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とある昼下がり、グチュ、ヌチャ、ビチョと大きな音を立てて湿地をのたうち回る九つの頭を持つ大蛇の様な見た目の多頭竜。
「フゴォォオオーッ!」
程なく断末魔の咆哮を上げてその生涯の幕を閉じた。結論、巨獣の方が数段格上だった。しかしながら存在値は上がった様で酩酊感を覚えながら多頭竜の体を溶解吸収していく。薄く相手の表面全体に体を伸ばして覆っていくと、お持ち帰り部分を収納して綺麗に平らげるのであった。
「思ったより全然弱かったな」
『肯定、この森の超越種は残り2体』
「千年以上生きてる魔物だっけ?」
『肯定』
別に倒すべき目標だった訳じゃないけど残り2体だとアナウンスされたら挑みたくなるでしょ? そういう事なんで次に当たる超越種とやらはどんな奴だい?
『次は宵闇に這い寄る者を推奨』
「お? 即答という事はキュリヤも全制覇を想定していたな?」
『肯定、ただし巨獣討伐で推奨順が変更されたと報告』
「オーケー。巨獣が一番の難敵だったのね。で、次は名前から推測するとアンデッド系か?」
『広義では肯定、正確に言うと吸血鬼』
「吸血鬼ね……。ふむ、イメージが多岐に渡る魔物の代表みたいな奴だな。俺の記憶にも色々イメージが有ると思うんだけど類似点、相違点、その他気が付いた事はある?」
『吸血行為にて対象よりマナを吸収、その際噛み傷より因子を流し込み適合した者は吸血鬼化し眷属となります』
「うちみたいな愉快な眷属達なら良いけどな」
『ニンニク、十字架は無意味』
「そうかい。それでこの森にいる奴のパーソナルな情報とかは?」
『森の中心からやや南西方向に縄張り。眷属数名と集落を形成しているとの事』
「平和に暮らしているだけならば手を出さないでおくか? それから? 何か情報は……」
「ギィャアァァッ!」
断末魔を上げると吸血鬼系の魔物宵闇に這い寄る者はその生涯の幕を閉じたのだった。……のだが、結果的には一番長い事時間が掛かってしまった。多頭竜の方が苦労したぞ? 勿論。まず大きさは強さだ。今更人間サイズの魔物に苦労はしない。そのサイズにしても巨獣に軍配が上がるので然程苦労もしなかった。あとはしきりに周囲へ撒き散らしていた毒の息は俺には何の効き目も無かったので巨獣同様に踊り食いだった。宵闇に這い寄る者といえば、訪れた俺を見るなり馬鹿にした態度を散々とった後に眷属をけしかけて来るだけで本人は高みの見物。人間型から四足獣まで合わせて奴の眷属は20匹程、全て捕捉していつでも触手で瞬時に殺れる確信を持って最後に奴に問うた。
「生か死かで良いんだよな?」
「あまり笑わせるな下等生物がっ!」
キュリヤの翻訳を聞き終わると同時に奴の眷属全員のマナを吸収。瞬間移動で宵闇に這い寄る者がふんぞり返って座っていた仰々しい椅子ごと体内に入れる。椅子だけを瞬時にゲル収納して【醒めない悪夢】を発動。
「なっ、めっ……」
小馬鹿にしてきた相手に慈悲は無いのでどうやって苦しめてやろうかとあれこれ考える。
「という事で実験タァーイム!」
今日はこの魔物からマナを一粒ずつ吸収してみようと思います。マナ感知能力をフル活用して、まずは生命維持には影響しない部分から吸っていきます。……そろそろ倦怠感位は感じる様になったでしょうか? ここで実験体の様子を見てみましょう。【醒めない悪夢】を解除すると……。
「ゲロゲロゲロゲローッ!」
汚物が汚物を撒き散らしやがった。俺の体内で……。これが無くなるって事は、あれだよな? 吸収しちゃうって事だよな? とてもじゃないが耐えられないので体外へ吐き出しておく。さて、キュリヤ翻訳してね。
「い゙ぃぃ、い゙ぃぃっ、何だ貴様はっ!」
「最初に言っただろ? 喧嘩を売りに来たゲルだって」
「ぞうではな゙くっ! ッハァ、はぁ、眷属達に何をした?」
「殺したよ」
「ヴ、吸血鬼の眷属20体を一瞬で……?」
「あぁ、俺は最初にこうも言った。平和的に立ち去る事も出来る。と」
「ぁ、あぁ、そうだったな。確かにそう言っていたな。ならば……」
「そして、愚かな吸血鬼はこう返した。下等生物が言葉の意味も分からずに話しているのか? 不気味な色しただけのゲルが舐めるなよ!?……と」
「ひっ……」
「安心してくれ。お前の死はどうあっても覆らない。希望なんていう甘い夢は見なくて良いからな」
話しながらも徐々にマナを吸収していくが、今の所喋りながら食べられている本人は気が付かない様子だ。
「すまなかった! 君をみくびった態度は謝罪しようじゃないか?」
「だから、もう遅いって。素直に運命を受け入れろよ」
「あれ? て、て、手! 手の感覚が? い、いや、足もおかしいぞ!」
そろそろ自覚が出てきたのを確認して、吸収するマナに集中する。ここからは生体ジェンガの様に遊び始める。ついでなのでキュリヤと交互にマナを一粒ずつ吸収していった。途中で何度も叫んだり罵倒してきたりしたが集中力を切らさぬ様にマナと向き合っていた。
……6時間後。
「ギィャアァァッ!」
断末魔を上げるまでに掛かった時間は逆に宵闇に這い寄る者が一番長かったのはお仕置きという名の実験の為だった。そして、どうにもゲルは下等生物扱いされてしまう事に真剣に悩む。断固、地位向上を求める所存。おっ? 存在値も上がった。
『興味深い実験結果、絶命に至る時に吸収されたマナは一瞬、爆発的なエネルギーを放出』
「あぁ、あれな。何だったんだろう? 命の煌めき?」
『不明、更なる実験を要求』
「次に救えない馬鹿が現れたらだな」
『肯定、積極的に探す事を提案』
「そんな事はしねぇよ! ま、次の超越種がその馬鹿かもしれないけどな……」
『この森に住む最後の超越種は月狼』
「そのまま狼型の魔物かね?」
『肯定、狼の変異体、体長5m程、しなやかな体躯、闇属性魔法に適性』
「んじゃ、早速行ってみるか?」
『進路は東』
程なく狼の群れと遭遇した俺は長たる巨大な狼、月狼と【念話】でキュリヤによる翻訳を介して会話していた。
「なるほど……委細承知。なれば吾の取る道は恭順だな」
「ありゃ、馬鹿じゃなかったぞ? キュリヤ」
『肯定、残念だと報告』
「それ程のマナ量を持った存在を吾は知らぬ。巨獣にも劣る吾では相手にならないであろう?」
「そうか、お前はゲルをみくびらない知恵ある魔物なんだな。ならば、長居は無用。邪魔したな。ん?」
一頭の狼が立ち去ろうと転がり出した俺の進路を塞ぐ様に移動してくる。
「グルゥーゥゥ」
威嚇の様な声を上げるとその個体は頭を低く身構える。
「ガゥ、バゥワッ」
「長よ、どういう事だ?」
「済まない客人。若い奴は短慮で敵わない。どうか穏便に立ち去られよ」
「穏便に……って雰囲気じゃないよね? そいつ」
長の月狼が制止する隙を突き俺に噛み付いてきた若い個体。がっちりと食い込む牙だが一向に噛み切れる瞬間が訪れない。折角俺の事が食べたいみたいだから自ら相手の体内へと侵入する。
「ゲェェーッ! ゴェェー……、カハァァー」
もがく若い個体の体内から月狼に問う。
「こいつは明らかに敵対行動を取ったな?」
「客人よ、どうにか穏便に済ませられないだろうか?」
「こいつの態度次第だな」
「改めさせる故、暫し待たれよ」
体内で膨れ上がりながらはち切れる寸前を探るチキンレースを楽しんでいたのだが、すぐに月狼から声が掛かる。
「済まなかった。次は何かもてなしでも用意して出迎える事を誓おう」
やんちゃな若狼の体内から這い出ると鼻を俺の足元に擦り付ける月狼、それに続いて同じ様な仕草をする若狼。謝罪や無抵抗を表しているのだろう。
「そういえば最後に、お前達は森に4箇所ある神を祀った社があるのは知ってるか?」
「四神の神殿の事であるなら存じているが……」
「これから昔みたく人間がやってくる事になるかもしれないから無闇に襲ったりすんなよ? 運悪く良くない出会い方をした場合はしょうがないけどな」
「承知。群れに徹底しておく」
「じゃ、またな」
ふむ、超越種全制覇を目論んでいたのだが敵対するつもりがない者まで狩ってしまうのは良くないよな。巨獣よりも弱いなんて謙遜して言っていたが群れ長としての行動としては正解だろう。30頭以上居る群れの存亡を第一に行動できるのは一定以上の知能がある証拠だ。俺の方だってみくびってはいけない相手だと認定しておく。




