広げていくとすぐに分かった。巨木を目指して直進していた筈の分体が幹へ辿り着く前にその外周をぐるりと回って戻ってきていた。
「迷いの森的ギミックか?」
「何か分かったのか?」
「あぁ、真っ直ぐ進んでもあのデカい木には辿り着けないと思う」
視覚に異常は無い、魔法を掛けられた形跡も無し、どういう理屈か空間が捻じ曲がっているとしか思えない。先程分体が不自然に進行方向を変えた付近まで歩いてくるが特に怪しいものは確認出来ない。
「たぶん、ここから先には進めなくなると思う……」
巨木に向けて真っ直ぐ進む。すると、やはり外周上を反時計回りに進んでしまう。左に向き直り歩き始めても何故か弧を描く軌道で歩き出してしまう。
「こりゃ、厄介かもな……」
巨木までは300m程の距離まで来ているがこれ以上はどうしても近寄る事が出来ない。振り向いて戻ると手近な木に目印として適当に作り出した金属の小さな杭を打ち込む。そして、今度はあえて時計回りに外周を歩き始める。……20分程経ち1周して戻ってきた事を目印が知らせる。
「どうする? サイは謎解きのヒントを掴んだか?」
「いや、全くだ。木々の隙間からあの木を仰ぎ見ても正面に捉えてる筈なんだがな……」
強引に中心部へ瞬間移動する事は可能だろうか? しかし正攻法で突破してこそ! と、思ってしまうのは切迫した状況ではない事と遊び感覚があるからだろう。
「ちょっと試してみる」
そう言って宙に浮かび上がると周囲の木々を飛び越え視界が開ける。俯瞰で捕捉している視界をフル動員して真っ直ぐに巨木に向かって飛んでいく。するとやはり、反時計回りに外周を回る様な軌道になってしまう。そのまま高度を上げながら螺旋状に飛んでも中心方向には一切進めずに巨木のてっぺんと同じ高さまで上昇してきた様だ。一旦、キュリヤとサイの元へ戻る。
「上も駄目だったな」
「そうか……」
木に刺した目印の杭を抜き、徐に巨木の方向にある木へ投げつける。それは10m程向こうの木に見事命中して幹へと刺さった。取りに行こうと何気なく近付いていくとすぐに辿り着く。
「ん? おーい、2人共こっちに来れるか?」
歩き始めた2人の姿に失笑するしかなかった。正面を向いて俺に近付いてくるかと思えば、そのまま左にスライドしていくのだった。
「え? 神さんとの距離が縮まらない?」
『肯定』
投げ入れた物を取りに来る事は可能? このまま中心に向かって繰り返せば到着するのか?
「なんかこっちに投げてもらえるか?」
「わ、分かった……」
サイは鞄から取り出した投擲武器を俺の近くの木に突き立てた。キュリヤは右手に持ったモーニングスターを放り投げてくるのだが、避けなければ当たる位置へ飛んでくる。
「危ねぇ!」
ガサガサと音を立てて足元の藪へ転がった。
「……とりあえず今投げた物を取りに来てみてくれ」
すると、今度は正面を向いたまま近付いてくる2人。
「どういう寸法だ?」
「理屈は分からんが投げ入れた物を取る為には近付く事が出来るみたいだな」
「これが攻略法なのか?」
「それは、分からん。抜け道みたいな方法かもしれん」
取り敢えず突破口の様なものを見付けたので試すしかない。
「あとキュリヤ、俺を狙って投げただろ? 危ないじゃねぇか!」
『肯定「こっちに投げろ」との指示に従った』
「んぬぬ、そうだな。俺の言い方が悪かったよ……」




