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サイと束の間の再会を果たし近況報告を兼ねて食事に誘った。茹でたカニを提供している店を選び3人共席に着いた所で俺は先程の話の真偽が気になりケントニス領の領都に分体を放ち情報収集をさせる事にした。流石に大都市だけあって骨が折れそうだ。そうこうしている間に卓上へカニが運ばれてきた。
「では、遠慮なくいただくぞ」
「おぅ、代金は気にするな」
キッチンバサミの様な物があれば最良なのだろうが生憎この世界には無いのか代わりにテーブルナイフの様な物が人数分置かれていた。
「ハサミの方が食いやすいんだが……」
そう言いながらも丸ごと茹でられたカニの脚を1本もぎ取ると器用に刃を入れて剥き身にしていくサイ。
「ハハッ、おんなじ事考えてたよ」
「だろ?」
俺も1本脚を取ると周囲に注意を払いつつ親指の先を少しだけ変形、硬化させ殻に切れ目を入れていく。剥き身になった太い脚をキュリヤに渡して食べさせる。
「美味いか?」
『肯定、美味! 次を要求』
「おっ、前に食った蒲鉾よりも良い反応だな」
『肯定、カニは丸ごと塩茹でが正義だとデータを更新』
その後黙々とカニを剥き口に運ぶサイと俺に剥かせながらも見様見真似で自分でも剥き始めるキュリヤ、パキッ、バリバリと、カニを捌く音だけが響くテーブル。近況報告にカニを選んだ事は間違いだったと思いつつ俺も一切れ口に入れてみたがやっぱり味は分からなかった。ひとしきりカニを堪能した2人と雑談に興じていると分体の1つが聞き覚えのある言葉を拾った。超移動というキーワードだ。……と、思ったが領主に関する話ではなく、むしろこの街に関係する話だった。
「イマメアに昔現れたっていうウニを広めた人居たろ?」
「うん、超移動してきたって専らの?」
「そうそう、お前ウニ食った事あるか?」
「ある。もうちょっと安かったら頻繁に食べるんだけどな」
「俺は1回で良かったな。イマメアに行くんならカニの方が食いたい」
「あー、カニは美味しいよねー」
「サイよ、この街でウニを食べる習慣を広めたのは異世界人だったようだぞ?」
「何? なんだ急に」
「今、分体を大量に領都へ放って情報収集させてんだけど街の噂話をたまたま拾ったらそんな話が出てきた。で、敢えて異世界人て言い方をしたけどウニを食うなんて十中八九日本人じゃないかな?」
「そうか、ふっ、こうして対面してると忘れるがあんたはそういう生き物だったな」
「まぁね。今は昔……っていう話ぶりだったから生きてんのかどうかは分かんないけどな」
「だったら領主邸にでも忍び込めば早いんじゃないか?」
「領主邸ね……。広くて分かんないんだよ。街の中心にあるデカい建物は教会っぽかったし」
「??」
「大きめの建物が並んでる区画を探ってもそれらしいのが見当たらないしな」
「……」
「どした?」
「確認なんだが本当に領都を探っているのか?」
「そうだな、この辺で最大の都市だと思うぞ」
「あー、違う違う、そこはここから東のやや北にあるだろ?」
「そうそう」
「たぶんそこはグルーストって街だ。領都はここから北北西の方角にある然程大きくない街だ」
「えっ? 嘘? はずっ!」
「まあ、なんだ、大きいのがそうだろうとは思うさ」
「ね? そうだよね? 地図も地名も知らずに……って言ってて言い訳がましいからやめよ……」
「ちなみに領都の名前はツエンタだ」
「ここかな?」
サイの提言に従い本物の領都と思われる街を見付けると改めて分体を放つ。するとすぐに妙な建物を発見する。
「これは……!?」
「分かったな?」
「あぁ、でも、いや、マジか?」
「ふっ、マジだ」
「だからか! いや、確定みたいなもんだろ!?」
「それが真偽不明ながら信憑性が高いって理由だ」
広い敷地に並ぶ平屋建ての日本家屋。所々は2階部分もありそうだ。塀がぐるりと敷地を囲うが塀そのものが家屋状になっていて中に人が出入りしている場所もある。大きな門扉は開かれていて中には大勢の人間が確認出来る。マナ視覚では不確定ながら……。
「俺、歴史に明るくないんだけどイメージとしては時代劇に出てくる奉行所だな」
「ふっ、オレも同じ様な感想だった」
「なるほどな……」
「世話になった事は無いんで中までは詳しく分からんが、一種の行政施設だと思われるな」
「あ、サイ、畳は再現されてないぞ。基本的に板の間って感じだ」
「そ、そうか、ちなみにあんたその能力でスケベな事とかしてないのか?」
「失敬な! これでも一応他人の家の中は覗かない様にとか制限を決めてんだよ」
「真面目だな。ふっ、曲がりなりにも神か……」
「まぁ、単純に趣味じゃないってのもあるかもな? あと、シリアスな方向だとマナ視覚で見ても……とか、俺には性別が無いし、なんなら生殖の必要もない」
「おっと、藪蛇藪蛇……」
「ハハッ、でも、たまに男の性が顔を出す時もあるんだよな。無意識に女のボディラインを確認したり……」
「随分、俗っぽい神様だ」
「んー、あと、和服っぽいのは見当たらないかな。不思議なのは建物だけか?」
程なく領主の部屋も見付ける。中で誰かと会話しているのだが以前リンクスの盗み聞きを咎めただけに躊躇いが生じる。往来で井戸端会議が耳に入ってくるのとは訳が違うからな。尻込みしている間に1人が部屋を後にした。普通に予想すれば部屋に残った方が領主だろう。一旦出てきた方の動向を見てみると、また違和感を発見する。日本家屋の大部屋に机と椅子が並んでいる。役場を思わせる光景なのだが建築様式との落差が酷い。
「なぁ、サイ、奉行所の中には役場でデスクが並んでる様な光景があるぞ……」
「ふふっ、そうか、それは元日本人にしたら気持ち悪いな」
役割は確かに行政機関なのだろうから文句は無い。ただ、どうしても建物の外観からは中の人も正座で並んでいるものだと想像してしまう。
「全ての認可が降りました」
先程、領主の部屋から出てきた男が仲間達に語り掛ける。
「そうか、ならば早い方が良いだろう」
1人の男が立ち上がり部屋から出ていった。どうやら街に新しく作られる施設? の話をしている様で、その最終認可が先程降りたという事らしい。詳しく聞きたいのだが核心に触れる話がなかなか出てこない。その間にも色々な疑問が浮かぶのだが、どれも答えが出ないでいる。奉行所はいつ建てられたのか? ここの人達は変だと思っていないのか? 領主が異世界から来たのならこの建物を作り上げる事が神の使命だった? この世界観にそぐわない異物の様に存在するのはこの建物だけなのか?
「街の中を走る定期運行馬車なんて領主様はどうやって思い付くんだろうな?」
「領主様の着眼点にはいつも驚かされるよ」
「シャロフの爺様な、随分貯め込んでるらしいぞ」
「だろうね。僕には務まらないと思うけど」
「後ろ指差されても平気な顔してるからな」
要領を得ない話が続くが定期運行馬車ってのが今回の新しい施策らしいな。路線バス的なものだろうか? その後も有益な情報は出てこなかった。領主も部屋から出てくる事はなかった。
「なんか、街に定期運行馬車ってものが出来るらしい」
「……バスみたいなもんか?」
「たぶん。俺もそう思ってるんだけど領主に関するアレは分からないままだな」
「段々オレも気になってきた。なんならツエンタに行ってみないか?」
「それも思ってたよ。よし! じゃあ支払いを済ませるか」
その後3人連れ立ってイマメアの街を北に向かって歩き出した。内陸へ向かう北側が一番賑やかである事に今更ながら気付き、宿、武具店、飲食店が並ぶ光景は海沿いの雰囲気とは全然違う事に驚いた。
「馬車で……」
「あー、大丈夫だ。一瞬で連れてってやるよ」
「ゴクッ、安全なんだろうな?」
「だいじょぶだいじょぶ」
街を抜け周囲に人がいない場所でマナ化した俺はキュリヤ、サイを連れて領都ツエンタ付近の雑木林へ移動した。




