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気ままに森を徘徊していた俺に連絡が入る。連絡といってもケータイもスマホも無いので【眷属の秘事】による呼び掛けである。
「ミチオ様、ポゥがフレール様の神殿まで来ております」
「あれから1ヶ月も経つのかぁ。分かったすぐに向かう」
森で超越種と称される千年以上の時を生きた魔物を3体狩ったのだが生態系に異変とかは今の所見られない。社に戻ると見覚えのあるマナ2人と見覚えのないのが1人待っていた。ポゥとレヒツがそれぞれ挨拶をしてきた様でそれに続いた男が跪き何事か話した。何て?
『はじめまして、教会衛士のヒンターと申します。こちらの2人共々よろしくお願い致します』
「ご丁寧にありがとうございます。この辺で暮らすケイオスゲルのミチオです」
「お、おぉぉー! 本当に【念話】をお使いになられるのですね!」
鼻息荒く答えるヒンター君は、レヒツ、リンクスの先輩に当たる人物だとか。ポゥとレヒツも交えながら旧交を温めつつ朗らかに会話する。実に文化的である。森で生か死か生活をしている俺にとっては会話一つでも娯楽だと感じられる。ソソソ……だな。今の動きを音で形容するならば。ポゥが会話の合間合間に徐々に近付いてきてすっかり真横に来ている。自然な体捌きで小気味の良いリズムを持っている人間は強者の証し、その点でいくとヒンター先輩の実力はいか程なのか? マナ保有量はレヒツとリンクス2人よりやや多いだろうか? いや、誤差か?
「それではミチオ様は本当に元人間のゲルであらせられると?」
「ん? だから、そう言ってるだろ」
「その様に恥知らずな体たらくを人間と同種だと!? ハハッ、ハハハハッ! イカれた魔物の戯言に気付けよお前ら! こんな馬鹿げた話があるか? なんんんんだこの化け物は? オゲロロロロォォーッ……」
おい! 俺はいちいち他者に嘔吐される様な存在なのか? 泣いちゃうかもしれないぞ……。
「ひぃ、ひぃ、ふぅ、大変失礼致しました。偉大なるお方よ、改めまして、お会いできて、光栄です……」
再び跪いたヒンターは平静を取り戻した。
「で、俺の何が君の自我を揺るがす程の衝撃を与えたのだろう?」
「すみませんでした。不躾にもマナ感知レベルを極限まで上げて貴方を見ても底知れなさを理解しただけで何も分からなかった事に自分で突っ込みを入れるつもりが声に出してしまった様です。しかし、とんでもない量のマナを保有していらっしゃいますね?」
「あぁ、段々と俺も分かってきたんだけど、俺、化け物だろ?」
「お、あ、と、いや、その、ご自分の理解を否定するつもりも無ければ罵倒するつもりは毛頭無いと付け加えさせていただくならば、そこら辺にいる魔物を遥かに凌ぐ高次生命体と言って差し支えない存在だと感じております」
ヒンター先輩は一度発作を起こした後は冷静になって人間界では領兵による討伐作戦は中止になった事、教会関係の調査団への報告は良い感触を得られたとの事を報告してくれてほっと胸を撫で下ろすのだった。
「で、今回の訪問の目的は?」
「はい。かつての風習をフレール様の神殿では再開しようと思っておりまして……」
ポゥが答えたのを聞いて思い出す。確か1ヶ月に1度でお参りに来る慣わしだったな。この国のカレンダーは分からないけど大体この位のペースでやって来るって事だけをインプットして何気なく聞いてみた。
「リンクスは元気なのか?」
「あ、はい……」
「元気は、元気なのですが……その……」
要領を得ない一行の態度に業を煮やす寸前にポゥが静かに語り出す。
「以前の訪問から戻る時からだったと思います。リンクスはミチオ様の事を憧れているのか貶しているのか分からない状態になってました」
「ん? どういう事?」
「時に熱っぽく崇める様な事を言っていたかと思えば次の瞬間には、その、化け物呼ばわりの様な事を言い出したり……」
「え、何その情緒不安定? 悪魔憑き扱いをしようと思ったら俺がその悪魔だよっ! どうしてそうなった?」
「分かりません。以前ここへ来た時の帰路の途中からだった様な気もしますけど……」
……たぶん【混沌の種】か? 俺のスキルが影響を及ぼしていないか? 自惚れか? だが急に豹変したというのに思い当たる節が無いらしい。俺じゃねぇのか? だが、原因が俺だとしても俺自身因果に干渉出来ない事象に責任感を必要以上に持つつもりは無い! 甘ったれから蹴落とされると自覚して他人事だと割り切りキャッキャ、ウフフとポゥ達と会話を楽しむのだった。
「道中も定期的に掃除しているから危険は無かったでしょ?」
ジルが教会連中と話し出したので、キュリヤに成果を分け与える事にした。まずは、多頭竜の頭蓋骨と毒袋、そして宵闇に這い寄る者の延髄らへん。絶命ギリギリまで実験したので吸血鬼の素材は少ないな。キュリヤが俺の体外へと出て来ると速やかにプレゼントを吸収…見た目は年若いお嬢さんなのに割とえげつない素材を前に嬉々としていた。
「パワーアップしたか?」
『肯定、良質な素材の提供を継続することを要求』
「ハハッ! キュリヤも意外と食いしん坊だな」
『育ち盛りだと訂正を要求』
「お? その通りだ! 俺達は生後半年ちょっとの赤ちゃんだからな!」
「恐ろしい赤ん坊、それも双子! 悪夢ね……」
「ジル殿も手厳しい、おかえりなさいませマイスター、フロイライン」
「よぉーっす! 大体知ってると思うけど、超越種を制覇してきたぞ!」
「流石でございますマイスター」
「む〜、確かに問題無い行動ではありましたけど……」
「ジルは何が引っかかっているんだ?」
「引っかかるというか貴方の馬鹿げたマナ保有量に気付けない時点でゲルだと侮る→それでも一応最後通告は送る→鼻で笑い飛ばされて交戦→手遅れになってから命乞い→今ココ」
「うるせぇ! 俺もゲルの地位向上を心に決めたんだから抉るなよ!」
「そう。それにしてもリンクスの事は私も気になりますわね」
「謎過ぎるスキルってか?」
「そもそも関係があるのか、何が起こるのか、さっぱり分からない因果の地平みたいなスキルよね」
「そ、だから必要以上に気にしない事にしたぞ」
『肯定、分析を試みたけど不可』
「マイスターの意見に賛成ですな。もっとも、マイスターとの出会いによって心に何かを植え付けられるのはスキルだけとは限らないですからな」
「ブラガ、良い事言うねぇ」
そんな訳で気前の良くなった俺は新たな超越種の肉を人々に振る舞う事にした。多頭竜の肉はキュリヤ鑑定により安全が保証されている。勿論、人間が食べても大丈夫。軽く説明した後ポゥにお裾分けを渡す。
「じゃあ、ごゆっくりどうぞ」
「あ、そうだ! ミチオ様にお土産があるんですよ」
ポゥがそう告げると肉を持って社の中へ入っていった。程なく戻って来たポゥの手には木製と思しき物体が握られている。長さ1m程、細長い部分が大半を占め地面に近い方に丸い胴体が付いている。弦楽器か?
「これはこの世界でポピュラーな楽器、ギタールです」
「ほぅ、どの様に演奏するのか気になるぜ」
「ちょっと鳴らしてみますね」
そう言ったポゥが地面に胡座をかくと膝の上に楽器を乗せた。左手でネックの様な部分を掴んで、右手を丸いボディ部分に置き弦を弾く。すると思ったよりも低音な響きが聞こえてくる。どこか牧歌的な、フォルクローレの様な、独特の民族音楽に惜しみない拍手を送る。
ビチビチビチビチ……。
触手2本を打ち付けて拍手のつもりだ。とても文化的な時間が過ぎていく。演奏法を教えて貰ったり、別の曲を弾いて貰ったりしていると、既視感のある膨大な熱が中空に浮かんでいた。あれ? これ神様のヤツじゃね?




