78
ネーシア諸島にある小南という文字通り小さな島、名前は無いという小さな漁村へ向けて3人で歩いていた。
「のどかだな……」
「だろ? 前に来た時は……」
『朝食に2枚貝を焼いた物を希望』
「そうそう、ホタテみたいなのを炭で焼いてくれる屋台があるんだよ」
「ふっ、楽しみになってきた」
程なく村の敷地内に入る。露店が並んでいた場所へ向かうとやはり漁師達の朝は早いらしく忙しなく動く人々が見て取れる。
「おーい、兄ちゃん! 久しぶりだな」
炭を並べた焼き台を挟み屋台の親父が大きな声を上げる。
「おはよう! 流石に朝早いね」
「その代わり晩も早いがな」
北島に現れた脅威は去り毎日平穏無事だと教えてくれた。
「どれ……」
サイは何か焼いてもらうつもりで品定めを始める。
『前に食べた貝を希望』
「おっ、嬢ちゃん、忘れられない程美味かったんだな。任せろ、デカいのを選んでやる」
『2枚』
「お? 良いね良いねぇ」
サイズや重さで値段が変わる事はないみたいだな。
「オレもそれを1枚と、この巻貝も1つ、あとは、この魚も焼いてくれ」
「分かった。少し待ってな」
網の上に注文の品を並べながら親父が続ける。
「兜の兄ちゃんは? 相変わらず少食なのか?」
「あぁ、でもそうだなぁ、その貝を俺にも1つ」
「よっしゃ、そうこなくちゃな!」
ツブ貝? サザエ? どちらでもないかもしれない巻貝を指差して頼んでみた。どうせ味は分からないんだろうけど……。
「こうなると米が欲しくなるな」
「米ってあるの?」
「オレ達に馴染んだ白米は見た事がないな。穀物を粥状にして食う物はあったがな」
「あー、コレじゃない感?」
「ふっ、そういう事だ」
声のトーンを落として更に続ける。
「あの創造神が地球人に広めさせてる可能性はゼロじゃないな」
「……そうかもな」
火の通ってきた貝類に魚醤が垂らされる。
「ふおっ! 神さん、ヤバいぞ! これは、ゴクッ! 益々米が食いたくなる」
「何? なんか……あ、匂いか?」
醤油が炭の上に垂れた匂いは想像しただけで物理的な意味で垂涎ものだ。
「ほい! お待ちどう」
分厚い革手袋を人数分出してくれる。
「魚はもうちょっと待ってな」
更にフォークもそれぞれに渡しながら親父が続けた。
「どうだ嬢ちゃん? 変わらず美味いだろ!」
『肯定、美味』
「そうだろ、そうだろ」
『ミチオ、それも希望する』
俺が持っている巻貝を指して言う。
「良いぞ。親父、コレもう1個」
「嬉しいねぇ。任せとけ」
フォークを使い貝殻からくるりと身を取り出し口に運ぶ。やはり味覚に変化は無い。大好きだった貝類の筈なのにと虚無感だけを噛み締めながら吸収した。……蓋は一応外しておいた。
「どっちも美味いな! 新鮮な魚介類はそれだけで価値があるもんだ」
『肯定、鮮度という概念の重要度を上方修正』
「なぁ、サイ? この世界にバターはあるのか?」
「あんた! それはまさしく神の提案じゃないか!? ちなみにある。牛かヤギがポピュラーだな」
「親父さん、ここいらでバターは手に入るか?」
「あ? ああ、あるぞ」
「そっちの2枚貝を焼く時に少し乗っけると化けるぞ?」
「そうか? 試してみるか?」
焼き上がった塩焼きの魚を木皿に乗せてサイへ手渡す。続いて焼けた巻貝もキュリヤに渡して一旦奥へ引っ込んだ。両手で持った魚の背中部分にサイが齧り付くとパリッと小気味良い音を立てる。
「美味い!」
パクパク食べ進めると、あっという間に頭と尾、それを繋ぐ中骨だけになっていた。キュリヤも器用に巻貝の身を取り出すと口に入れていく。
「どれ」
戻ってきた親父が3枚の貝を網に乗せた。
「どのタイミングだ?」
「口が開いてタレをかける時と一緒で大丈夫だと思う」
「よっし、任せな」
程なく焼き上がってきた物にサイが咽ぶ。
「こんな物異世界で食った事ない……」
「おい、サイ? まだ食べてないぞ?」
「あ、ああ、そうだな。もう匂いだけでも感動だ」
『肯定、ミチオの提案は的確。鼻腔をくすぐる磯の香りと魚醤の香ばしさ、そこに加わる濃厚でコク深くもやや乳臭い……』
「食レポか!?」
「どれ、良いだろう。食ってみろ」
それぞれに渡すのだが……。
「俺は良いから親父、自分で食べてみ? 味を確かめるべきだ」
「そうか? じゃあ……」
『美味! グレードアップを確認』
「うめー、うめーよ、神さん……」
「こいつは……良いな! 兄ちゃん、料理人でもやってたのか?」
「ハハッ、俺の知恵じゃなくて他の地域で似た様な食べ方してたんだよ」
「そうか、これは店で出しても良いのか?」
「あぁ、勿論。というか俺の許可はいらないよ」
「気に入った! 今日のお代は勉強しとくぞ」
支払いを済ませて桟橋の奥の方へ歩いていく。
「ホタテにバター……あ〜、まだ口の中が幸せだ」
サイのキャラが崩壊しかけているが食べ物で得られる幸福感というのは理解出来る。
『ウニを脅かす程の美味』
キュリヤの中ではウニには勝てなかった様子。
「さて、これからどうする?」
小さな漁村は活気に溢れ、出港入港入り乱れるボート群に目をやれば、以前大物を揚げた男の姿も確認出来る。
「ここら辺で手応えのある魔物はいないだろうか?」
「どうだろうな村は平和そのものに見えるし……」
この島の色んな場所を眺めてみても怪しい所も危機的状況も、もっと言えば人間に害をなす様な魔物も確認出来ない。ついでに他の島にも視点を広げていた時だった。
「島外の若者なんぞ珍しいね」
散歩中と思しき腰の曲がった女性が声を掛けてきた。
『肯定、ここの魚介類は絶品』
鼻息荒くキュリヤが答えた。
「そうかい……住んでる者は飽いてくるんだけどねぇ」
『……ウニは毎日でも可能』
「ワシが娘時代にはサーフィンもまだ廃れてなかったんだけどね。今じゃ魚を獲る以外なぁんにもね」
創造神のテコ入れか?
「婆さん、少し聞いても良いか?」
サイが尋ねる。
「なんだい? 知ってる事なら良いんだけど」
「ここら辺は魔物に困ってるなんて話はないか?」
「魔物かい? せいぜい大鼠かゲルくらいのもんだよ」
サイよ、そっちか? サーフィンの方が気にならないか?
「そうか、いや、すまない」
「俺も良いかい? サーフィンってのは板を使って波に乗るスポーツか?」
「そうだよ。若いのに良く知ってるね。大昔、モハナって人が居たんだよ。その人は若い頃から来る日も来る日も板の改良を繰り返して、海に浸かり続けて、遂には波乗りクイーンと呼ばれるまでになったんだよ。もう殆んどサーフィンなんてやる者もいなくなっちまったけどねえ……」
これだけでは不十分な情報だし元々この星の文化として存在していたなら見当違いだが元地球人が関与した可能性はある。本人は成功したけど文化として根付かなかったパターンだろうか。
「こっからもうちょっと行くと海を見つめるモハナの像があるよ。ワシの散歩の終点さ」
「そうなんだ。ありがとう」
どうせ手持ち無沙汰な俺達は折角だからその像を見に行く事にしたのだがすぐに分かった。確かに海の方を向いてサーフボードを横に立てている女性の石像が立っている。
「これは立派だな」
サイの感想も分かる。等身大ではなく高さ3m程になるそれは一枚岩を彫り込んで作られていた。
「ここは? 何て書いてある?」
「あれ? 神さん言葉が分かる様になったんじゃないのか?」
「音声としての言語は分かるけど書かれた文字は分かんないんだよ」
「ふっ、相変わらずチグハグな……"波乗りクイーン モハナ"だな」
「それだけ?」
「そう、だな……いや、待て待て!」
石像の足元の台座部分に書かれた大きな文字ではなくサーフボードの方へ目を移してサイが続ける。
「神さん、当たりだ。ここ……」
サイが指差す場所にはカタカナで"アロハ"と雑に彫られていた。
「ハハッ!」
更にその下に小さな字で"タチバナ ミヤビ"と、これもカタカナで刻まれていた。ビンゴ! ただ、もう故人という事なので直接会う事は出来ないだろう。モハナ像の周囲に目を凝らす。残留思念の様なマナを探ってみるとサーフィン、果ては海の楽しさを満喫する感情がかろうじて読み取れたが本人のものなのかは定かではない……。こんな立派な像を作られて一度は流行したサーフィンだったが今は廃れて久しいという。モハナことタチバナミヤビはここで海を見つめながら何を思うのだろうか。




