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宙に浮かぶ熱の塊は一気に爆発したかと思ったら人型のマナに収束した体がゆっくりと地上に降りてくる。
「お、おお! 神よ……」
教会衛士のヒンターが跪いた。それに続く様にポゥも跪く。ジルも宙に浮く上半身の頭を垂れている。
「神様って割としょっちゅう地上に降臨出来るのか?」
「そんな訳無いだろう。アタシだって驚いているんだ」
「神様でも理由が分からないなんてな……」
「そうさねぇ、酒はあるのかい? ゲルの一番搾り以外のだよ!」
「今回はばっちりです!」
そう答えてポゥはパタパタと社へ走っていくと3本の瓶入り葡萄酒を抱えて戻ってくる。酒を渡したかと思うと……。
「おつまみを持ってきます」
と、続けて社へと戻っていった。
「おー! 今回のは確かにここいらの葡萄酒だな。悪くない出来だ。そして今回も巫女が音楽を奏で祭を行ったと……。しかし、まだ神を降ろすにはインパクトが足りない気がするが……」
「もしかして! フレール様は英雄譚を好むとか?」
「ああ、勿論。アタシは武勇を誉れとする神だからな」
マリスの叙情的叙事詩を思い出し社の祭壇まで取りに行き丁重に渡した。
「……うん、なんだ、とにかく、とても嫌な気持ちになる文章だったな」
「あれ? 前から変わったのなんてゴミ位しか思いつかないんだけどな?」
「お待たせしましたぁ」
ポゥが声を上げると大皿の上で湯気を上げる多頭竜肉の焼肉を持って来た。調理はほとんどレヒツが行っていて社から出てくるとフレールに跪き頭を下げていた。神はそれを一切れ指で摘み上げるとヒョイと口に運んで咀嚼した後に続ける。
「またしても超越種の肉を喰らえるとはな……これだ!」
「それだ!」
マリスの詩なんてものではなくて今回も希少な肉が供物になっていた様だ。ひいては超越種と死闘を繰り広げた俺の武勇をこそ神様に捧げるぞ。そう思った瞬間、ピキーン! と、思考に何かが割り込んでくる様な感覚があり……。
「アンタ、運命操作系の特殊技能を覚えたかい?」
「運命操作? ……まぁ、思い当たるのがあるっちゃあ、あるな……。何か不利益を被るのか?」
「いいや、ペナルティだとかそういった話ではない。長く生きていれば誰だってなれる可能性があるのが超越種、だと思っているみたいだから補足してやる。神も超越種の一種だ」
「へぇ〜、て事は?」
「アンタに超越種になる為の因子の一つが芽生えたと思えば良い」
「おぅ、という事は俺の寿命は千年以上って事か?」
「解釈が甘いね? 千年を経ずに超越種と至る方法があるって事さね。因みにゲルの寿命は理論上無限だ」
「なるほど。因子が揃えば必ずしも長生きしなくても超越種へと至るか……。そして、サラッと怖い事を言ったな? 無限の寿命……長生きはしたいけど丁度良きタイミングで臨終を迎えたいものだがな……。で、件のスキルなんだが……」
結論から言うと神様にも詳細は不明。直接介入出来るものでもないので気にしなくて良いとの事。逆に直接他人の運命に介入出来るスキルだと何か縛りでもあるのだろうか? 運命……運命か……。運命って奴もマナがあるのだろうか……。
そんなこんなで神の降臨が頻繁なイベントではないと念を押されて再会を約束した神様は現世を離れていった。折角焼いた肉が残っているからと人々はそのまま早めの夕飯にする様だ。その後、社の中にはヒンターの叫び声が響き、皆一様に舌鼓を打つのだった。
「ヌゥォォーッ! 肉を食っただけで存在値が上がったぞ!?」
「巨獣の方が癖もなく脂が乗っていましたかね?」
「ああ、だが、どちらにせよ絶品である事に変わりあるまい」
「凄いですよね〜、私もまさか自分が超越種のお肉を食べる事になるなんて想像もしていませんでしたよ」
「当たり前だ! しかも、お前達は2回目なんだぞ? そんな人間聞いた事が無い!」
「あっは、は……ヒンターさんも来られて良かったですね」
「ああ、リンクスが何かに当てられる様になったのも頷けるかもな。あの御仁のマナ保有量は異常だった」
「あ〜、ミチオ様、大きくて逞しいマナの塊……」
「ま、まあ、一度でも対面したのならば敵対してはいけない事が分かるとは思いますが、いかんせん見た目がゲルなんですよね……」
「うむ、見た事がない色彩とはいえゲルは所詮ゲルだと軽んじられると?」
「以前来た時にもミチオ様がこぼしておりました。ゲルってだけで殆んどの物事が遠回りなるとの事ですね」
「ただし、我々でどうにか出来るものでもないぞ?」
「直接ミチオ様に会った人達が増えれば良いんですけどね」
「彼はどちらを望むのだろうか? ゲルとして多少馬鹿にされた出会いと人間如きでは計り知れない程のマナを持つ化け物だと畏怖されるのと……」
「もう、ヒンターさんまでミチオ様を化け物扱いするんですか?」
「いや、確かに失礼になるだろうが、どう形容したら良いのか分からんのだぞ?」
「神様です」
「あ?」
「だから、ミチオ様は神様なんです」
「は、ははっ……確かにそう考える事も出来るか」
「以前来た時からポゥはこの調子なんですよね」
「だが、人間よりも神に近しい存在だと思う方が妙に納得出来る」
「超越種を事もなげに倒してしまうんですからね……」
「伝説の生物が普通の食事なんだからな! スケールは既に神のそれだな。ハッハッハッハッ」
人間達がミチオの預かり知らぬ会話をしていた頃、本人も色々と考えを巡らせていた。
「他の3箇所の社の処遇はポゥ達に確認した方が良いかな。リンクスには以前来た時に俺のスキルが干渉したのかもしれないが俺にも何も出来ないので現状維持……」
「あとは王国の調査団の日程とかかしら?」
「そうだな。この森の超越種は月狼だけになった事も伝えるべきか?」
ポロン……と、ポゥから渡された弦楽器を触手で弄びながら意見をまとめていく……。
「こんなとこかなぁー」
明日帰る予定の人間一行に伝えるべき事をまとめて日課の徘徊……日課が徘徊って何だよ! 森のパトロールだな! これで立派な自宅警備員だぜ! ……全然嬉しくなかった。
この辺りは多頭竜が居た湿地帯だな。何箇所からか地面の下から水が湧き出ている様だ。その湧き水の場所が周囲よりも水深があり泉の様になっているみたいで、そこから四方に水が流れていっている事から水源はここで間違いなさそうだ。多頭竜がのたうち回った痕跡である轍で水の流れが変わっている場所もある。自分の体と似たような足元の泥の感触も嫌いではなかった。きっと綺麗な森の泉なんだろうな。
『否定、ヘドロ混じりの汚泥は不潔かつ周囲は縄張りの主張の為に多頭竜の糞尿に囲まれている為、非常に不衛生』
「キュリヤ! もっと早く言ってくれ! 一頻り泥浴びした後じゃねぇか!」
『ミチオの趣味を邪魔するつもりは無かった』
「待て! ヘドロ、糞尿に全身塗れる様なハードなスカトロ趣味は無ぇよ!! そして、言っとくけどライトなスカトロ趣味も無いからな!」
『了承、ミチオはスカトロジー以外の性癖を有していると個人情報を更新』
「待て! 言い回しの確認だ。スカトロ以外全部乗せって意味じゃないよな?」
『肯定、スカトロジー以外のあらゆる事象に於いて性的興奮を覚えると分類』
「いちいち極端だなオイ! ここで事細かに俺の性癖を並べるつもりは無いが至ってノーマルだよ! 俺はっ!!」
『肯定、ミチオの好みは把握済み。汚物塗れの主人にドン引きしたのでからかっただけだと報告』
「くぬぬぅー……言う様になったじゃねぇか」
それにしても汚い場所すらも区別がつかないのは駄目だな。しかも、良く見れば気付ける部分もある事に追加でがっかりだ。まず、ヘドロは有機物の死骸だ。確かにそんなマナを感知出来ている。元毒竜の棲家だけあって毒素も空気中を漂っている。地中にある水源は汚染されてはいない様だが、不浄さを形にした様な世界に湧き出てきた瞬間にそれを周囲に広げる片棒を担いでいた。
「ん〜、ここって綺麗な状態にならないかな?」
『肯定、ヘドロ混じりの汚泥、多頭竜の糞尿、空気中の毒素を消せば改善可能』
「具体的には?」
『最速で最善の提案、ミチオが吸収』
「その予感はあったよ……」
意識だけはすまい! と、心に決め大量の分体を生成すると、それらに周囲の清掃をさせたのだった。




