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カルト公国の首都パラストという街に来ていた俺達は街の北東に住む龍、この地ではドレキ様と呼ばれる存在の情報を得た。土地の守り神と敵対するつもりは毛頭ないのだが好奇心から会いに行く方向で話がまとまった。
「お、可愛いんじゃないか?」
ネーシアのダンジョンで拾ってきたヴァーグという狼系の魔物の毛皮を加工して作ったコートをキュリヤに羽織らせた。ちなみに拾って帰った素材は全種類少しずつキュリヤがせがむ前に与えている。
『肯定、着る物を選ばない素材本来の魅力』
「はいはい、何を着せても本人の前では霞むよな」
『肯定』
「ったく、龍に会いに行く前だってのに随分と呑気だな」
「ハハッ、まぁ、ダーさんやライさんも気さくな人達だったから大丈夫だろ」
「人達ではないだろ」
「俺とキュリヤもな」
「ぐ、か弱い人間はオレだけだったな」
「そうナーバスになるなって、命の保証だけはしてやるさ」
パラストの街は石組みの高い城壁に囲まれていて出入りするには俺達が入ってきた南側の他には西と北東の3箇所の門を潜るしかない。北東の門を目指し街を歩いている最中にキュリヤが雑貨屋? の前で足を止めた。
『ミチオ、あれの購入許可を』
「ん? アレって?」
スタスタと一直線に店内の壁に武器が並ぶ場所へ行き1つを手に持つ。
『これ』
「いらっしゃい! そいつはお嬢さんには重たいと思うぞ?」
『振ってみても?』
「お、おお、表でな」
木製で60cm程の棒の先端に球状の金属の塊が付いていて、更にそこから金属の棘が放射状に配置されている。それを片手でブンブン振り回すキュリヤを見て雑貨屋の店主が驚愕する。
「な、おい! モルゲンシュテルンを片手で振り回す体格じゃねぇだろ!」
『ウニみたいで可愛い。ミチオ、購入許可を』
「いくらだ? 値段によるぞ?」
歴史的には由緒ある武器ながら現代では使う者は少ないらしく、思いの外高くなかったので買ってしまった。俺があげた毛皮のコートよりもこの物騒な武器の方が可愛いと言って喜ぶのには複雑な気持ちだったが、狼のコートにモーニングスターというトータルコーディネートは合っている気もした。
「さて、気を取り直し……ん?」
北東の門を目指して歩き始めてすぐに異変を察知した。人間と魔物が向かい合って口論でもしている様子。周囲の人間が魔物に気付いていないのが気になる。周知の存在なのか魔物だと思っていないのか……。
「サイ、あそこ、分かるか?」
「ん、ああ、痴話喧嘩か? 男と女がなんか言い争ってる様だが……」
「女って言ったな? アレ魔物だぞ」
「まさか! いや、あんたが言うんだからな。どうする?」
「とりあえず行ってみるか」
近付いてみると野次馬がまばらに見守る中、口論する人間の男と人型に実体化している精霊? 更に男の後ろに人間の女もいるのが確認出来る。
「ヴィル、落ち着いて話そう。なっ?」
「さっきからそればかり。私は落ち着いています。その売女をこちらへ」
冷ややかなマナを纏い淡々と語る魔物の方が確かに落ち着いている。
「違うって言ってるだろ? しょ、商売でたまたま一緒に居ただけだって」
「でしたら、どうして庇い立てするのです?」
「お、お前がなんかしそうなんだよ」
「よろしいでしょう。このままこうしていてもしょうがないので選んで下さい」
「な、何をだよ?」
「その女が死ぬか、その女と死ぬか……」
物騒な言葉が耳に飛び込んできた所で介入……。
「外野は控えていて下さいね」
こちらを向く事もなく制止されたが俺は構う事なく近付いた。
「往来で死ぬだのなんだの聞こえたら黙ってられんな」
「……貴方、何?」
「お前もな」
「……」
「お、な、兄さん、頼む。かみさんがなんか勘違いしてるんだよ」
「勘違いさせるのが悪いんじゃないのか?」
「え? あんた、止めに入ったんじゃないのか!?」
「お前も勘違いするなよ? どうせ他所の女を連れてるとこを嫁さんに見つかって修羅場とかだろ? お前が悪いのは確定だ」
「なっ、テメェ! 部外者が知った口しやがって……」
「だったら選べば良い、その娘が死ぬか一緒に死ぬか」
「待ってくれって! なんでそうなるんだよ!」
「お前が浮気するからだろ?」
「う、浮気じゃねぇよ! 一緒に居ただけでなんにもしてねぇんだよ」
「これからだもんな?」
「ぅぐ、違うっつってんだろ!」
「貴方、何しに来たの?」
止めに入ったつもりが、男の方に苛立ってしまった。
「とにかく、こういう時は第三者が居た方が良いと思うんだよ」
「要らねぇよ!」
「必要無いわ」
「まぁまぁ、嫁さんの方も旦那に言えない事があるだろ? で、旦那もやましい事がある。そっちの女の人の話も聞こうじゃないか?」
「えっと……」
旦那の後ろに控えていた女に話を振る。
「し、仕事でご一緒していただけなんです。本当です!」
仕事ねぇ、この世界に娼婦なんかがいるのかは分からないがそれも立派な仕事だよな。
「そ、そら見た事か! 商売だって言っただろ?」
「貴方は私が不在の間に商売女を買っていたのでしょう?」
「ば、馬鹿野郎! そんな訳ないだろ!」
そうは言う男からは焦燥や欺瞞などの感情が溢れているのがマナを通して筒抜けなんだよな。逆に驚くのは後ろの女の方で、全く何も不自然な箇所は見当たらない。おどおどした態度よりも真実を告げていると自信に満ち溢れたマナが雄弁に語る。
「おま、お前だって半年間いなくなっている間に何をしてるか分かったもんじゃねぇだろ!? それを棚に上げて! 女と歩いてた位で、そこまでの事かよ!」
「腰に手を回してね……」
「ち、違う! ゴミだっ、ゴミが付いてたのをだな!」
苦しいな。
「分かりました。私の貞操も信じられない旦那様とはやはり一緒にはいられない様ですね。そちらの方と何処へなりと消えて下さい」
「なっ、消えろだとっ!? テメェ、旦那に向かって……」
「おい、やめとけよ!」
魔物の体内でマナが魔法発動の動きを見せる。
「貴方には関係無いでしょうに」
「街の中だぞ」
「他の方々には影響ありません」
スッと左手を旦那の方へ翳す。
「【凍てつく王冠】」
「させんて!」
発動と同時に【魔法分解】で掻き消した……つもりになっただけだった。
「あが……あ、ぁ……」
旦那の男の頭部、額からくるっと一周する様に氷の輪が現れている。
「消えない……?」
「何かした様ですね。ですが、契約魔法の強制力には及ばなかった……」
「契約魔法?」
「旦那様……3年前、私を伴侶とすると誓いましたよね? あの時の約束、覚えておいでですか?」
「かか、が、かたた……のれわ、カチカチッ、かかかっ……」
旦那は話そうとしているのか、しかし、極寒に晒された様に寒さで歯を鳴らし言葉を紡げない。
「私へ求婚された際に約束を交わしましたよね? 1年の内半分しか一緒に居られない事、そして……ただ、お互いだけを愛する事を」
「カチカチ、かかかっ、なろょ、おま、ガチガチガチガチ……うぃる……、、かかかかかかっ、はぁし、カチ、ガチガチ……」
歯を鳴らし、体を小刻みに震わせ、旦那は何か言おうとしているが言葉は不明瞭で聞き取れない。
「貴方は仰いました。生涯お前だけを愛すると」
「ぶぶぶぶ、カチカチカチカチ……そじゃ、かかかっ、しゅんじゅ、ガチガチガチガチガチガチガチガチ!」
「旦那様、罪には罰が必要なんです。正直に仰って下さい」
「かか、ゆるっ、かかかか、できょりょ、カチカチ……」
尋常ではない雰囲気に野次馬が1人増え2人増え、周囲を取り囲む程になっていた。
「断罪するは私ではありません。貴方と私の間で交わされた契約なのです」
よく見れば嫁の魔物の頭部にも同じ氷の輪があった。
「貴方は私だけを愛していましたか?」
「ガチガチガチガチ、たたりばぃ、かか、ガチガチガチガチガチガチ……」
「さようなら、私の旦那様……」
振り向くと俺へ近付き小さな声で告げる。
「聞きたい事があります。街の外へ……」
そう言うとパラストの北東の門の方向へ人混みを掻き分けて歩いていってしまった。旦那の方はガタガタ震え、歯をカチカチ鳴らし、嗚咽混じりに言葉にならない声を漏らすだけだった。
「お、おい、ノンクの奴どうしたんだ?」
「なんだ、なんだ?」
「嫁さん行っちまったぞ?」
ガヤガヤと野次馬が好き放題に口を開く。旦那の後ろに居た筈の女はいつの間にか居なくなっていた。




