63
今日は森の南西部にある智神ニオの社へ向けて人間の一団が出発する。ハーミルの社まで来た時と同様に一旦西方向の外縁部に近い方へ迂回して南下する行程との事。一方で昨日のナクトマンの大群との戦闘を機に傭兵達の間でサイの評価が爆上がりしているらしい。ジルはリーダー4匹を含む12匹を屠ったが、そもそも人間じゃないし有事の際の保険だったからな。傭兵達は1人頭1匹の計算の中、1人で7匹を狩ったサイは尊敬や称賛の声に辟易として昨夜を過ごしたそうだ。そして早々にヤシンに預けていた俺謹製ゴーレムもどきも正式採用となった。シロ、クロ、ブチと仮称するアイツ等の内、ここにはクロが置かれる事になっている。立派な装甲をしているが中身はゲルみたいなものだから周囲から適当にマナを補給して活動してくれる筈だ。準備が整った巡礼者達が庭に列を成す。
「それではミチオ様、ニオ様の神殿に向け出発致します」
一団の代表であるポゥが報告してくれる。
「気を付けてな。何かあればジルに頼れば良い」
「無責任ね」
「放火だけはするなよ?」
「失礼な! 誰が好き好んで……」
「過失は過失だ。皆んなを頼んだぞ」
「……はい」
隊列を組んで出発する一団を見送る。行路をザッピングしても虫の魔物とは遭遇するだろうがそれ以外に異常が無い事を確認する。
夕方、知恵の神ニオを祀る社で人間一行と合流した俺はニオの巫女エニルへと社の管理者権限を譲渡し終えた所だった。道中は何匹か虫系の魔物と戦闘になったが問題無く対処してすんなり到着出来た様で、律儀に報告してくれたレヒツを労いながら次の日程も教えてもらう。
「明日は1日こちらで過ごして傭兵の方々は南西へ向かう道の整備、明後日にキークス様の神殿へ出発の予定です。まあ昨日までと変わらないって所ですかね」
「分かった。ありがとう。社ではゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます。それでは……」
そろそろ夕食時になる頃だろう。大きめの石を集めてきて簡易的な竈を作っている者達がいる。平和な光景を見ているとほっこりする。様付けで呼ばれ、あまつさえ神様だと崇められ、そんな事は望んでいないんだけど人の営みの輪に少しだけ関われた事がとても嬉しい。ゲルとかいう粘菌生物に生まれ変わった当初から比べたら大きな進歩だ。
「神さん、今いいか?」
元地球人のサイが尋ねる。
「おぅ、なんだ?」
「俺はこっちの世界に生まれ変わってからトンボもカマキリも見た記憶がないんだ」
「ふむ、そういう事か」
「ああ、この世界の連中にはアレ等が通常の虫が大きくなったものという感覚は無いぞ」
「創造神の思い付きで創られた生命って事だな」
「オレは特に自分からは発言してないから地球絡みの事はバレてない筈だがな」
「そうか、これで昨日の微妙な反応が分かったよ」
「ちなみに蜂は通常サイズがいるからな」
「なんだよ、ややこしいな」
「ふっ、魔物なんて生き物がいる世界だ。今更出鱈目だなんて言い出すなよ?」
「まぁ、それもそうだ。イーヴルゲルからケイオスゲルになって今は種族不明の俺がとやかく言えた義理でもないしな」
「神さんの進化の過程か?」
「……進化じゃなくて変化な」
「言い回しを訂正する意味は?」
「特に大きな意味じゃないんだけど、創造神は俺が上位のものに進化したから神にするというニュアンスを使った。でも、これまでのキュリヤの言葉では種族変化になってるんだよ。どっちの言葉を選ぶかと言えば俺は相棒の言葉を使うってだけだ」
「なるほどな」
「……話、全然変わるんだけど、サイは武器を持つ気はないのか?」
「ないな。一応、武器術もいくつか修めているし、その場にある物を使ったり投げつけたりはするが基本的には無手がしっくりくるんだ」
「そうかぁ、何か作ってみようと思ったんだけどな」
「自分用に……って、言いかけて引っ込めるがあんたには不要だな」
「そうなんだよ。いや、俺だから使える浪漫武器って線もアリか?」
「ま、強いて言えばトンファーだな」
「トンファー!! 素敵!」
「だが、武器は粗末に扱うし、なんなら使い捨てになる可能性が高いぞ」
「そっか、うん、サイの武器に対する考え方が分かっただけでも良かったよ」
「そうか、あとは暗器ならいくつか持ってるぞ」
そう言うと、あれよと出てくる出てくる。棒状の手裏剣数本、突起の付いた指輪? が数個、小型ナイフが3種類に先端に分銅の付いた縄。驚いた事に以前俺が妄想したバグナウだが似た物で手甲鉤も一対持っていた。
「……案外いっぱい持ってんだな」
「だが、耐久性以外は気にしないし、後生大事に持ち歩く物でもないがな」
「そして、それで全部じゃないんだろ?」
「当たり前の事を聞くな。暗器を全てバラすなんて馬鹿だろ」
「だな。刃物は日本じゃアレだったけど棍なんかも使えそうな気がするな」
「ご名答、気軽に使えるからな」
こうして武器談義に花を咲かせていたのだが自分の浪漫思想っぷりが恥ずかしくなる事になる。
「いや、やはり携行性に難が……」
「威力よりも命中精度だろ……」
「攻撃するまでに時間が掛かり過ぎ……」
実用第一のサイに悉くダメ出しされていた時……。
「シグインさん、夕飯ですよ」
ポゥがサイを呼びに来た。
「なんだか最近すっかりシグインさんと仲良しですね」
「うん? うん、なんだか馬が合ってな。それよりポゥも今回の使節団代表として頑張ってるのを見てるからな。偉いぞ!」
「そうですかぁ? えへへ」
地球関係のボロを出したくないから話を変えてしまった。不審に思われてはいないので大丈夫だろう。サイは「ふっ」と笑いそそくさと食事の席へ向かっていった。
「ミチオ様もご一緒しませんか?」
「いや、遠慮しておくよ。皆んなでゆっくり食べてくれ」
「分かりました」
ポゥも戻っていったので気ままに全世界生中継のザッピングを始めた。
「なんだ? この街の真ん中にある建造物は?」
最初、それは教会か寺院かと思った。だが違和感に気付くとそれはどんどんと膨れ上がった。
『サーチャル遺跡と報告』
「サーチャル遺跡? 古い建造物なのは分かったけど出入りする人間が多過ぎるんじゃないか?」
観光地って感じは受けない。それは周囲の建物があまりにも貧相な印象だからだ。マナによる視覚でも明らかな程にあばら屋、ボロ屋にしか見えないのだ。宵闇に這い寄る者の縄張りに建っていた掘立て小屋がいくつも並んでいる様な光景。周囲にいるのは確かに人間だ。貧困層が住み着いたスラム街やなんとか集落みたいな感じなのか? この世界の文化レベルの違いは多少分かってきたけど経済格差は想像もしていなかった。
『否定、サーチャル遺跡は約3000年前からある創造神ミルユーを祀る神殿。周囲に住むのは清貧思想の人々』
「自ずからそういう生活をしている?」
『肯定、或いは創造神による設定』
「キュリヤも分かってるじゃねぇか。でも、俺が手を出して良い問題でもないな」
しかし、眺めていると違和感が更に浮き彫りになってくる。遺跡に出入りしているのは真っ当な装備を着けた傭兵集団と思しき人間だという事。
『補足事項、サーチャル遺跡は所謂ダンジョン』
「ダンジョン!? いや……作りそうだな創造神」
それにしても清貧思想のダンジョン攻略隊? チグハグ感が酷いな。
『否定、ダンジョンに出入りする者達は探索者、遺跡周辺の居住者とは別』
「なるほどね、遺跡を守る清貧思想の住民と遺跡の謎を探る探索者とが共存している街って事ね」
『肯定、並びに一部訂正、探索者は居住者ではなく訪問者』
「んー、創作物臭がプンプンしてくるな。で、3000年誰も攻略してないのか?」
『否定、攻略者は複数存在』
「それでも未だにこれだけの人が集まるって事はクリア特典が旨いんだな?」
『否定、食物ではない』
「ものの例えだよ。んで? 何が当たるんだ?」
『創造神ミルユーとの謁見、及び可能な範囲での願いの成就』
「随分太っ腹だな。ただ可能な範囲ってのが要注意か」
『最初の攻略者の願いは不死の肉体』
「人間って奴は洋の東西どころか異世界に来たってのにまったく……。で、結果は?」
『無事叶えられた。今もサーチャル遺跡の入口付近に居る』
「へぇ〜、それって何年位?」
『凡そ3000年』
「割と初期にクリアされてんじゃん。てか、3000年も死なないなんて今でも……」
なんてこった……。遺跡の内部の入口付近に見つけてしまった。肉体は骨と皮ばかりで息も絶え絶えといった様相でベッドの上に横たわる人間。かろうじて人間と言った方が良さそうな塩梅だな。自力で動く事は既に無理だろうな。
「せめて不老不死を願えば攻略当時の肉体をキープしてたのかね? それとも、その注文だと叶えてもらえなかったのか……」
そうか、近くに座っている人間はお世話係なんだろうな。食事や下の世話、体を拭いたり寝返りを打たせたり、今で言う介護職員か。思考する事は可能なのか? 意識はまだ残っているのか? それは分からないが、こんな風になった肉体を晒す見世物になるとは思っていなかっただろう事だけは予想出来た。
「憐れみは無用だろうな。望んでなった事だ」
『肯定、自業自得』
いつ、どの段階で絶望したんだろうな……。いや、俺の予想に過ぎないか? 喜んであの状態になって……いる訳無いよな? 多分。
「それから? どんな攻略者がいたんだ?」
『戦神フレールも攻略者の1人』
「へぇ〜、アイツは何をお願いしたの?」
『折れず曲がらず、一切劣化しない優れた剣』
「あの腰に提げていた剣かな?」
『肯定、固有名・聖剣イモータル』
「これは無難というか、不利益は無さそうだな」
『微量ながら常時所持者のマナを消費』
「神となったならばその程度足枷にはならないだろう」
『同意』
「他には?」
キュリヤにいくつか過去の攻略者の話を聞いたが品性の欠片もない話が多かった。大金を求めた男の元へ国中の金が集まり大問題となって犯罪者として処罰されたり、好きな女性に自分への好意を願った男は時が経ち心変わりした挙句痴情のもつれで殺されてしまった。ある女性はベッドの干物と似た様なもので永遠の美貌を求めて顔だけが死ぬまで変わらず老いていく体とのちぐはぐさを周囲から不気味がられた事で心を塞ぎ健康とは言えない死に様だったり、どんな痛みも感じない肉体を願った者は痛みも感じぬままに致命傷を負いそのまま絶命。悲惨な話ばっかりだが、こればかりは人間の業だと思えるからミルユーを責める気にはなれなかった。平穏無事な生涯を願った女性は確かに穏やかな最期を迎えたそうだし、少なくともポンコツなりに悪意を持っての行動ではないからな。ベッドの干物を見て事細かに不老不死を願った者は却下されていたり、ミルユーに一目惚れした者が求婚をした際にはまんざらでもない態度で丁重に断られたとか。いずれ遺跡に行ってみるのも面白いかもな。




