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ナラン王国カラーム領南部の街キリメーアにある食堂兼居酒屋で傭兵団【白蛇(ホワイトスネーク)】の団長に軽く絡まれている最中である。

「いいか? 怪我はさせるなよ」

団長と腕相撲勝負をするというキュリヤに小声で告げる。

『肯定』

副団長ワーキヤが俺のすぐ後ろにきて声を掛ける。

「すみません! どうか寛大に……」

「大丈夫だよ。酒の席の余興だろ?」

すみませんすみませんと何度も繰り返している。

『更なる提案、何か賭ける?』

「バッハッハッ! 良いねぇ、随分自信がある様だ。そうだなぁ……」

ぐるりと店内を見回して続ける。

「今、ここに居る連中の現在の支払いを持つってのは?」

『了承』

「マジかよっ!?」

「ヒュー!」

「ただ酒だってよ!」

次第に周囲の連中もヒートアップしてくる。

「良いね良いねぇ! そっちはどうする?」

『ウニをたらふく』

「ウニ? ってなんだっけ? ヤギなら知ってるが……」

「あーもう、店員さん! 聞こえてる? 今の支払い全部足したらざっくりいくら?」

「そう、ねぇー、ざっくり30万位ね」

「よし、こっちが勝ったら現金30万でどうだ?」

「良いぜ。きっちり耳揃えて払ってもらうからな?」

料理、酒の器を退()かせたテーブルで相対するブレン団長とキュリヤ、肘を着きお互いの手を握り締める。

「いいかい?」

女性店員がいつの間にか審判役になっている。こういう事には慣れている様にも見える。

「はじめっ!」

「ふんっ!」

目一杯力を込めたであろうブレン団長だったがキュリヤの腕は微動だにしない。

『遠慮は無用』

「ぬくくくく……」

『?? もう始まってる? 力を入れる事を推奨』

煽り方がエグい……。

「ぬぅぉぉおぉぉぉぉっ!!」

ブレン団長が全体重を傾けるが全く動かないキュリヤがピクリと動いた瞬間、団長の手の甲がテーブルに触れるスレスレで止まる。

「ぶはっ!」

『赤子の手を捻るのは可哀想。継続?』

「い、や、負けだ」

その後トンッと団長の手の甲がテーブルに着くと……。

「ピューィィ!」

「スッゲーな!」

「ブレンに勝ったぞ!?」

酒場は熱気に包まれてどんちゃん騒ぎとなる。

「なんでだ……? あの細い腕のどこから……」

『30万』

右手を差し出してキュリヤが冷酷に伝える。

「どんなインチキだ? なんで、何をした!」

『実力。30万』

「う、認めねぇーぞ! こんなインチキ野郎に誰が払うか!」

『なら良い』

俺の傍まで来たキュリヤが物騒な事を言い出す。

白蛇(ホワイトスネーク)は本日をもって壊滅だと提案』

「こらこら……」

「ひっ、申し訳ございません!!」

後ろのワーキヤが土下座をして叫ぶ。

「どうか、寛大な処置でもって手打ちを!! ミチオ様! キュリヤ様! どうか、どうかっ!!」

「ワーキヤ、こんなインチキ野郎に頭なんか下げんなよ」

「だだ、だ、団長の身一つでご勘弁を!!」

「な! お前、俺を売るのか!?」

「うるせー! 俺はあんたの巻き添えで死にたくなんかねーんだよ!」

「あー、ワーキヤ、大丈夫だ。余興だって言ったろ?」

「ミチオ様、すみません! 何卒ご容赦を……」

「こいつ等がどんだけの(もん)だか知らんがお前の態度は腹に据えかねるなぁ」

「頼むからいい加減にしてくれよ」

「あぁん? なんだって? 俺が悪いみたいな言い方しやがって」

「あんたが悪いんだよ!」

「よし、次はミチオだ! お前もやれよ」

地球にもこういう面倒臭い人いたよな……。

「腕相撲か?」

「いいや、ゴートバットだ」

「な! やめてくれ! 団長、頼む!」

「まぁまぁワーキヤ、俺は大丈夫だ。やろうぜ? で、何それ?」

「やるっつったな!? おい! お前等も聞いたよなぁ?」

「「うおぉぉーっ!!」」

オーディエンスの盛り上がりは最高潮となる。

「違うんです! ミチオ様、団長が大丈夫じゃ済ま……」

膝を突いていたワーキヤが周りの連中に引き摺られる様に外野へと連れて行かれる。気が付くと円形にギャラリーが囲み俺とブレン団長だけが中心にいる格好となる。

「先にゲームのルールを教えてくれ」

「バッハッハッ! なぁに、簡単だ。お互いに1発ずつ拳で殴る。それを繰り返すだけだ」

「交互にパンチをするって感じね。オーケー、早速だが……いや、その前にキュリヤとの勝負で有耶無耶になってる賭けはどうなる?」

「うるせぇ! そんなもんは俺に勝ってから言いやがれ!」

「やれやれ、それじゃ賭けにならんだろ……。それじゃあ、こういうのはどうだ? 俺からは殴らない。その代わり団長の気が済むまで殴って良い。その上で、どっちかがへばったら終了。最後まで元気な方の勝ち。どう?」

「馬鹿か? 馬鹿なのか!? 良いぜ、やってやるよ! 後悔すんなよ?」

「んで、賭け金だ。今、ここに居る白蛇(ホワイトスネーク)の連中の有り金全部でどうだ?」

「上等だ! 乗ったぜ!!」

「ま、待ってくれ! 俺はそんなの……」

ワーキヤが周囲のギャラリーの中で揉みくちゃにされながら叫ぶが熱狂に掻き消された。外套とその下の金属製の胸当てを外し腰に提げたマチェットナイフと共にキュリヤに預ける。ギャーギャー、ガチャガチャ、騒々しいギャラリーの中からひょっこり首を出した女性店員がまたもや審判役を買って出る。

「兄さん、ほんとに良いの? ブレンに一方的に殴らせるなんて」

「まぁ、大丈夫だろ? ハハッ、何発入れられるかな?」

「じゃ、じゃあ、もうなんにも言わないよ?」

「訳あって顔は晒せない。兜は脱がないからな」

手首をぐるぐる回してウォーミングアップをするブレン団長が声を上げる。

「1発で終わらせるのは勿体無ぇー! まずは右手でお前の胸を叩く。どうだ? 予告されてりゃ身構えられるだろ?」

「うん、まぁ、早くやれよ」

「い、いくよ? はじめっ!」

右腕を大きく振りかぶり左足をステップさせる。胸元目掛けて繰り出された拳は、ドボッ! と、鈍い音を立てて俺の人形の胸を叩いた。

「へっ、へへっ、どうだ? 効いたろ?」

ギャラリーからは既に絶叫にも似た歓声が上がっている。

「良いから早く次だ」

「へんっ! 知らねぇからな、どうなっても!」

次から次へと拳を振るうブレン団長が息を荒くしながら違和感を語る。

「おかしい、なんで全然効いてねぇんだ!?」

「なかなか終わんないな……。攻撃以外のスキルは使っても?」

「はんっ! 防御を固めるってか? 良いぜ、それすらも砕いてやるさ!」

一応、審判役の女性店員を向くとコクリと頷いた。

「先に言っておくけど拳が壊れても文句は受け付けないからな?」

「クソガキが! そんな事はしねぇ!!」

またも大きく振りかぶったストレートを腹部目掛けて繰り出されたのだが、バギャッ! と、嫌な音をあげた次の瞬間……。

「アガァァーッ!!」

ブレン団長は叫び声と共にその場で膝を突き右の拳を左手で覆う様にしていた。

「ブ、ブレン? 大丈夫かい?」

審判役が心配そうにブレン団長に尋ねた。

「ぐぅ、あいつの腹を検めろ!」

「え、え、ええ」

声が聞こえていたので服の裾を上げて腹を見せる。

「なんにも無いわね……」

「いいい、イカサマだっ!! そうに決まってる!」

「ブレン、流石にそれは無いよ」

「QG、この店を贔屓にしてんのは誰だよ!?」

首を横に振りながら女性店員が続ける。

「あんたに有利な状況で散々殴った相手を捕まえてイカサマだって? そんなヘタレはもう店に来なくて結構だよ!」

「「オォォーッ!」」

ギャラリーからも一際大きな声が上がる。この女、なかなかの啖呵を切るな。

「テメェ、この、イカサマ野郎がぁっ!!」

勝手に逆上したブレン団長のフロントキックが鳩尾辺りに当たったと思ったら、蹴った本人が地面にひっくり返った。それを見ていたギャラリーからは嘲笑混じりの声が上がる。

「おら、ブレン、立てよ?」

試技人形(サンドバッグ(意訳))に負けんなー!」

「ヒャハハハハッ! ダッセー!」

床に転がり一瞬きょとんとしていたブレン団長は起き上がると左手にナイフを逆手に持つ。そのまま駆け寄ると左手を振り抜いた。その左手からは既にナイフは消えており、不思議そうにした後に自分のやってしまった事に青ざめていく。しかし、ナイフの所在はというと対戦相手が首の高さに出した手の中、正確には右手の人差し指中指親指の3本で摘む様にして持たれていた。

「これはルールの範囲内か? あと、さっきの蹴りもだな?」

ブレン団長の足元へ投げられたナイフはカシャーンと床を滑る。本当は、トスッ! と、床に刺さる演出がしたかったミチオは少々複雑な気持ちになる。

「もう駄目だよ! ブレン! あんたの負けだ!」

審判役の女性店員が両腕を頭上で左右に振って終了の合図を出した。その瞬間ギャラリーからは割れんばかりの歓声が上がった。ブレン団長は茫然自失で床にへたった。

「よし、早速だがワーキヤ?」

「は、はい!」

「店に居る白蛇(ホワイトスネーク)を全員集めろ」

「わ、分かりました」

程なく8人の男達が静かに集められた。

「全部で10人か。俺は白蛇(ホワイトスネーク)の団員なんて知らないから確認のしようがないんだけどワーキヤを信じておく事にする」

「今日ここに居るのはこれで全員です」

「そうか、ゴートバット、だっけ? 賭けの話は覚えてるよな? 全部出せ!」

「な、なんで俺等まで!?」

「黙れ! 賭けの前ならともかく一緒になって盛り上がってて今更それは通らんよ」

「そ、それは……」

「何も命を差し出せと言ってるんじゃないんだから素直に応じておけよ」

「お前等、悪い事は言わないから全部出せ! 良いか? 全部だぞ!? ちょろまかした奴の事は責任取れんからな!」

ワーキヤが自主的に皆んなから金を回収して俺に手渡してきた。

「いくら位になるんだ?」

「200万は無いですね。た、足りるでしょうか?」

「オーケー、ありがたく受け取るし、店員さん? 最初の賭けの時の皆んなの支払い。出すぞ!」

「そうかい? 勝ったってのに気前が良いね」

「勝ったから気前も良くなるってもんだろ?」

「気に入ったよ兄さん!」

その後、現時点までの店内全ての飲食代を支払い、落ち着いてきたブレン団長が謝罪にきた。さっきまでの豪快さは鳴りを潜めて真摯に頭を下げていた。

「あんた、相当の使い手だったのか?」

「種明かしはしないよ」

「いや、それは良い。もしもあんたが俺を殴っていたとしたらと思うと今は恐怖を感じられる事に感謝するよ」

「どゆこと?」

「生きていればこそって事だ」

「なるほどね。流石は傭兵団の団長だ修羅場はそれなりに潜ってきたんだな」

「や、やめてくれ! もう、馬鹿な真似はしねぇよ」

一応の和解をした俺達は酒場を立ち去った。こっそりワーキヤに10万だけ返して「 1人1万な」と伝えた。

「ミ、ミチオ様、あの、お、お言葉なんですが全部で1万しか無いのですが……」

と、言われて慌てて金種を正してから渡し直した。締まらない。出口では女性店員にも声を掛けられる。

「また来てね、お兄さん!」

「ふっ、相変わらず退屈とは無縁なお方だな」

サイがポツリと呟いた。

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