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イメージとしてはインドネシアからアラスカへ。残念ながらどちらも行った事が無いのであくまでもイメージである。南の海に浮かぶ島国から北に広がる凍土の大地へ、カルト公国はパラストの街。そこで人間と魔物の痴情のもつれに首を突っ込み、よく分からない裁きを受けた旦那を置いて街を離れた嫁の呼び出しに付き合う格好で郊外へとやって来た。
「貴方、人間じゃないわね?」
「そっくりそのままお返しだな」
「そう……」
「旦那はどうなる?」
「まあ……死ぬわね」
「そうか……」
「責めないのね?」
「お前にも同じ輪っかが頭にあるだろ? あと、契約魔法という言葉から推測するに同じ様な条件でお互いを縛るものなんだろ?」
「お察しの通りよ」
「お前は氷の……いや、水の精霊か?」
「それもお察しの通りね。……貴方は? 聞いて答えてくれるのかしら?」
「ふむ、お前に明かしてもあの街で吹聴する気配もないし別に良いか。邪神ゲルボーヤーだ。ただ、その名前では呼ぶな! 呼ぶならばミチオと呼んでくれ」
「はぁっ!? 先日生まれた新たな神……?」
「あぁ、信じても信じなくても良い。今は人間に擬態して諸国漫遊中って感じだ」
見かけてから初めて動揺する姿を見せた水精霊は一変した。
「も、申し訳ございません! 神の御前で人を罰するなど……」
意外とすんなり受け入れると跪き左手を胸に当て頭を下げた。
「お初にお目に掛かります。水精霊、ヴィル・ジナールと申します」
「やめてくれ、今の俺は旅の傭兵のつもりだし本来の在り方としてもその謝罪は受け取れない。さっき言ってたろ? お前が断罪するんじゃなくてそういう契約なんだって」
「はっ! 失礼致しました。それでは私の処断の為に来られたのではないのですね?」
「ん〜、言い方悪いけどむしろ邪魔された形だな。ハハッ」
「重ね重ね申し訳ありません! 私の行動が御身を煩わせる等、不敬の極み!」
「だから、やめろって。俺はただの人間としてここに居るんだ」
「ふっ、神さんが真っ当に扱われるのも逆に新鮮だな」
「サイも茶化すんじゃないの」
「そ、それでこの地へは何用ですか?」
「あぁ、龍に会いに。ドレキ様と言った方がこの辺では通りが良いのか?」
「我が父に……? きっと喜ぶ事でしょう!」
「お? お前龍の子なのか!?」
「何を仰いますか、この辺りの者は皆ドレキ様の子らですよ」
「あ、そういうアレね」
「ミ、ミチオ様とお呼びしても?」
「あぁ、くれぐれもゲルボーヤーとは呼ばないでくれ」
「なぜ、私の事を街で処断しなかったのです?」
「だから、さっき対等の契約であれば……」
「い、いえ、そこではなく魔物である私が人の真似事をして人と番う事をです」
「なんで? むしろ、あの旦那の方が酷いだろ! 嫁さんに隠れて明るい時間から娼婦を連れ歩いてるなんて碌でも無いぞ! や、人の旦那を悪様に言うのも悪いがな」
「魔物である事は?」
「だからなんだ? 俺だって意思や思考は人間だと思ってるが、体は魔物だからな」
「魔物から神へ!? なんという……」
それから暫くの間拝まれていた。気まずく思いながらもサイの含み笑いにツッコミを入れておいた。
「ミチオ様、貴方様に帰依する事をお許し下さい」
「いやいや! そんな大層なもんじゃないからね? 期待されても困っちゃうよ?」
「いえ、期待など滅相もない! ただ、その行いの後から道理がついてくるのが神の在り方と存じます……」
「ハハッ、好きに振る舞った結果が偉業として残るか……。確かに言い得て妙だよ」
「ふっ、確かに」
「お前の心中を慮る事が出来ない俺に対しても敬意を示す姿、よっぽどお前の方が立派だと思うぞ」
「も、勿体無きお言葉!」
彼女も元は人間、ドレキを奉ずる民だった。人の生を終えても尚、この地を漂う浮遊霊となり長き時を経て多くのマナを取り込み種族変化が起きた。水精霊となり更に時が経ち人間の姿へ実体化する事が出来る様になると、気まぐれに人里へ現れては時折交流を重ねた。その生涯は500年を軽く超えるという。そして3年前の冬、その日も気まぐれに十数年ぶりにパラストの街へ顔を出すと、熱心に口説く行商人の男と出会った。それが先程街にいた旦那さんだった。面白がった彼女はある約束を交わし男の要求を飲んだ。
「何度か話す内に口の上手いあの人に乗せられたのでしょうね……。冷んやりとした私の手を握りながら「心が温かいからだ」なんて言って……」
その言い回し惑星ディートでもあるのか!? と、思いつつ話を聞き続ける。例の契約はこうだ。お互いだけを愛する事。それは、どちらかが亡くなるまで有効。更に1年の半分、冬の時期だけしか一緒には居られない事。男は行商人で夏の間は各地を回りパラストを離れるので好都合だと膝を打ち承諾。最後に裏切りには命を代償とするか? と、問うとそれも誓った。今思えば彼は言葉だけの口約束だと高を括っていたのかもしれない。と、彼女は付け足す。そうして1年目は何事も無く過ごして次の夏、行商に出る男を見送ると彼女も北へ向けて街を出た。冬になり街へとやって来ると、行商を終えて先に街に戻っていた男に出迎えられると幸福な時間が2人を包むのだった。次の夏もお互い別れ、その冬、男の顔を見た瞬間に彼女は既に気付いていた。行商先のどこか、或いは複数箇所で男は他の女を抱いていた事に……。それでも冬の間は共に過ごし仮初の幸福を享受した。また夏が来るとお互いの無事を祈り離れ、そうして再会を果たしたのが先程の事だった。
「ほんの気まぐれ、戯れ、魔物の悪戯です」
そう寂しそうに言う彼女に掛ける言葉を持ち合わせない。
「俺は人の世の営みに積極的に干渉する気はないし、法に則って裁かれるべき! とも思わない。この件は約束を交わした当人同士で解決していると見る」
「はっ、御意に」
「それで、その冠みたいな魔法は何?」
「私が独自に生み出した魔法【凍てつく王冠】と言います。契約魔法の一種で強制力は……」
パキンッ! 説明する彼女の頭で冠が砕けた。
「あの人が死亡した様ですね……。契約が履行されると解除されます」
「そっか……」
戯れとは言うが、それでも何か感慨があるだろうに……。
「そうそう、話は変わるが、うちの眷属に火精霊がいるんだ。お前より若い200歳位の奴なんだよ」
「そうですか。眷属をお持ちなのですね」
「ちょっと呼び出してみるか?」
眷属は主人の召喚に応じる義務があった筈。
「ちょ! 貴方ね……」
【眷属の秘事】を通してジルの抗議が聞こえるが無視して……。
「貴方ねぇ、今まで一度も試した事がないのに急に! 一声掛けてからでも良いんじゃないかしら!? はあ〜……」
「ご覧の様に俺に対して敬意も何もあったもんじゃないんだよ」
「貴方の行動の何処に敬意を払えと!?」
再び跪きジルに頭を下げる。
「ヴィル・ジナールと申します」
「ジ、ジル・オーシンよ。どうか、頭を上げて楽にして下さい。格上の方にその様にされては居心地が悪いです」
「そうですか……」
「完璧な形で実体化されるなんて途方もない研鑽でしょうに、こんな厄介な神に目を付けられて大丈夫だったかしら?」
「滅相もありません。ミチオ様が今日という日に私の前に現れた理由が分かる気がします」
「貴方、今回は何に首を突っ込んでるのよ?」
「失敬だな! たまたま出くわした修羅場を納めようとだな……」
「納めようとして引っ掻き回したんでしょ?」
「ふっ、神さんの在り方の本質だな。だが、今回はそういうのとは違ったな」
「あれ? お前、俺の考えてる事とか分かってる筈だろ?」
「分かるのと、四六時中それを拾い続けるのは違うわよ。呼び出しや緊急性が高い場合以外はどこに居るか位の情報しか拾ってないわよ」
「そうなのか」
「うふふ……ミチオ様、私も眷属へ加えてくれないでしょうか」
「え? えぇと? キュリヤ?」
『肯定、不利益は無いと判断』
「良いのか? こんなノリで決めた感じ……」
「それを貴方が言う!?」
「ふっ、ノリだけで動いてるあんたが言うのか?」
「じゃ、じゃあ、良いんだな!」
ヴィルのマナの核心部に向けて俺のマナを注いでいく……。
「あぁぁー! あ゙、ぅあぁぁーっ!!」
【接続強化】
『続いて……』
「名付けだな?」
『肯定』
「改めて、ヴィル・ジナールと呼称する」
「ひ、きぃぃ! ひぁ、ふぁぁー、あぁ……」
【接続強化】
「大丈夫だな?」
「はぁ、はぁ、もしかすると母の胎内とはあの様な感じだったのかもしれませんね……」
「……そうなのか?」
「私はノーコメントよ」
「ヴィル、基本的に行動の制限はしないし、俺を崇める必要も無い。今まで通りにしていて構わないし、知恵を借りたい時は頼るから」
「そう、ですか……。なるほど……」
「はじめまして、フラウ・ヴィル。ワタシはマイスターよりブラガと名付けられたゴーレムですぞ。訳あって同席出来ませんが心より歓迎致します」
「?? ご、ご丁寧にありがとうございます」
【眷属の秘事】の繋がりには新たにヴィルのシルエットが浮かんできた。ブラガの挨拶に戸惑いながらも仕組みを理解していくと興味津々となった。
「なるほど……。ジルさんが先程言っていた意味も分かります。ミチオ様の思考を読む事など不可能なのですね」
「はあ〜、やっと分かり合える方が現れました」
「ん? なんか俺の悪口か?」
「とんでもない! ミチオ様が同時に色々な事柄を思案しているのを私では処理しきれないという事ですよ」
「ふぅん、まぁ良いか……。じゃあ、ジルは送還するとして、ヴィルはドレキ様とやらの所へ同行するか?」
「同行してよろしいのですか?」
「全然良いよ」
「……お供致します」
「ミチオ様、私から1つだけ。行動の前に一言連絡を……」
「ハハッ、善処するさ」




