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本日は朝食後に準備を整えて森の北西方面にある豊穣神ハミールの社へ向けて人間達御一行様が出発する予定である。我が眷属からはジルが同行する。なんだかんだで教会関係者と言っても過言ではない……のかも?
「それではミチオ様、行って参ります」
ポゥが恭しく頭を下げる。
「おぅ、気を付けて。何かあれば手伝うしハミールの社に着いたら管理者権限の移譲もするしな」
皆んな各々俺に挨拶しながら隊列を組んで社を後にしていく。北向きに進路を取り森の外縁部方面へ迂回する様に西へと進む。この大所帯ならば多少の魔物が出ようと対処出来るだろうが無駄なリスクは負わない方針を取ってのルートだろう。
「さて、急に静かになったな」
「寂しいですかな? マイスター」
「いや、むしろ気が楽になったわ」
「ほっほっ、なんだかんだで気を遣ってらっしゃいましたからな」
「これでもな」
さて、完全フリーとなった俺は世界中の映像をザッピングしながら興味を引くものを探っていく。神々は一体何処に居るのか? 観測可能な地上には見当たらない。南北の極点付近は地球同様氷の世界、一方で自転軸に対して重心付近、所謂赤道に当たる付近は海や陸地もあり、この森の南端は赤道圏に近い位置から現在地は北半球に該当する。この世界の人達がそういう言い方をするのかは知らないけれど……。ナラン王国の首都には人間が沢山居るのだが電気という文明の利器は確認出来ないしエンジン等の内燃機関も見当たらない様子。移動手段としてはやはり馬が主流だな。原則として他人の家の中までは勝手に覗かない様にしているのは俺が理性的な証拠である。
「お? 亜人? 動物? それとも魔物を使役しているのか?」
王都付近の農耕地では身長2.5m程の二足歩行の奴が農作業をしている。ゴーレムではなく生物で、大柄な種族の人間なのか巨人系の魔物の部類なのかは分からない。近くに普通サイズの人間も居て作業を分担している様に見える。
また視点を変えると不穏なものに気が付いた。
「なぁ、これって……」
『何らかの刑罰、或いは見世物の類いと推測』
「見世物ったって……」
ナラン王国からはほぼ星の裏側の北半球、かなりの距離がある名前も知らない街。遠く離れているのであちらは夜だ。広場の様な場所に人集りが出来ていてその中央には高い柱がそそり立ち周りに篝火が4つ、その柱に1人の人間が縛り付けられている。隣にもう1人いて両手を肩の位置まで上げ群衆を制している様だ。傍らには焚き火に掛けられた鍋があるが中身までは分からない。周囲の群衆からは様々な声が上がっていて、その熱気たるやモッシュでも見ているかの……縛られていない方の人間が柄杓の様な物で鍋から液体を掬い上げると群衆は静まる……。そして「浄化を!」と叫ぶと徐に拘束されている方へとかけた。まるで真夏に打ち水でもするかの様に……。拘束された人間から大きな悲鳴が上がるとオーディエンスの熱量が先程よりも更に上がり歓声が轟く。続いて柄杓を鍋に入れる動作を見ると群衆は静まり「浄化を!」の掛け声と共に液体が撒かれて拘束された人間の絶叫が響く。それを聞いた群衆はまたもやヒートアップしていく。何度繰り返されるのか想像もしたくないが……。
「事情も分からないのに首を突っ込むつもりは無いんだけど見ていて気持ちの良いものでもないな」
然りとて見て見ぬ振りの様な後ろめたさを感じつつ他の場所を眺める事にする。
岩ばかりでゴツゴツとした大きな山の中腹に横たわる巨体。巨体とはいえ巨獣よりはやや小さいか? それでも目算10m超の生命体は圧巻ではある。
「キュリヤ、コイツ何か分かる?」
『肯定、龍種と断定』
「ほぅ、頭は1つだし翼の様なものも確認出来る。俺の私見でいうところの西洋風のに近い姿かな?」
マナ保有量はかなり多い。接触してみて敵対するなら捕食……あれ? 俺は既にゲルじゃなくなってマナは肉体に入りきらない程膨大になって弾けたんだから捕食の必要は無いな。まぁ、接触してみるってのは良いかもしれないか。
『接触には肯定、並びに同意。ただし捕食に関しては否定、良質なマナの確保は優先すべき行動』
龍の程近くへ人形を作り出す。この山には名前があるんだろうか? などと呑気に考えながらてくてくと近付いていくと巨体から首をもたげじっと人形を見つめてくる。
「……何用でここへ?」
「あぁ、急な訪問すまんな。何用かと聞かれれば単なる好奇心なんだ」
「好奇心か……無邪気なものだ」
スゥー、スンスン……。と、匂いでも確認する様な息遣いをして続ける。
「ほぅ、理解した。儂では勝てぬ程の高み……いやさ、比ぶるのも烏滸がましい。神であるな」
「おぉ! 理解が早くて助かる」
「して、好奇心とは? 儂に何か聞きたい事でも?」
「あー、その前の段階というか敵対するのか意思疎通が可能なのかって部分から確かめにって所だな」
「そうか、儂は創造神ミルユー様より生命をあたえられし始原の龍の1体。新しき神よ、御前に会って言葉を交わせる僥倖に感謝する」
「堅苦しいなぁ。名は無いのか?」
「名か……。特に無いな。儂は闇、夜、地、などを司る者故、それに準えた呼称をされる事が多いな」
「へぇ、闇龍みたいな感じか?」
「さもあらん。多くの者達がそう呼んでおるな」
「ふぅん。んじゃダードラさんは相当長命なようだけど?」
「ダ、ダードラ……さん!? ま、まぁ、ざっと5000年は生きているだろうか」
「へぇ、そんなにか。で、相方に光の龍とかが存在するんだな?」
「お察しの通りだ」
「対になってるって事は光、昼、空を司る者って事か。光龍……ライドラさんは何処に?」
「クフフ……愉快な御方だ。ラ、ライドラならば、クフ、ほれ、この地の空を文字通り光の速さで飛び回っておる」
「おっと、光速で飛び回る龍なんて想定してないから観測出来なかったのか……」
「儂等は番いでな、この地の昼は、クフフ、ラ、ライドラが、夜は儂がという形で受け持っておる」
「あ、一応この星を見守ってる存在みたいな?」
「然り。誰そ彼時、彼は誰時をもってして役割を交代しておるのだ。ただし、世の営みには極力干渉しない。天変地異でも起きない限りはな」
「ふむ、差し詰めダードラさんの翼が夜の帳って所かな?」
「なかなかに詩的であるな」
「そうかい? じゃ、ライドラさんとゆっくり話すなら夜の方が良いんだな?」
「然り、是非にあやつとも会ってもらいたいものだ」
「棲家は2人共ここなのか?」
「ああ、相違ない」
「そうか、いや、突然やって来て悪かったな。今度は手土産でも……」
「クフフ、クファーファファファッ! 神が手土産とな!? クフフフフフ……誠、愉快な御方だ! 儂等の方こそ供物を捧げるべき存在だというのに」
うぉっ! 笑い声で大気どころか地面までビリビリ揺れた。
「なんせ少し前まで文化とは無縁のゲルだったもんでな」
「クフフ、御前は自由を司る神なのか?」
「ん? 特に何も……というか創造神の戒め役だな。アイツが無茶したら俺が止める。それと自由は司ったらもう自由ではないぞ?」
もっと言うとこの世に混沌を齎す存在だがな。
「クフフフフ、確かに。愉快で聡明な新しき神へ敬意を……」
頭を下げて言った闇龍が背後に向き直ると洞穴の様な場所に首を突っ込む。程なくして口に咥えていた物をガラガラと音を鳴らして俺の前に並べる。
「今はこんな物しか用意がないので御容赦頂きたい」
「ん? 何だ?」
「儂等の鱗である。それなりに価値はあると言われていたのだが」
「お土産か! 気を遣わせてしまったなぁ」
「何、気にする必要はない。好きなだけ持って行って下されば幸い」
「じゃあ、遠慮なく」
闇龍光龍の鱗を5枚ずつ貰う。話を聞けば行動範囲は凡そナラン王国近辺との事。麓にある人間の集落では山岳信仰に似た思想と共に2体の龍が崇められているという。頻繁ではないものの人間との接触が皆無ではない様だ。
「良い出会いで本当に嬉しいよ。またな」
「有り難き幸せ。既に再会を心待ちにしておるよ」
挨拶が済むと俺の人形は一瞬で霧散して消える。双龍の棲家はマップにピンでも打っておきたいな。大先輩達だしこれから色んな話が聞けそうだ。そして無言でも通じ合っているよキュリヤちゃん。鱗が欲しくて堪らないんだろうなぁ。
『肯定、良質な素材だと推測』
「なんせ始原の龍なんて呼ばれてるみたいだもんな」
【接続強化】
フレールの社の庭にフォーカスして1枚ずつ鱗を取り出すとキュリヤがそれはもう速やかに実体化して音も無く鱗を吸収していく。
「おかえりなさいマイスター、フロイライン」
ブラガが音も無く近付いてくる。
「おぅ、ただいま。で、どうだ?」
『見事、推測以上の……』
途中で言葉を区切ったキュリヤが形状を変化させていく。なんか、ゴキャッとか、メキョッとか不穏な効果音が聞こえてくるけど大丈夫か?
『心配無用』
更にミシミシと軋む音を立てながら形状変化は無事完了した。俺の目にも分かる変化としては……ふむ、凄まじい量のマナを内包した人型の半生体ゴーレム? なるほど、これまで外装にしていた巨獣の骨を元々の役割である骨格に戻して双龍の鱗を外皮に使っている感じかな? 表面に光龍、一枚下に闇龍か……。超越種5体分の素材を有機的に繋げているボディ、控えめに言っても地上最強じゃないか?
「おぉ!? フロイライン、これはまた素晴らしい素体を手に入れましたな!」
ブラガからも絶賛の声が上がる。キュリヤもまんざらではない様子で各部の動作を確認している。
『ん、更なる称賛を要求』
「……やっぱ中身は変わってないのな」
「いやはや、ワタシが知る中での最高峰を更新しましたぞ」
「で、どうよ? キュリヤ」
『各部正常稼働』
ギュン! と、地上20m程まで一瞬で上昇し右へ左へ高速飛行と急制動を何度か繰り返している。
「なぁブラガ、キュリヤはどんな見た目になったんだ?」
「そうですな、この間までの少女像の可憐さは残しつつもより人間の様な皮膚感に見えますな。しかしながらワタシの目には全くもって弱体化している様に見えないのが不思議ですぞ」
「人間の集落に紛れ込めそうな見た目か?」
「えぇ、血色が悪そうな程に色白ですが問題無いかと」
『ん、ミチオの要望があれば多少の変更は可能』
急降下してきて目の前でピタリと静止。
「オーケー、これで俺達2人共街に溶け込めるって事だな」
「…………。マイスターは神になったから無理を通せるのであって眼球周辺の再現度は些か怪しいですぞ」
「なっ! キュリヤは大丈夫なのかよ?」
「ワタシも理屈は分かりませんが自然に瞬きしたり呼吸も行っている様子に見えますぞ」
「マジかよ!」
『当機の性能を持ってすれば造作もない事』
改めてキュリヤの性能の高さに驚かされた。瞬きのタイミングや呼吸のリズム、自律神経系の仕事を意図的に行おうとして気が狂いそうになった記憶が蘇る。
「ちょ、ちょっと私の意見を聞いてからにして下さいよ? 貴方達3人だけではいつも抜けている所があるんですから……」
社の巡礼に同行しているジルから【眷属の秘事】経由で釘を刺された。




