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サーチャル遺跡に興味が湧いた俺はニオの社に居る巡礼者達に尋ねる事にした。丁度夕食後のまったりタイムなので雑談程度に軽く聞いて回る。
「知らないね。少なくともボーツの街に探索者なんて連中はいないよ」
と、ティキ。
「オレも知らないな」
と、サイ。
その後も傭兵達はその存在すら知っている者はいなかった。
「あー、確かミルユー様にまつわる古い遺跡ですね。詳しくは俺も分かりませんが……」
と、レヒツ。
「名前は聞いた事がありますが、なにぶん遠い地の事ですからね」
と、リンクス。
「あ、ミルユー様をお祀りしている古い教会だった筈です。でも……その程度しか知らないですね。すみません」
と、ポゥ。
教会関係者が名前程度は知っているのは教会内での勉強で名前が出てくるのだとか。もう少しだけ詳しかったのはヤシンだった。流石エリート。
「えー、確かその歴史は3000年前まで遡るかと思います。地下には迷宮が広がっていて攻略した者は創造神ミルユー様への謁見が可能だとか。更には願いを1つだけ叶えてくれるという伝説もありましたね。遺跡周辺に住む一派は清貧を美徳とする主義だとか……」
「おぉ! 凄い! ヤシン君だけ100点!!」
パチパチパチパチ! 人形で拍手を送ってあげる。
「そんな、恐れ多いです。しかし、私だって皆と同じ教本で学んだだけなんですけどね……」
ヤシンがぐるりと見回すと気まずい雰囲気になって顔を逸らす教会の者もいた。
「まあまあ、就寝前の楽しいひとときのつもりなんだからさ」
「そうですとも! ミチオ様のご配慮を無駄にしてはなりませんぞ!」
リンクスが無理矢理乗っかってくるが今は助かる。
「願いを叶えてくれるってどんな事でもですか?」
ポゥの疑問に先程の業が深い連中の例をいくつか紹介したら皆んな引き攣ってしまった。フレール始め良かった例も話すと少しだけ空気が明るくなった。
「褒美にも戒めにもなるとは流石は神の所業」
ヤシンが感心する。俺もサーチャル遺跡の攻略特典に関しては同意だ。面白がっているには違いないだろうが少なくとも悪意や嘘は無いからな。
「ちなみに今も現役の迷宮だぞ。噂程度は伝わってると思ったんだけどな」
「場所はどこなんだい?」
ティキの質問に即答出来ないでいると……。
「遥か西方にある……確か、ノブランという地名だったと思いますよ」
ヤシン、やはり出来る男だ。場所は確かこの王国よりも遥か遠く、星の裏側と言って良い位置だ。
「それにしてもミチオ様は本当に何処でもご覧になれるのですね」
「あぁ、出来る様になっちゃったもんだからあちこちで人の営みを眺めて勉強してるよ」
「神でさえ未だ学んでいると言うのに嘆かわしい! 聖職者となった者達にも定期的に試験を課す事にしようか……」
「勘弁して下さいヤシンさん、衛士は肉体労働に近いんですから」
ニオの巫女エニルに同行する教会衛士の1人が困惑している。
「アハハッ! アタシもしっかり勉強しないとね」
やる気を見せるのは教会へ転職希望のティキ。
「でも、教訓になるお話でした」
エニルの言葉に他の巫女達3人も頷いている。
「ミチオ様ならどんな願いをしますか?」
ポゥの問い掛けは俺が皆んなにしてみたかったやつだ。
「俺か? 俺はな……」
言葉を一度区切り続ける。
「人間になりたい」
「「「……」」」
一同無言である。
「か、神様なのに人間にですか?」
ポゥが一段階高い声になって問うてくる。
「お前は俺の状況をよく分かってくれてると思ってたんだけどな……。いまだに上手に声は出せない。おまけに目も見えないし、食べる必要も寝る必要も無い。おまけに女を抱く気も湧かない。おおよそ五感の中で残ってるのは触覚だけだ。それだって人間のものとは全く違う」
「「「…………」」」
また沈黙か。困らせてしまったか?
「ミチオ様……そんな事言わないで下さい! 色々と誤解もあるかもしれないですけど、私達の目の前で神様になった方をその座から降ろす様な事はしたくないのです」
ポゥが懇願する様に言うが……それは俺個人の生き方ではなくて周囲が求める神としての役割だな。この惑星ディートという舞台上で与えられた役目を全うする事が正しいのかは分からないが俺という個人の欲望を捨てて現地人の求めに応じなければならない理由は見つからない。繋がりが希薄だとは言うまい。だけど訳も分からずに訳の分からない魔物の体に詰め込まれた俺の自意識は? 俺だって自分のやりたい様にやりたいんだぞ? 「自分勝手に生きているでしょう」とジル辺りには突っ込まれそうだけど、やれる範囲で出来る事を増やしていった結果であって俺だってこの世界がどんな色をしているのかとか、この世界の食べ物がどんな匂いでどんな味なのかとか知りたいだけなのに……。
「ミチオ様ぁ……」
なんだか泣きそうな声を上げるポゥに掛ける言葉が見つからない。誰か1人が我慢して他の大勢が笑えるなら良しとする世界なら俺は否定するぞ? それは一時凌ぎで弱者を切り捨てながら進む暴走列車に乗り込む事になるんじゃないか? 用済みを窓から放り投げて軽くすれば負担は減るだろうが、どこまでやる? 最後の1人まで? 残った奴に何が残る? 競走ではなく同乗した隣人を切り捨てる事に俺は同意出来ない。それとも神となった身は別物だと区別されるのか? 或いは元は魔物であるから簡単にそんな事が言えるのか? 悲しみ、諦め、心の距離感、疎外感……。
「ミチオ様、貴方はまだまだお若いのです。この地に生まれて1年足らずで神へと至る存在などこれまで、そして恐らくこれからも現れないと思います。もう少しゆっくり答えを考えませんか?」
ジル婆ちゃんが年の功を発揮した。確かに一理ある。まだまだ何も知らない世界で駄々をこねるガキの様な意見を言っているんだろう。だが、勝手に上げたり下げたりする他人の言い分に黙って乗っかる性分でもない。
「いや、皆んなの意見もそうなのかは分からないが、俺はそういうのじゃないんだ。済まんな」
皆んなの前にある人形から意識を離す。出来るだけ高く意識を飛ばしていく。周囲には何も見当たらない高さに上がってくるとキュリヤが声を上げる。
『ミチオは人間の感覚に未練がある?』
「未練か……分からない。というのが率直な感じだけどさ。逆にキュリヤ、割とマジに想像してみてよ? 今の感覚が消失してゲルでもなんでも良いから見知らぬ生物の体に精神だけ融合させられたとしたらさ?」
『……』
「今まで出来ていた事が出来なくて、感じられたものが感じられず、意思疎通すらも他人を介してようやく可能、挙句に見た目で判断されて無用な争いに巻き込まれる。どう?」
『たまには愚痴を吐き出す事も有用』
「キュリヤも一般論で慰めるのか……」
『……否定、当機はミチオの為だけに造られた特別製』
なん、だよ……これ……? ハハッ、涙なんてとっくに無くなったと思っていたのに、頬なんて今の俺には無い筈なのに……自分よりも小さな体のキュリヤに抱きしめられて確かに涙が流れる様な感覚になっているなんて……。
「俺は…………、俺だって俺なんだよ!」
『肯定』
「俺だって欲しいものがあって良いじゃねぇか!」
『肯定』
「様付けされて、神だとか崇められて偉そうにして、誰が頼んだよ? そんな事!」
『否定、ミチオはそんな事望んでいない』
「目も見えない中、マナなんて不思議な物質を通してなんとかこの世界を見ようとして必死なんだよ!」
『肯定』
「チクショー、誰も分かっちゃくれねぇのかよ!」
『肯定、異世界の人間の意識が入ったゲルの事など誰も予測不能』
「ん? あれん?」
『……』
「誰も分かんない……か……」
俺だって知り合った人間ひとりひとりの事を正確に分かっている訳じゃない。特殊な事情に置かれたとはいえ神と呼ばれる存在にまで至ったのならエゴイズムで行動するのは良くないな。よし、見聞を広めよう!
『肯定、ミチオにしか見えない景色がある筈』
「……ハハッ、マナを通してしか見えないけどな」




