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森の中心部に近い元多頭竜の縄張りは変貌していた。汚物は消毒である。そして、なんという事でしょう! 糞尿混じりだった周囲の泥は普通の泥に。毒素の漂う息苦しい空気は至って普通の空気に。泉の底からヘドロを巻き上げながら湧いていた水も人間がそのまま飲むのには向かないがそれなりのレベルの水に。……なんか労力に見合わない結果じゃね? 全然、劇的じゃないビフォーとアフターに釈然としない。
「キュリヤ? もう少し綺麗にならないかね?」
『肯定、可能。が、合理的理由が確認不能』
「ん? これ以上綺麗にする意味が無いって事ね。そりゃそうだ。意味なんか無い。ただ単に俺が綺麗にしたいからだな」
『綺麗か汚いかの区別も付いていなかったミチオには甚だ疑問』
「うぐっ! 良いんだよ過去は過去。で、なんか具体的な案は?」
『先程同様ミチオが吸収する事で改善の余地有り。ただし、現状以上の浄化を求めるならば高度な魔法の行使を推奨』
「まぁ、そうだな。物理法則を無視してこの辺だけ異常に綺麗にはならないよな……」
手応えの無さにムキになっただけだと反省して現状維持程度ならばともう少しだけ周囲の浄化をしていく。勿論分体でだ。
「っと、これは……?」
分体が異物を見つけた様で本体までそれを持って来た。鉱物? いや、有機物? やや湾曲した葉っぱの様な形、長い方の辺で30cm程だろうか。多頭竜のウロコ?
『肯定、多頭竜の鱗と断定』
「そうか、これも何かのご褒美か?」
思わぬ取りこぼしを分体から受け取り鱗を体内に入れると溶解吸収……出来ない……だと? 今まで特に意識する事もなく何でも美味しく食べてきたのに多頭竜の逆鱗とやらは一向に溶ける素振りを見せないで俺の体内に浮かんでいる。
「キュリヤ、こいつ吸収出来ないぞ?」
『肯定、その様に処置した為』
「ん? お前が?」
『肯定、素材の提供を要求』
「なんだよ! 自分が欲しいから溶けない様にしたってのかよ? 厚かましいとまでは言わないけど、お前ね……」
『速やかな素材の提供を要求』
「……分かったよ」
体内に浮かんでいた大きな鱗は瞬時に消え去った。キュリヤも満足した様に感謝しているのを感じる。駄々っ子め。
「それにしてもこの森も随分と狭く感じる様になったな」
『否定、ミチオの体長に変化は確認されていない』
「そうじゃなくてさ、この世界に産み落とされてすぐの頃にはどんな魔物や脅威があるのか分からずにいたけど今となっては俺を脅かす存在も減ってきただろ? 自由に動き回れる範囲が広がった事の例えだな」
『肯定、頼りなかった主をここまで育成したと自負』
「ははっ! そうだな。これからも頼むぞ相棒」
【接続強化】
『肯定、並びに報告。索敵範囲ギリギリでこちらの様子を窺う様な仕草を確認。個体名・マリスと断定』
「マリスが500m先からこっちを嗅ぎ回っているって? アイツに関わってる場合じゃないんだけどな……」
それにしても用があるならこそこそするなよな? やましい事でもあるのか? 方向をキュリヤに聞くと一気に跳んでいく。
やがて先程俺の居た方向をキョロキョロと眺めながら酷く狼狽えている様子のマリスの背後に音も無く現れて体を拘束。
「なっ!」
キュリヤに翻訳【念話】を頼みマリスに問う。
「何か面白い物でも見つかったか?」
「これはこれは、ミチオ殿……いや、ミチオ様。ご機嫌麗しゅう……」
「白々しいな。こちらを窺っているのに気付いたから出向いてやったんだぞ」
「な、なるほど……。ならば、単刀直入にお聞きしたい! またも戦神フレール様が降臨されたと思うのだが、我の叙情的叙事詩は神への供物となったのだろうか?」
おっと、あの詩の行方が気になっていたのかマリス。中々の精神力の持ち主だな。あんなゲルにも劣るゴミ屑を神へ捧げられる面の皮の厚さが今もコイツを生かす事になっているのは事実なんだろうな。多分、ネ◯ミ男タイプの長いものに巻かれて生き延びる面倒臭い男だろう。
「ちゃんと神様に奉納してやったぞ」
「そ、そうであるか! して、神は何と?」
「それは言わない方が良いというか、げふん、神様もお供えが無ければこの世に顕現出来ないからな。まぁ、そういう事なんじゃないかな?」
「供物として役に立ったのだな! おぉぉお! 神よ! 崇き方の為に認めた叙情的叙事詩を御認めになられたのですね?」
何だか恍惚とした様子のマリスを尻目にどうでも良くなった俺はコロコロと転がり出す。神様受けの反応が聞きたいが為に微妙な位置で見切れている時点で俺達の負けだ。まんまと乗せられた所を察するにマリスも馬鹿では無いんだけどな。どこか残念な奴だ。
「じゃあな。何かあればフレールの社に伝えろよ?」
いかんいかん! 魔物時間で動いていた俺はいつの間にか明け方になっている事に気付き人間達が街へ帰る前に社に戻る事にした。
「分かりました。次回伺う時には大所帯になっていると思いますので宜しくお願いします」
一通り報連相も終わり、場は名残惜しい別れの時間となった。また1ヶ月後に来訪する時には四神の神殿の巫女さん全員集合との事。更に王国から来る調査団も帯同するらしいのでかなりの大人数になる予定だ。トラブルにならなければ良いのだが。
「ミチオ様、最後にまた質問しても良いですか?」
ポゥが改まって声を掛けてきた。
「ミチオ様は何故そこまで禁欲的で厳格な暮らしをしているのですか?」
回答に困る。本人はそんなに禁欲的な生活だと思っていないのだが……。キュリヤの翻訳ミスじゃないよね?
「大丈夫よ。ポゥはそう聞いているわ」
『肯定、ストイック、求道者、厳粛主義、勤勉……』
「分かったよ。でも、全然そんな事無いと思うんだけど」
「普通はゲルがせっかちにあれしたりこれしたりってのが異常なのよ」
「だって中身はゲルじゃないもん」
「人間にだって一切睡眠も取らず食事らしい行動もそこそこに動き回れる者は居ないわ」
「それは、そういう精神を持ってこういう体に生まれちゃっただけで……」
割と享楽的に過ごしているつもりだったんだけどな。何かしていないと暇だからウロウロしては知識を求めているってのは認めるがな。
「まず、まずだ! 俺は魔物の生き様なんて分からない。普通のゲルがどんな行動してようが知ったこっちゃ無い! 次に、俺はこの世界の人間と魔物の関係性も分からない。俺という存在をどう捉えられるのかも想像出来ない。良いか? ポゥ、知らない世界の知らない森の中、知らない魔物の体に入れられた挙句に三大欲を失った人間の事を良く想像してみてくれ!」
「そうですね……その通りですね。教会で皆さんと話し合ってみます。でも、ミチオ様はやっぱり禁欲的だと思いますよ。うふふ……」
なんか含みのある笑いが気になるが、答えになっていない返答にも満足してくれた様だ。
「それでは今回はこの辺りで失礼致します……」
頭を下げたポゥに続きヒンター、レヒツもそれに倣うと社の敷地外へと歩いていき、ジルが前回同様森の外まで同行する様だ。
人間達と交流を持つ様になってから改めて思う。果たして俺の立ち位置はどうなるのだろうか? 積極的に人の世に関わっても良い生命体なのだろうか? 無闇に危害を加えるつもりは無いけど、やっぱり糞みたいなプライドが邪魔をしてゲル扱いで下に見られると腹も立つだろう。俺はゲルという魔物であると同時に【魔那】というマナ生命体の端くれである。精霊のジルと大差ない存在の筈である。あれこれマナを観察したりいじくり回したりしながら思い付く限りの方法を試したり過ごす事数日……。
「サ○コミュ兵器や! サイ○ミュ的な攻撃、いや、それよりも優れているぞ! ハハッ! これまでの学びを活かし新たな技術を得るのは素晴らしい事だ!」
そうして俺は存在としてはマナ、現世には影として、更に物理的に干渉可能というものになり、今まで行っていた触手による鞭打攻撃よりも瞬間移動で分体を飛ばす攻撃方法を思い付く。パチンコ玉を高速で任意の位置に射出する様な感じだろうか? 触れれば勝ちの反則級生物まで育ったから可能な技だ。そしてアイデアが頭の中にどんどん湧いてくるのが分かる。思い付きを次々に行動に移して実現可能かどうか試行錯誤を繰り返していく。【超個体】のお陰なのか物凄い速さで同時にいくつもの思考と行動を分体総動員で行ってもスムーズに流れる様に完結していく。それと共に感じる酩酊感に存在値が上がった事に気付く。ん? 何で経験値を得たのだろう?




