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ナラン王国南端にあたるケントニス領の領都ツエンタで領主邸に招かれた俺、キュリヤ、サイの3人はもてなしを受ける筈だったのだが、存在値測定器なる装置でレベルの判定をされながら雲行きが怪しくなっているのを感じていた。
「じゃ、じゃあ、どうでしょう? キュリヤちゃんにも測ってもらうのは?」
『了承、刮目せよ』
キュリヤが操作盤に手を置くと表示板の文字がクルクルと変わっていくと3桁になっても止まらずに変化していく。やがて数字と思しき文字が止まると領主は胸元から布を取り出して額を拭った。
「183……? い、いや、もう人間のあれ? いや、なん……で?」
元地球人と知った時は仲良くなれそうな気がしたのだが……この人も俗人だったのかな? 疑念混じりにこちらを値踏みする様な空気に嫌気が差してきて少しの落胆を覚えながら見限った俺は声を上げる。
「もう良いでしょ。お邪魔しました。キュリヤ行くぞ」
『了承』
「サイもな」
「あ、お、そ、そうか?」
「お待ち下さい!」
声を張り上げた領主は1人掛けソファから腰を上げると跪き頭を下げる。
「無礼を承知で今一度お願い申し上げます。明日、我が街にて神の降臨をしてもらえないでしょうか!」
「領主様、もう良いよ。俺は気ままに生きてる人外なんだよ。人の世の営みに神として深く関わるのは面倒なんだ」
「な、何を仰る! 神なればこそ、その義務を果たされよ!!」
「俺の義務ってなんだ?」
「領主様、それ以上はやめた方が良い」
「そ、それは……その、ええと……?」
「俺は創造神ミルユーのカウンター的な存在だ。この街を上げてミルユーに疑問符を投げ掛けるというんだな?」
「そ、それはどういう……?」
「アンタは同郷みたいだから明かすが、創造神は好き勝手、面白半分に他者の命を弄ぶきらいがある。俺はそれに反発して創造神を、まぁ、ボコった? みたいな者だ。俺の神性を見たいのならば創造神に対する反感があるという事になるけどそれでも良いんだな?」
「な、何を言ってる?」
「ちょっと待て、待ってくれ! 神さんも少し冷静に頼む。領主様、オレはこいつ……この方が神へと至る瞬間に立ち会っているんだ。まあ、それで気安い態度も許されている。ただな、この方は本物だ。元地球人とかそんなのは関係無い! この世界の人類を根絶やしに出来るだけの存在なのはオレが見ていて嘘ではない事を保証する」
そんな保証は要らねぇけどな。
「な、何を言って、たかだかレベル19の若造が……」
「だから、もう分かったって! レベルの低い若者の意見は蔑ろだろ? もう話す事は無いから行くぞサイ!」
「あんたも……いや、ただ面倒なだけか」(ゲルってだけで話も聞いてもらえなかったって言うからな……)
「敵対するつもりはない。キュリヤが気に入っているからイマメアのウニだけはたまに買いに来る。干渉、詮索、それから利用しようなんて思うなよ? それでは失礼した」
脱いでいた外套、兜、キュリヤ、サイも含めて、ついでに持ち込んだ蜥蜴王の牙も木箱ごと持ち去る様にマナ化して瞬間移動した。ナラン王国ケントニス領から北方、カラーム領に入った辺りで実体化する。
「あー、なんて不愉快な感情を垂れ流すおっさんだよ……」
「どうした? 初めは友好的だったのに」
「そうか? 途中から思いっきり試す様な感じと、お前のレベルが19だと知った時の蔑む様な不快極まりない感情は大概だったぞ? 最終的には欺瞞丸出しで利用する方向だったからな」
「あんたの見てる景色がオレと違うのは理解してるんだが……あの女忍者にしてもそうだったな」
「流石のサイでも気付いてなかった様だな」
「しかも2人も居るなんて全く分からなかったな」
「まぁ、俺は気配とかじゃなくて普通に見えてるからしょうがないよな」
「そう、だな。壁も地中も一定範囲なら見えているんだもんな」
「精進したまえ」
「そうだな……いや、無理だろ!?」
「あ、そういえばサイ、随分と馬鹿笑いしてくれたな!?」
「いや、だって! あの状況だぞ? むしろ嬉々として笑わせにきてたろ、あんた」
「そんな事はない。むしろ真摯に人々と向き合っている良い神様だぞ?」
「よく言うよ、邪神なんて称号の癖に」
「あー、それ、ダメなやつぅ! 神の怒りに触れちゃう感じのやつ言っちゃったぁ!」
「待て待て、それはオレが決めた事じゃねー!」
「知らないね。邪悪な神は破壊と混沌を司っちゃうもんね」
「ふっ、ふははっ!」
「なんだよ? 急に笑い出して?」
「いや、あんなに腹から笑ったのは本当に初めてだった。それだけはあのおっさんに感謝してる」
「まぁ、でも、あの人は良くも悪くも優秀な治世者だと思うよ。俺が神だと告げた後それまでの同郷同士の会話から、疑いつつも損得勘定にシフトしたのは街の利益の為だろうしな」
「そう、だったか……」
「あぁ、決して悪人じゃないんだろうけど、こちらを値踏みする様な態度は俺には我慢ならなかっただけだな」
「あんたも意外と短気だな」
年長者とはいえすっかり存在値とかいうこの世界の理に染まりきって……否、年長者故か。長い事そんな常識の下に生きてきたんだもんな。
「私は間違った、のか……?」
「お館様……」
「あの者は本当に神だったのですか?」
「分からん。だが、恐らくそうなのだろう……。忽然と消えてしまったのが証拠ではないか?」
「認識阻害の魔法やスキルの可能性……」
「いや、一瞬で2人の人間を連れて、ご丁寧に献上すると持ち込んだ品までも持ち去る芸当が人間に可能だと?」
「……い、いえ」
「松、菊、絶対に口外するな! 今日ここへは誰も来ていない。良いな!?」
「「はっ!」」
すぅっと床間へ移動すると姿を消す2人の女性。
「ふうー……。折角同郷の人間と出会えたと思ったら……」
憔悴しきった表情で1人掛けソファに深く座り冷めたお茶を一口飲む。
「……」
暫くの間思案してみても考えは一向にまとまらなかった。
「失礼します。旦那様、お食事の用意が整いました」
応接間の襖の向こうから声が掛かる。
「分かった。……3人分余計になってしまうな……」
やや逡巡し腰を上げかけると、やにはに廊下を慌ただしく走る音が聞こえる……。
「し、失礼します。旦那様、至急のご連絡でございます」
ソファに体を戻し声の主に返す。
「入りなさい」
「失礼致します」
「用件を」
「はい。ネーシア諸島西部に現れた魔物クラーケが討伐されました」
「ほう、良い事じゃないか」
「先日よりイマメアとの航路も正常化しております」
「ネーシア側は大変な目に遭って褒賞に余裕がないだろうから、こちらからも幾許か出そうか?」
「それが、討伐者はたった2名の傭兵でして、報酬を受け取らずに何処かへと消えたとの話です。ただ、名前だけは確認されていてミチオとキュリヤという男女2人組だそうです」
ゴトッ、持ち上げた湯呑みを落とし、これでもかと目を剥き驚愕の表情のまま固まってしまう領主。
「旦那様?」
「ゴホンッ! あとは?」
「はい。ネーシアから正式に討伐要請の取り下げと、あちらの造船所へ人手と資材の支援が……」
そこからは何も領主の耳に届かなかった。同郷人であり神であり、自領の海にも近い場所に現れた巨大な魔物を討伐した者への態度として自分は果たして正しかったのか。クラーケの被害者は3桁に及びケントニス領の者も少なくない数が含まれる。長期的視野で見ればネーシア最大の都市との直通航路が使えない事で出る経済的損失、或いは活動海域を北上させてきた場合の直接的な不利益。
「私は……」
同郷人と出会えた事に舞い上がり訪問の意図すら汲み取れていなかった。何故あの若者達はここを訪ねてきたのか。神である証拠を見せろと宣い、あまつさえ神と同行している若者の存在値が低い事に幻滅しなかったか? もっと言えばペテン師の集団だと疑念を抱かなかったか? 事情を何ひとつ聞く事もせずに神のネームバリューを利用出来ないかと勘定高く振る舞った結果あの青年は私を見限った? 同郷の若者達と同じ様な苦労を分かち合い年長者としてサポートする事が出来たのではないか?
「だ、旦那様? 体調が優れないのでは?」
「すまん、そうかもしれないな」
「報告書はこれから作成しますので失礼しましょうか?」
「そうだな、悪いがそうしてくれ……。ああ、あと今夜の食事の予定はキャンセルだと伝えておいてくれ」
「分かりました。それでは失礼します」
役人が退室した後も立ち上がる気力が湧いてこない領主はあれこれ後悔と自分の浅慮を責める事を繰り返していた。




