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遅くまで質問責めにあっていたジルが四神の巫女達の部屋に浮かびながらグッタリとしている。なんでも双龍に性別があり夫婦であるという事実は学術的な観点からも非常に興味深いとの事。宗教、生物学含め様々な方面の学者や有識者達が驚愕する報告になるそうだ。実在を確認した点ひとつでもご飯を3杯……ではなく論文数十枚に及ぶと予想されるのだとか。ちなみに社の大まかな掃除は今日中に終わらせたのだが明日は1日ハミールの社で過ごすという。祭壇を整えたり備品の正確な把握だとか細かい部分が多少残っているそうだ。そこら辺は俺に手伝える要素ではないので人間達にお任せするが仕事が早い俺は残り2つの社の芝刈りだけは分体10体ずつを送り込んで済ませてしまった。変な魔物が寄り付いていたりもなく安心だ。今は次に向かう予定の智神ニオの社近辺を眺めている。脅威となる魔物も確認されず平穏そのものだな。そういえば、この辺から森の中心方向に行った場所には宵闇に這い寄る者という吸血鬼系の超越種が住んでいたのを思い出す。奴の縄張りは……あらら、あの時のまんまか? 半円形に柵が設けられていて然程大きくない木造の建物が3軒だけ建っている。柵は製作途中だったのか? なんで半円なんだろうな? 建物の中に1つ生命反応があるんだがすぐに理解する。懐かしき姿、イーヴルゲルだ。うぞうぞと建物の中を這いずって食べ物でも探しているのだろうか? 駆除するか? どうする? こうやって眺めていると癒される気がするなぁ。のんびり動いてはたまに止まって、カタツムリでも見ている気分だ。何考えているんだろうなぁ?
『ゲルの思考は食欲に大半が占められているというのが通説』
「そうなんだ」
『周囲にある物からマナを感知して捕食行動を取る。論理的思考は無いと推測』
「でも、なんかさぁ、たまに立ち止まってる時あるじゃん? 物思いに耽ってる様にも見えるんだよなぁ」
『否定、周囲のマナを探知しているだけと断定』
「無味乾燥な意見だねぇ。俺には趣きある情景に見えてくるんだけどなぁ」
のんびり動くゲルをのんびり眺めていると集落跡地に近付く影、悪魔のマリスだ。アイツも神出鬼没な奴だな。キョロキョロと辺りを窺いながら建物へ接近していく。イーヴルゲルが中に居る事には気付いているのだろうか? 教えてやろうかと思った所、マリスは胸元から何か取り出して地面に放り投げた。何やってんだ? やや間を空けてイーヴルゲルが建物の壁に開いたガラスも何も無い窓状の部分からずるりと這い出してきた。そのままゆっくりと一直線にマリスが投げた物の元へ向かう。マリスはというと魔法を展開している様だ。居るのが分かっていて狩りに来たのか? するとイーヴルゲルの真下の地面に魔法陣が展開される。そういえばコイツ召喚魔法を使っていたな。召喚獣の補充って事か?
『肯定、並びに先程の説の実証』
「どゆこと?」
『論理的思考をする生物ならば拒否反応を起こすと推測』
「あぁ、そうゆう……確かに馬鹿だね。食べ物に釣られてる間にマリスに捕まるって寸法だ」
『肯定』
「なんかさぁ、自分すらも哀れに思えてきちゃったよ……」
『ゲルの生態の多様性は多岐に渡る為落ち込む必要は無い』
「あ、あぁ、うん。いや、違うんだ。そうじゃなくて……」
『樹上生活を主にした種、水中での行動に特化した種、また光学系の魔法を駆使する隠密性が高い種など……』
「待てぃ! そうじゃないんだって」
『要点の説明を希望』
「ふぅ、なんかやっと一般的なゲルへの見解を垣間見たらさ、そりゃあ今まで出会ってきた連中の初対面での反応が納得いくってゆうかさ、ぱっと見で判断なんて出来ないんだもん。ゲルだってだけで一括りにされるのも理解したって感じ? 俺もゲルと同じ生き物だったと思うといたたまれないというのか、なんというか……」
『理解した上で提案……ゴニョゴニョ……』
「ハハッ! 悪戯っ子め! よし! やってみるか……」
「なっ!? 巣窟だったか? まさかクラスターか?」
悪魔のマリスは酷く狼狽していた。森に建つ粗末な小屋の中にたまたま見つけたイーヴルゲルを捕獲しようと思っていたのだが1体を魔法陣で捕らえた後に小屋の中からイーヴルゲルが大量に湧いて出てくるのだった。2体目にも魔法陣を展開しようとしたが対処が追いつかない程の早さで次々と迫ってくる。召喚魔法陣は維持出来ずにすぐさま破棄していた。
「迂闊だったか!」
気付いた時には遅かった。既に背後にまでその姿が確認出来る。1体も確保出来なかったが諦めてこの場を去ろうと考えた次の瞬間、死角から触手が伸びてきて足に絡みつく。すると取り囲むイーヴルゲル達から一斉に触手が伸びてきて雁字搦めにされてしまう。
「しまった!」
無属性魔法【衝撃】で次々と触手を切断するのだが、小屋からは尚も湧いて出てくるし森側からも姿を現してくる大量のイーヴルゲルに恐怖を感じ始める。
「ぬぬぬぬ! ミチオ様でもあるまいし、ただのゲル風情が舐めるなよ!」
マリスの中でマナが高速循環して魔法を発動させる動きを見せる。
「燃え盛る嵐よ……【火炎烈風】!」
こんな所だな……。【魔法分解】でマリスの魔法を消してしまう。
「残念、そのミチオ本人なんだよ」
【念話】を飛ばして種明かしをする。
「なっ!?」
人型の人形を出して安心させてやる。
「ミ、ミチオ様? どうして?」
「いやぁ、夜にこそこそと悪さしている奴がいないかとパトロールしてたんだよ。そうしたら可愛いゲルを魔法で捕らえようとしてる輩を発見したもんでさ」
「ブハァーッ! じょ、冗談がキツ過ぎますぞ……」
「ハハッ、悪かったな。まぁ、邪魔するつもりじゃなかっ……ん?」
「ヴヴ……ヴーン……」
最初にいた野生の1匹が妙な音を発しながら俺の分体を侵食する様に捕食し始めている。
「……」
うん、ゲルって……こういうのなんだな。しみじみと思う。食われかけの奴を含めて分体は全て消してしまいマリスに告げる。
「召喚魔法でも何でもやっちゃってくれ」
「え、ええ! 分かりました」
無事に捕獲完了したマリスは浮かれながら俺に尋ねる。
「して、ミチオ様は実際何を? 我に興味があって見ていたのです……」
「それは無い。安心しろ」
「……であれば何を?」
ふむ、どうしてコイツは俺が眺めていたゲルの元へやって来たんだ? こんな偶然あるのか? 考えても分からないが何か引っ掛かるのも確かだな。まぁ、適当にあしらうんだが。
「さっきも言ったろ? 夜のパトロールだよ」
「そうですか。森の平和の為ですね!」
「あぁ、お前も気を付けろよ? 火事場泥棒みたいな事して大量のゲルに捕まらない様にな」
「き、肝に銘じます」
大袈裟で仰々しい礼をしているマリスの前から人形を消す。
「キュリヤ、なんか因果や法則が捻れてる感覚があるんだけど?」
『同意、しかしながら観測可能な要因は抽出されていない』
「偶然……にしてはな?」
『肯定、業、カルマ、宿命』
「知らない間に【混沌の種】みたいな謎スキルに影響されてないよね?」
『否定、スキルアナウンスは無い』
「そう、か……。あまり嬉しい方向ではないんだけどな。だけどファンタジーな便利スキルの範疇の外だって事も考えられないか?」
『そうなると判断不能』
「だな。でも可能性としては考慮しなきゃな」
マリスとの間に妙な縁でもあるのだろうか? 軽くゾッとしながらも判別出来ないならば割切るしかないと一旦結論付けて本日最後のやり残しを思い出す。
「あ、ブラガに確認事項があったんだった」
「なんですかな? 藪から棒に……」
【眷属の秘事】で声を掛ける。
「お前の外部装甲って後から追加とかアップデートみたいな事は可能なのか?」
「え、ええ。状況によるとしか言えませんが可能は可能ですな」
「オーケー、ちょっと待ってて」
戦神フレールの社の庭に鎮座するゴーレムが俺の人形の姿を確認すると極々低い駆動音を鳴らし立ち上がる。
「マイスター、おかえりなさいませ」
「おぅ、早速で悪いんだけどさ……」
足元に双龍の鱗を1枚ずつ並べる。
「これ使えそうならあげようと思ってたんだよ」
「ほっほっ、実は期待しておりましたぞ!」
「なんだよ言ってくれれば……って、それはおねだりみたいでアレか。まぁ、どうだ? いける口か?」
「……。これは、素晴らしい! フロイラインを羨ましく見ておりましたがワタシにも頂けるのですな」
「勿論! すっかり後回しになって申し訳ないくらいだ」
「そうですな、じっくり取り掛かりたいので次回お帰りの際にでもご披露致しましょうか?」
「オーケー、楽しみにしておくよ」
【接続強化】
せっかちに動き回れる移動手段には助かっている。今の俺には物理的距離は最早無きに等しいのである。




