6
夜の森に蠢く異形。
ドス黒くも半透明で不定形な物体が木々の間を這いながら、音も無く進んでいく。ゆっくりと体を伸ばし、伸ばした方向へ全体が徐々に引っ張られていく。伸びたり縮んだりしながら、ただただ進んでいく……。ハイ、俺です。すっかり日も暮れて辺りは闇のマナが濃くなっている。この体は闇のマナとの親和性が高い様で、体内に入ってきては出ていく。その際、俺のマナが活性化しているのを感じる。詳しい事は分からないが何らかの影響を受けているのだろう。そして、月が出ているのか光のマナが全く無いという訳ではない様だ。
「キュリヤ、昼間のお猿さん達はあの距離でどうやって俺を捕捉できたんだろう?」
『探知系の魔法……の線は無さそうなので、嗅覚、聴覚、或いはそれらを強化するスキル、または索敵系スキル等と推測』
「何にせよ長距離から捕捉されるんなら、こっちもマナを感知できる射程を伸ばしたい所だな」
『肯定、通常のマナ感知だけではなく、動くものに対してのみ感知、敵意を感知、探知魔法により捕捉された際に魔法を掛けられた事を感知する等、方法は多数あります』
「色々あるのね。 ちなみにさっき嗅覚って言っていたけど、俺って……く、臭いのか?」
『肯定、イーヴルゲルは非常に強い悪臭を放ちます』
「イヤー、やめてっ! 俺、臭いのかよぉ!! しかも、非常に強い悪臭!?」
もう、やだ……。
コホン、気を取り直して思い付いた事を試してみたい。スライム系の魔物といえば分裂だ。まずは、何となく出来そうな気がしている自分の体を弾丸の様に発射する事だな。
触手を伸ばす感覚の延長だと思う。体内に直径5cm程の球体を現在出来得る限りの最高硬度で拵える。
「そりゃっ!」
ビシッ!
おぉ、木の幹にめり込んだ!
っと、弾を回収するには……、
【身体操作(ゲル属)】
【情報処理能力】
……あぁ、弾にもなんとなく意識みたいなものがあるな。
本体へ戻る様に……。
木の幹からスポンッと抜けた弾が地面を転がり俺の元まで戻って来た。今度は威力上昇を思案してみる。んー、体内で円周加速してみた。理数系の難しい理論は分からないが、自分の体内の事は分かる。ここら辺は理屈ではなく感覚だ。そして球体だった弾を所謂弾丸の様な形に整えていく。更に、銃身よろしく発射口を作り、射出と同時に回転運動を加える様に……。
シュンッ!
パァーン!!
狙ったのは10m以上先にある大きめの木。直径3mはある幹の中程までめり込んだぞ? しかも弾丸の大きさの穴だけではなく、クレーター状に抉れている。威力は充分、しかし集中力が必要か……。
弾丸を戻す様に指示……、ん? 弾丸は分体という事だな。今度は弾丸を球体にしてから本体から離していく。
うん! 色々と感知の精度は劣るものの分体からも情報が得られる様だ。
【マナ操作】
現在、俺の有効視界は半径30m程。弾丸にした分体の方の視界は半径5m程だろうか。完全に本体の視界の外へ移動させた分体は50m位離れただろうか。頭の中ではTVのワイプ画像の様に本体の視界とは別に分体からの情報も見ている感覚かな? そちらに意識を向ければ……、ほうほう、見えるし、聞こえる。
分体維持に必要なマナはそんなに高くはなさそうなので、そこらじゅうにあるものから適当に吸収させてやれば大丈夫そうだ。ま、そこら辺は分体の大きさだとか込めるマナの量とかで色々変わりそうではあるな。
「よし、分体、戻っておいで」
あえて自分では操作をせずに、障害物を回避しながら最短距離で戻る様に指示をする。
間も無く戻って来た分体を本体へと吸収。
先程の弾丸よりも小さくて良い……。
初速を速くする為には……。
マナに集中……。
まずは100発位で……。
さっきの弾丸の半分位の大きさ、3cm弱の球体を任意の方向へ広範囲に発射させる。名付けてゲルクレイモア。
「おっしゃー!」
バババーッ!!
発射方向の草木がズタズタに。
うむ、想定通りで実に満足。接近してきた生物相手ならかなり有効だと思う。
「弾達よ、戻っておいで」
俺は大丈夫だが、集合体恐怖症の人は鳥肌ものか? 100発の弾が一斉に俺の元へと転がって来る。弾達を全部吸収し終えた所で、視界の隅に動くものを発見。
野ネズミよりは大きい……、四足歩行、真っ直ぐこちらに向かって来るな……。
「キュリヤ?」
『猫科の動物、森猫です』
よし、あれ位の大きさの猫ならば……、サッカーボール程の大きさの分体を作成、迂回させて近付けさせる。
「あぁもう! そうなるか?」
本体とは別方向から奇襲してやろうと思ったが、分体の方へ猫の意識が向かってしまった。しょうがないから分体で正面から殺ってやる!
分体を【影渡】で潜伏させる。
数m先にいる森猫は一直線に分体の位置へ。スンスン臭いを嗅いでいるけど、こいつは俺の悪臭が気にならないのか? 丁度分体が潜む真上に来たので、顎か首の辺り目掛けて極細触手を頭まで挿入、すぐさま溶解液をチュッ!
一瞬、ビクッと反応した後その場に倒れた森猫、影から出てきた分体で全体を覆おうと思い、ふと考える。
「キュリヤ、俺の溶解液は任意のものを溶かす事が可能だっけ?」
『肯定』
「それを細かく設定するには?」
『触れているもの、或いは体内へ入れたものであれば、同時に取捨選択可能』
「これは溶かす、ここは残すみたいな?」
『肯定』
よし、実験タァーイム!
分体を目の前で横たわる森猫の口から体内へ侵入させる。皮膚から外側の毛の部分だけは残して、体内は分体で溶解吸収。猫の皮を被った分体の完成!
あ、四足歩行って難しい。
辿々しい足取りで分体を本体まで戻す。うーん、俺はマナによる視界で世界を捉えているから分かり難いが、表面に森猫のマナを纏った俺のマナの塊という感じだな。目による視覚だとどう見えるかな?
「キュリヤ、上手く偽装できていると思う?」
『視覚は多少誤魔化せていると推測』
「マナと、まぁ嗅覚は駄目なんだろうね」
『肯定、更に明るい場所で見た場合、眼球部分が無い為すぐに気が付く者がいると推測』
「目かぁ、何かと目には困らされるな」
持たざる者か……。
折角手に入れた森猫の皮だが、保管方法も使用方法も無い為美味しくいただきました。あのままなら腐ってしまうだろうしな。腐乱死体と俺、どっちが臭いんだろうな?
考えたら涙が出そうなので止めておく。
さて、分体を使っての索敵は可能だろうが、無作為に周囲にばら撒く訳にもいかないし、どうしたものか。動くものに限り視界よりも遠くを感知できる事が可能だとキュリヤは言っていたが……。
マナ感知範囲ギリギリに集中してみる。
ん? 駄目だ、違う!
指向性を持たせちゃうと単にその方向の視界が伸びるだけなんだよな。視界にあるマナ一つ一つを意識してみる。
うん、闇のマナが沢山、物体、そう草木や虫、小動物の間を漂っているな。
【属性魔法(闇)】
お? おぉ? なんか出来そう?
だけど何が出来るのかさっぱりわからん! 闇のマナに意識を集中‼︎
『報告、闇属性魔法【闇拡張】を取得しています』
「それは何?」
『闇のマナの扱いが拡張されます』
マナの扱いの拡張……ったって……。
闇のマナに意識を凝らしながら、時間だけが過ぎていく。こんな夜の森に1人でいるのに、なんの恐怖も感じないんだな。地球に居た頃なら恐ろしくて堪らないだろうな。夜の暗さを感じていないからなのか、そもそも目で見る景色とは違うからなのか……。
来たっ! なんだ? 今の?
ずっと離れた位置で俺の感覚に何かがザワっと接触した様な感じがした。いや、違うな闇のマナを通して何かの動きを感知した? そんな感じか。
よし、その周囲の闇のマナ意識していく。完全に通常のマナ感知範囲外だが、分かる気がする。捉えた!
距離およそ150mぐらいか?
四足歩行の、結構デカいな……。
こちらに気付いている行動ではなさそうだ。
「キュリヤ、捕捉している?」
『肯定、猫科の魔物、グレイヴティガーです』
「なんか聞き覚えのある……ってゆうか物騒な名前だな」
『倒した獲物を地中に埋めて保管する習性を持つ虎の様な容姿、俊敏かつ顎の力はかなり強い魔物です』
「脅威度は?」
『単体であれば討伐可能と推測』
行ってみますか!