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大南の港町で急遽ダンジョンクリアを祝われる事になった俺とキュリヤ、1番の功労者であるサイはその働きに見合う疲労感の為にさっさと宿を取って引っ込んでいた。
「良いか? くれぐれも忘れてほしくないんだが、今この場にいないサイってヤツが凄ぇんだ。アイツが俺達を先導して迷宮を進んで行ったんだから」
事あるごとにサイの名前を出しておくのを忘れない。「サイは強ぇ」「サイは機転が利く」「サイが倒した」「サイのお陰だ」「それもサイだな……」
だいぶ深い時間になった頃、1人の男性が近付き小声で聞いてきた。
「兄さん達、ミチオさんとキュリヤさんて言ったよね?」
「あ? あぁ、そうだな」
「北島のクラーケ……」
「しー、しー! そうだな。そりゃ同じ群島だもんな。うん、そうなんだけどさ、この状況でそれ言ったら収拾つかんぞ?」
「いや、はは、でも、やっぱりそうなんすね……」
思慮が足りていなかった。島同士頻繁に行き来している事は話程度に聞いていたのに。いや、逆にこの男性が言い出すまで誰1人聞いてこなかったのはダンジョンクリアの大宴会に浮かれていたからで冷静に名前を聞いたら勘付いた者もいたのだろうな。
「ミチオさぁ〜ん、食べてますかぁ? お酒は足りてますかぁ!?」
港湾管理事務所の受付嬢マリナが完全に出来上がって問い掛けてくるもクラーケの件を思い出した俺は名を呼ばれる事に気が気じゃなくなってきた。
「おぅ、大丈夫、お気遣いなく」
それもあり一層殊更にサイの名前を強調していくのだった。
「すっかりご馳走になった上に主役が言うのもアレなんだが俺達も流石に疲れているからそろそろお暇しようかと思うんだ」
「そうれすか、こちらこそ、すっかりお引き留めしてしまって……」
席を立つと近くの人間に「ごちそうさん」「楽しかったよ」「ありがとう」と声を掛けながら店を後にした。キュリヤはちゃっかり串物を1本持って出てきている。
「お前、相当食ったろ?」
『出された物はひと通り試した』
「ハハッ、美味しくて楽しくて最高の夜だったな」
『肯定』
人の少ない規模の町や村では偽装の為に宿を取った方が良いだろうか? と、考えもしたが桟橋まで来ると人っ子1人居なかったので夜の闇へと同化する様に姿を消した。
翌朝、サイの泊まる宿を目指して町の北側から歩いているとちらほら声が掛かる。
「よっ、英雄! おはよう」
「おはよう踏破者!」
「随分と早いねえ」
昨夜の騒ぎを知っている連中なのだろう。軽く挨拶を交わしながら進むと異様な光景が飛び込んできた。サイの宿の前に人集りが出来ているのを宿の関係者らしき人が両手を広げて制止しながら叫んでいる。
「困ります! 確かに、はい? ですから、お客さんの邪魔になる訳には、そ、そうですよ! だから、一旦落ち着いて! あー、もう!」
人垣を掻き分け宿まで進むのだが……。
「あれ? あんたミチオさんだろ?」
「ほんとだ。じゃあ、やっぱここにサイさんがいるんだな?」
一夜にしてスターになった気分を味わいながら雑踏を抜けると、拍子抜けする程いつも通りのサイは宿の脇で武術の型を繰り返していた。ひと通りの動きが落ち着いた所で息を整えながら近付いてくる。
「ようっす、神さん、お嬢」
「はよぅ」
「なんか、外がすごく騒がしいんだが分かるか?」
「あぁ、すまんな……」
昨夜の顛末を話し被害がサイにまで飛び火している旨を伝えた。
「な、完全にとばっちりだろ!?」
「いや、遅かれ早かれだと思ってくれ」
「オレは人から注目されるのなんて真っ平だ!」
「俺もそうなのはお前も分かってるだろ? 諦めろ」
「クソ! オレの平穏……」
宿を出る時には俺達がやって来た時よりも更に増えた人々が取り囲んできた。やーやー、まーまー言いながら適当にハイタッチしたり軽く挨拶をしながらなんとか抜けていったのだった。
「恨むぞ……」
「俺に言われても知らん! ダンジョン攻略はお前が最大の功労者だしな」
朝からげっそりしながら次の目的地も決まらないままに港町を北に向けて抜けた。
「次はどうする?」
「ネーシアへは来られたしな……」
「他の島には、ぱっと見で面白そうな場所は見当たらないかな」
「神さんは? なんかないのか?」
「ん〜、特に決めてないけど、ざっくり北の方へ行ってみようかと思ってるかな?」
「任せるから同行しても?」
「良いぞ、何が起こるか知らんけどな」
南国アイランドから一転、背の高い樹木は全く無い凍土、周囲には人影も無く寒々しい風景が広がるばかり。
「うお? 寒っ!」
「そうか、寒そうに見えたらやっぱり寒いんだな。ハハッ」
荒凉とした景色の中を街のある場所を目指し歩き始めた。遮蔽物の無い地形の為、距離をかなり取っていたのだが遠くに建造物が見えてきてサイはほっとしていた。
「まずは防寒対策をしないと……」
程なく無事に街へと到着した。石を積み上げた高い城壁が続き、入り口部分には簡素な小屋が設けられていて中には人がいる様だ。入場するには手続きが必要なのかも含めてまずは聞いてみようと進んでいく。
「どうもぉ?」
「はいはい」
「街へ入るにはここで許可を?」
「旅の人ですか? 悪い事を考えていないのならご自由にどうぞ」
「ハハッ、この分だと悪さをする奴も自由に入れそうだね」
「ははは、こんな時期に外から来る人もいないけどね」
聞けばこれから厳寒期に向かうという。涼を求める観光客が訪れる真夏ならばいざ知らず、長年暮らす住民達にも閉塞感が漂う時期にわざわざやって来る者はそう居ないとの事。宿、武具も扱う雑貨店、食事処、外から来た者が利用しそうな店舗は全般に揃っている様だ。メインストリートと思われる場所を一通り見て回った後にサイはそそくさと目星を付けた店で衣類、グローブにブーツ、防寒仕様の外套と小物類を購入していた。街ぶらしながら適当な宿も予約して、昼時となったので食堂へ向かった。
「いらっしゃいませ。……外のお客さんですか?」
「そうなんだよ」
「こんな時期に?」
「ハハッ、門のとこで衛兵にも言われた」
「そうですか……。注文をしてから席へどうぞ」
『質問、名物料理は?』
「名物になると思うけど、大鹿が入荷してるんで今日は特にお勧めです」
『それを。調理はお任せ』
「もう1つね」
「オレは……それで良いか……」
「大鹿3つですね。それでは席でお待ち下さい」
さほど広くない店内にまばらなお客さん、壁沿いにはL字にずらっと長いテーブル、壁を向いて座る形で3人並んだ。
「で、神さんここは?」
「飯屋?」
「いやいや、地名なり街の名前なりを聞いてる」
「あぁ、そういう……キュリヤ?」
『カルト公国、首都パラスト』
「カルト、カルト……覚えが無いな。で、ここが首都なのか。あまり大きくはないな。それで目的は?」
「無いよ」
「いや、なんかあるだろ?」
「強いて言えば……」
「お待たせしました」
ステーキの様な塊肉を焼いた物が、あらかじめ切った状態で提供される。同じ皿には蒸した芋みたいな物も乗っていた。
「美味いか?」
フォークで一切れ口に突っ込み、やはり味は分からない事を確認してからキャリヤに聞く。
『肯定、美味。脂肪分が少ないあっさりとした味わいながら肉本来の滋味溢れる……』
「……で、神さん、ここを選んだ理由だが」
「あぁ、そうだった。龍だ」
「あ、あ? 龍!?」
「もっと北の方に雪山で眠り続けてる奴がいてさ、気になると言えば気になるだろ?」
「いや、ならん! ……が、あんただもんな」
「じゃあ、サイは行かないんだな?」
「別に行かないとは……」
「ほら、聞いたら気になるだろ? 俺も見たら気になっちゃうんだよ」
「規模がな、そこらで猫でも見かけた気軽さなんだよ」
2つ席を挟んだお隣さんが声を掛けてくる。
「君等はこれからノルドベルクへ向かう気か?」
「ノルドベルク?」
「今、龍の話をしてたんじゃないのかい? この辺で龍といえばノルドベルクのドレキ様の事だと思ったんだが……」
ノルドベルクが地名? で、龍はドレキ様と呼ばれている?
「たぶんそれで合ってると思うんだけど、龍が居るらしいと聞き齧っただけで実情は何も知らないんだよ。良かったら聞かせてくれないか?」
「喜んで」
と、言う男の分も食後の飲み物を給仕に頼んだ。
「ドレキ様はカルト公国建国当時からこの地を守って下さっていて、我々国民全員の父であり精神的支柱、法であり規範という存在なんだ」
飲み物に口を付けてから更に続ける。
「遥か昔、東よりやってきた蛮族の末裔が我々の祖先と言われています。文化文明を持たない狩猟採集生活の果てに辿り着いた地で圧倒的な存在と出会う。それがドレキ様だったのです。他の土地ではキークス様が人々に文化を伝えたとなるのでしょうがこの地では違います。ドレキ様が我々の父祖へとこの地で生きる術、土地を拓き作物を育て、捕らえた獲物を家畜とする事、痩せたこの地でより効率的に生き抜く力を授けてくれたと伝えられています」
「へぇ、詳しいんだな」
「ははは、これでも僕は学者でね。専門は神々についてなんだけどそれに次ぐ存在、即ち龍についても調べているのさ」
「そうかい、話を逸らしちゃうけど光龍や闇龍なんかは?」
「勿論知っているよ。現ナラン王国周辺で昼と夜を司る2体の絶対者だね」
「流石だな。ナラン王国から来た俺達からお礼に1つ最新情報を教えてあげよう。2体は番い、夫婦だったんだよ」
「やはりな……」
「おろ? あんまり驚かないんだな」
「すまない、仮説としては充分あり得ると思っていたんだ。驚きよりも仮説が証明された事で新たな考え方が浮かんでしまったよ」
「それは?」
「龍の繁殖だね」
「あぁ、それは興味深い! ダーさん達に子供はいるのかな?」
「分かってくれるかい? それで、ダーさん?」
「あ、いや、こっちのアレだ。それにしても俺達が嘘を吐いてるとは思わないのか?」
「そうだね。学術的に正確な情報だと証明されるまでは半信半疑の部分もあるけど君等がわざわざ唐突に僕を騙す理由が無い」
「ふっ、学者さんは論理的でらっしゃる」
聞き方によっては皮肉に取られかねないサイの言葉に返す様に続ける。
「時には直感的に論理をスタートさせなければ導き出せない答えもあるものだよ。例えば新たなる神、邪神ゲルボーヤーについては全く何も分かっていない。邪神という呼ばれ方は僕の解釈だと災い、良くない事を齎らす者と考える。それは誰に対して? 我々人間? この世の全て? 或いは神々同士?」
もう一度カップで口を湿らせて更に続ける。
「こんな風にとっかかりが掴めない場合にはとても論理的とは言えない奇抜な発想も必要になるもんなんだよ」
「ふっ、食事に来た店でたまたま近くの席になった男がその邪神本人だったりとかな」
「はははは、そうそう! 新しい神様にドレキ様の事を語ってあげられたなんて浪漫じゃないか」
「ハハッ、浪漫は大事だな。うん」




