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ケントニス領、領都ツエンタは南端の港湾都市イマメアよりも規模が小さかった。早速気になったのは街のあちこちにトイレがある事だ。所謂公衆便所だろう。この世界の街をいくつか見てきたが、ここでしか目にした事はなかった。
「もう、ほぼ確だろ!」
「初めて来た時はオレも驚いたさ」
「サイは何度かここに?」
「これで3……いや、4回目だな」
『名物料理は?』
「ここのか? なんだろうな? すまん、オレは知らんな」
観光地という雰囲気は感じないが特産品や郷土料理はあるのだろうか? それにしても頭の位置が全然ブレないで歩く隣りのサイが異質だ。
「なぁ、その歩法は武術からきてるのか?」
「なんだ?」
「いや、街行く人々から相当浮いてるぞ?」
「そうか? あまり指摘された事はないがな」
そうして歩いていると街に入ってすぐに出てきたのが例の奉行所だ。
「ここだな」
大きな門扉は開かれていて左右両側に槍を手にした男が1人ずつ配置されている。領兵か領主の私兵か……。
「すいません。ツエンタは初めてなんですけど、ここはどういった建物なんですか?」
門の左に立つ男に話し掛けてみた。
「ああそうですか、ようこそ。ここは領主邸ですよ」
「珍しい建築様式ですね?」
「あはは、初めて見た方は皆んなそう仰る。白い壁なんて他には無いでしょう」
そっち? いや、色はいまいち分かっておりません。返答に詰まる俺を見てサイが笑う。
「くっ、ふふ……」
「現在の領主様が幼少の頃から準備を整えて今から40年前に完成したこの街のシンボルなんですよ」
『質問、この街の名物料理は?』
「名物……特にこれといって……。海からそう遠くないから魚介類も流通してるし土地も豊かで農耕も盛ん。なんでもあるのが特徴かな?」
『食すべき料理は?』
「困ったな……。あ! あるある、あった! 野菜を塩漬けにした保存食なんだけど地味過ぎて思いつかなかったよ」
漬物か。キュリヤの興味は引かなそうだな。
『回答に感謝』
「貴方達はあちこちに行かれてるので?」
「いや、オレはカラームの者で、こっちの2人がな」
「そうなんだよ、この娘はすっかり各地の食べ物を楽しむ事が恒例でさ」
「羨ましいですね」
「これ以上仕事の邪魔も悪いし行くよ。ありがとう」
門兵に軽く会釈をしてその場を離れた。緑化計画でも進めているのか公園としか言えない場所まである。芝生に腰を下ろし緊急会議を行う。
「築40年、やっぱ現領主の手によるもの、幼少から準備って事は前世の記憶有りの可能性、それから漬物の存在……って感じか?」
「そうだな。だが、漬物ならばバリエーションの誤差って事もあるかもな」
「まぁ、そうかもな」
野菜の塩漬けと聞いてもキュリヤは一向にせがんでこない所を鑑みるにやはり興味は無い様だ。
「神さん、こっからは?」
「はっきり言おう、ノープランだ!」
「ふっ、そんな事だろうと思った。ひとつ提案だがな……」
サイの意見はこうだ。この世界の貴族であれば献上品等の受け取りに直接顔を出す事は珍しくない。何か丁度良い品でもあれば献上してみようという話だ。ただし、念を押されたのは双龍や巨獣だとやり過ぎ、或いは偽造品を疑われるとの事。クラーケの素材も事を公にしたくないのならやめておけと言われた。そうなってくると特に珍しい品は持っていない気がする。
「多頭竜の鱗は?」
「どうだろうな。超越種の素材は出所を探られる可能性があるかもな」
「俺は魔物の素材しか持ってないぞ?」
『提案、ウニを献上』
「自領の特産品じゃ弱いんじゃないか?」
「だな」
『否定、ウニは至上の味』
「はいはい、それは分かるけど解決にはならんのよ」
『代案、サーチャル遺跡の魔物素材』
「おぅ、どうだろう?」
芝生の上に適当に取り出した魔物の牙、骨、毛皮を並べてみる。
「これは?」
「んー、なんだっけ? キュリヤ?」
『蜥蜴王の牙』
「あ〜、あれだワニよりデカいトカゲだ」
「そんなの何処で……は、今は良い。人間の前腕程もある牙は珍しいんじゃないか?」
「ほぼ星の裏側にある遺跡を探索中に倒したやつだな」
「ふっ、読んで字の如し」
「なんだ?」
「いや、神出鬼没だなと」
「ハハッ、確かにな。で、どうだろう?」
「希少価値は高そうだ。あんたの便利スキルでこれが入る様なケースは出せないか?」
「便利スキルって、人を未来から来た猫型のロボットみたいに……。まぁ、出来るんだけども」
50cm×20cm×20cm程の木箱を出す。中には木屑を敷き詰めてその上に牙を置く。それっぽい。
「筆記用具はあるか?」
「流石に持ってないし、すぐには作れないな」
「出来れば習字で使う様な筆と墨が良い」
「いや、でき、る……な。ほれ」
獣の毛を束ね木製の柄の先に取り付けた簡易的な筆と魔法で出した墨を使いサイは木箱の蓋に文字を書いた。"献上"と縦書きで書かれた文字は俺でも読めるので日本語だと分かる。
「こんなんもどうだ? なんか、それらしいやつ」
両端に房の付いた紐も用意してみる。
「ふっ、完璧だな」
サイは最悪の事態になっても神である事を明かせば大概の事はどうとでもなるだろうと付け足し立ち上がる。サイに遅れない様に俺も木箱を抱えて歩き出す。
「こちらの領主様は献上品の類いはお受け取りになるか?」
「あ、ああ、さっきの……。少し待ってな」
奉行所の入り口まで戻ってきて先程の門兵へ問い掛けたサイ。その言葉を受けて中へと入っていくと程なくしてもう1人の男性と共に戻ってきた。
「献上品をお持ちだとか」
「ああ、検めてくれ」
サイに促されて木箱を差し出す。蓋はサイが外し役人が中を覗いて続ける。
「こちらは?」
「蜥蜴王という魔物の牙です」
「そうですか、ひとまずこちらへ」
奉行所内へと案内されて応接間に通される。
「くっ、ふふふっ」
「おい!」
「いや、時代劇に出てくる様な屋敷にソファだぞ?」
小声で答えながら笑いを堪えるサイ。役人は牙を手に取り色々な角度から見ているが何か分かるのだろうか?
「大変珍しい品かと……。どちらでこれを?」
「サーチャル遺跡って知ってます?」
「サーチャル……確か古い神殿でしたか? 遥か遠方だと記憶しております」
「博識でらっしゃる!」
「いえいえ、我が領主に比べれば私など……」
ニヤリ、気分が良くなっているのを確認。
「ご謙遜を。遺跡の話がすんなり通じたのは王都の教会本部のお偉方以外に貴方が初めてですよ」
元日本人のおべんちゃらトークで捲し立てる。
「やはり価値が分かる方の元に置くのが良いと考えますが、どうでしょうか?」
「ええ、素晴らしい品です。早速、領主へと報告致します」
牙を丁寧に箱へ仕舞い蓋を閉めて房付きの紐を優しく結え、大事そうにそれを抱えて部屋を出ていく。
「少々お待ち下さい」
すると、ほとんど待つ事なく領主が直接やって来た。
「これを持ち込んだ者達だな?」
立ち上がり礼をするのだが、手で制して腰を下ろす様に促された。
「はい、蜥蜴王という魔物の牙でございます」
「牙、牙な。立派なものだ。して、この木箱はどこで?」
掛かった! サイの策は見事に成功した。
「はい、苦労して手に入れたこちらの牙を入れるには些か質素ではありますがサイズが丁度良かったものでして、まさか不敬にはなりませんよね?」
「いや、不敬などとは、で、何処で手に?」
「はい、サーチャル遺跡という場所には地下迷宮が広がっているのですが、かなりの深部まで到達した際に現れました」
「地下迷宮で現れた? 木箱がか?」
「嫌ですよ領主様。魔物の事ではないんですか?」
「魔物な、牙の、いや、箱が気になってな?」
「あぁ、なるほど。そちらの博識な役人さんも仰っていたのですが領主様の知識欲は相当多岐に渡るのですね。そちらの木材はこの国のトレスグリューンに生えている樹木でございます」
「トレスグリュ? ああ、あの広大な森な、して、お前達は、この蓋の文字が、よ、読めるのか?」
核心部に触れたな。サイが悪ノリの受け応えを交代する。
「文字? これは文字だったのですか」
「あ、ああ、いや、文字の様にも見えないか?」
サイはわざとらしく横向きにした蓋を眺めながら続ける。
「ふっ、学の無いオレにはさっぱりです」
ここまでじっくり観察させてもらい領主が【別次元の理】を保有しているのを確認している。そろそろ種明かしをしようかと隣りに座るサイに声を掛ける。
「まるで時代劇の様な建物の中でソファに座るなんてな?」
「ぶふっ! おい! 折角忘れようとしてたのに」
「おま、えた、まさか……」
「元ニッポンジンだ。俺達2人だけどな」
「……っと」
「ん?」
「やっと、会えた……」
ソファの背もたれに体重を預け、天を仰ぐ様に頭を上に向け、左手で顔を覆い小刻みに震える領主。
「領主様!?」
「す……ない、すこ……この、ま」
静かに男泣きに泣いた領主。聞けば惑星ディートへ来て還暦を迎えるという。イマメアの街に自分とは入れ替わる様なタイミングで元地球人が居た事を知ってからいつか同郷の者と出会える日を夢想して生きてきたと言う。案の定、創造神からの使命でこの屋敷を建てたのだとか。元は暴れん坊の将軍様とか、入れ墨の御奉行とか、爺様の世直し旅だとかを楽しんでいたらしい。ギリギリ上手く転んだ例として俺の中では奇跡だな。ただの時代劇好きであって建築の知識なんて全く無かったと言うのだから。まぁ、神のオーダーも「時代劇的なものを広めろ」程度の低いハードルだった事もあるだろう。そうして是非にもてなしたいと切望されたものだから俺達3人は領主邸に暫し留まる事になった。




