56
地上最強の最高傑作を獲得したキュリヤは一通り動きを確認するとさっさとマナ化して俺と同化した。
「なんだ、もう良いのか?」
『肯定、マナを温存』
「温存ったってお前も既に龍を凌ぐマナ保有量だろ? なんなら俺をマナタンク扱い出来るんだから文字通りこの世界の最高戦力の一角だろうに」
『肯定、しかしながら何事にもイレギュラーの可能性』
「まぁ良いんだけどさ」
そろそろ巡礼組の連中が豊穣の神ハミールの社へ到着する頃だ。その後ハミールの巫女さんノークへと管理者権限の移譲をする予定である。
「道中は大きなトラブル……どころか何の問題も無く淡々と行軍するストイックさでもってスムーズに到着した様だな」
ハミールの社の庭にゲル型の分体10体を放ち芝刈りをさせながら待っていると……。
「待て! ゲルが数体蔓延ってるぞ!」
一団の先頭を進んでいたサイが後続へ注意を促す声を上げた。急いで人型の人形を作り出して誤解を解く。
「待て待て! 俺だ」
「あんたか……。薄気味悪い色のゲルが規則的な動きで転げ回っている光景には肝を冷やしたぞ」
「……久しぶりにゲル貶しを聞かされた気がするな」
「あー、なんだ? こんな森の中だからな。警戒は怠らない方がな?」
「まぁ、良いさ。それより皆んなお疲れさん!」
それぞれに届く様に【念話】で労いの言葉を掛ける。
「お疲れ様です」
最後尾で殿を務めていたジルが飛んでくる。
「ミチオ様ぁーっ!」
ぞろぞろと庭へ入って来る集団の中からポゥが飛び出してきた。
「おぅ、お疲れさん。何事も無くて良かったな」
「はい! ただただ前に進むだけで少し退屈でしたけど」
「そう言うなよ。厄介な魔物と遭遇するよりマシだろ」
「そうですね。えへへ」
「ひとまず、皆んな荷物を降ろして休んでくれ。管理者権限の移譲はそっちのタイミングで良いから声を掛けてくれ」
「分かりました」
同意したポゥに続く様に一団は社の中へと進んでいった。
「で、あんた何してたんだ?」
「ん? 何って?」
「いや、ゲル……8、9、10体か。あれは何だ?」
庭に転がるゲルを指差してサイが訪ねてくる。
「あぁ、芝刈りだな」
「芝刈り……。神の仕事ではないんじゃないか?」
「神の自覚なんてないよ。それに社の中は何も手付かずだからな。そこは皆んなで掃除してくれ」
「それにしても……なんなんだよあのゲルの色は」
「あれが元々の俺の姿だな」
「ふっ、そりゃあ不気味がられる訳だよ」
「人間、魔物問わずな」
「1体、手合わせに使っても? 道中順調過ぎて体が鈍ってるんだ」
「あぁ、良いよ」
短く答え分体を1つサイの前に転がしてくる。
「核は無いんだな」
「分体だからね」
「じゃ」
言うが早いか、サイは神速のステップから左掌を前に突き出す。パチュン! と、変な音と共に分体が削られた。更に続く攻撃、右足での低い蹴りと同時にアッパーカットの様に右拳が分体を襲う。ブチュン! 伸びた右腕の先で拳が開かれて手刀の要領で振り下ろされる。ズチャリ! 振り下ろした手刀と共に体はやや屈む格好に、そこから間を空けず右足を半歩進め右掌による強烈な掌底。「いっ!」と、短い掛け声。ピピャン! 分体は元々の大きさの半分以下に削られていた。
「おいおい! 凄いな!? え? これでも希少種と呼ばれる生き物だったんだけどな」
「ふっ、マナを意識してみただけだ」
「たった1日で……って元々素養は有ったんだもんな」
『肯定、続いて当機との模擬戦を提案』
キュリヤが鼻息荒く実体化していた。
「ん? キュリヤ嬢か? 随分と人間味が増した様子だが……」
『肯定、賛美する事を許可』
「やるんならさっさとやれよ? サイも良いのか? あと、人間相手だからな! くれぐれも……」
『肯定、純粋な体術のみを使用』
「ふっ、女子供に手を上げる趣味は無いんだが遥かに上位の存在ならば別か……。胸を借りる」
一瞬睨み合ったかに見えた次の瞬間、サイの超高速の前蹴りがキュリヤに刺さ……らない。やや左に体をずらし、右腕を下から回す様に振り上げると蹴り出した足を掬い上げる。同時に左手をサイの胸に当てて押し倒す。瞬時に後転して立ち上がるサイは驚いていた。
「この世界で初めてオレの蹴りが完璧に防がれた……」
やはり余程自信のある前蹴りだったんだな。
「驚いたわ。本当に人間の見た目と遜色無いじゃない」
俺の人形の頭上に浮かぶジルが語る。
「そうか、ジルの査定もクリアだな」
自然体に近い構えを取るサイに……。
『続行を提案』
「勿論」
躙り寄るサイ、一見無防備な棒立ちのキュリヤ、気配を察知したのか数名のギャラリーが集まっていた。
「喧嘩じゃないよな? 模擬戦か?」
俺の側へティキがやってきて問う。
「あぁ、サイは人間界では強者の部類なのか?」
「まあそうだろうね。ただ、武器も持たずに戦うのなんて飲み屋の喧嘩位のもんだからね。アイツを馬鹿にする奴も居るもんさ」
ジリジリと近付く両者、サイは既に射程内にキュリヤを捉えている筈だが手は出ない。高度な読み合いでもしているのだろう。サイにはバグナウみたいな武器でも持たせてやりたいな。多少は評価が変わるんじゃないか? 鉤爪手甲は浪漫武器の1つだ! おっと、先に焦れたのはキュリヤだ。ノーモーションで繰り出される左右の連続突きにサイは退がるしかない。……が、キュリヤの右拳に外側から自分の右手を当てると手首を掴み後ろへと引っ張る。一瞬隙の出来たキュリヤの右側面へ体当たりの様に左の肘を抉り込む。ゴッ! 鈍い音を立てるがキュリヤは崩れた体勢のまま右腕を払う……が、咄嗟に屈んだサイの頭があった位置の空を切る。
「あの体術はサイ以外に使ってる奴を見た事が無いんだよ」
「凄いよな。多少のマナ操作だけで魔法もスキルも使ってないんだから」
「ああ、アタシはアイツを高く評価してたんだけど上方修正が必要かもね」
更に構わず両手の連撃を繰り出すキュリヤ、丁寧に捌きながら反撃の機を窺っているサイ。
「それにしても可愛らしくなったわね。もう、キュリヤ様じゃなくてキュリヤちゃんだわ」
『ちゃん呼びを許可』
「良かったなキュリヤ、お姑さんにお墨付きを貰えたぞ」
「誰が姑ですか!」
戦闘中に返事をしてるって事はまだまだ余裕だな。距離を取って仕切り直すつもりのサイにキュリヤの追撃が迫る。しかし左手の突きをするりと躱し、相手と決して正対しないサイの位置取りにキュリヤも攻めあぐねる。あれは歩法が独特なんだな。ステップなんかは踏まずにほぼ摺り足。一見矛盾して聞こえるが、相手からは遠く自分からは近い距離とでも言おうか、嫌らしい位置へと次々に身を置くサイが次第に戦闘全体をコントロールしていく。傍目から見ていると良く分かる。突いたり蹴ったりだけが戦いではないという事を。ただし、人間相手である場合に限る。キュリヤの右拳の突きを両手で上に跳ね上げると、その勢いをも利用する様に前方へ沈み込みながら頭突きをキュリヤの胸辺りに当てる。ゴン! 次の瞬間……。
「痛ぇ! 無理だ! 硬過ぎる」
サイは左手で自身の額をさすりながら右手を振る。
「ここまでだな」
『続行を希望』
「攻撃した方がダメージを食らってるんだから無理だろ」
「一体どこに硬そうな要素があるんだよ? 攻撃でこっちが怪我するんじゃ世話ないぞ……」
「サイの疑問は分かるが、多分インパクトの瞬間に被弾地点だけを硬化させてるんだな」
『肯定』
「狡いとは言わないが、なんか理不尽だな」
「キュリヤ、足は使わなかったな?」
『肯定、段階を踏んで使う予定だった』
「第一段階で降参かよ……」
「サイもやたらに落ち込むなよ? こっちは人外でキュリヤの特製ボディは超越種5体プラスアルファって代物だからな」
「ふっ、悔しいが落ち込んでるレベルではないな」
模擬戦が終了したのを見計らってギャラリーが近付いてくる。
「それにしても随分人間に近い見た目になったね?」
とのティキの台詞に……。
『肯定、褒め称える事を許可』
「アハハッ、中身は相変わらずだね。でも、ほんと可愛いよ」
フンス、フンスとキュリヤの鼻息が聞こえそうだな。
『提案、当機との模擬戦を希望する者には応じる』
周囲の人間からは案の定誰の手も挙がらない。サイ程の腕前でようやく対処していたのが第一段階だと聞いて希望者は皆無だった。
「神の懐刀が可愛らしい見た目に反してこんなに強いなんて」
「サイと渡り合う体術とかもう……」
「3対1でもやりたくねぇよ」
ギャラリーから小さな声が上がる。
「なあXXX、超越種5体分てどうゆう事? 確かアンタが倒したのって3体じゃなかったか?」
「あぁ、闇龍と光龍2体の鱗を手に入れたんだ」
「双龍!? や、殺っちまったのか!?」
ティキが声を張り上げたものだからギャラリー達には戦慄が走る。生唾を飲み込む音が聞こえてきそうな一瞬の静寂の後に慌てて訂正する。
「いやいや、偶然知己を得ただけだぞ! 平和的かつ穏やかな雰囲気の中でお土産として貰ったんだよ」
一同は一気に安堵し大きな溜め息の合唱となった。




