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人間の訪問から数日過ぎた。巨獣の頭蓋骨をメイン素材にした人形が社の庭を激しく駆け回っている。否、ゴーレムと戦闘中であった。
「やりますな、フロイライン!」
カーン! と高い音を上げてキュリヤの前蹴りを横に弾いたブラガにはまだまだ余裕がありそうだった。人型での戦闘データを蓄積させるとか言ってブラガと模擬戦を始めたキュリヤだったが俺が思っていたレベルを遥かに超えていて既に人間の動きを大きく外れた戦闘を眺めていた。
「ほいっ、ほいっ!」
キュリヤの猛攻を無駄の一切無い動きでいなしていくブラガも流石の力量である。
「ん? 動きが変わった?」
今までは徒手空拳の延長線上の超絶体術だったのが人外モードに移行した様だ。突き出した拳はインパクトの瞬間に肘まで3つに割れると爆発。
ボンッ!
すぐさま蹴りを追加で繰り出すキュリヤだが脚が4本に増えていた……。後脚2本で体を支えながら前脚2本で次々と蹴りの連打。これを嫌ったブラガが高速後退するが、キュリヤは離れない。ピッタリと張り付く様に追撃。俺の動きも参考にしているのかキュリヤの左手が触手状に振るわれている。鞭打を数発繰り出した後ブラガの左足首に絡み付いた。
「おっと、これは」
地面に仰向けに転がされたブラガに四本脚で覆い被さるキュリヤ、次の瞬間キュリヤの脚の付け根辺りにマナが集約していく。
「そこまでだな!」
「参りましたフロイライン」
『次はミチオとの模擬戦を要請』
「おし、やってみるか」
庭の中心に向かって転がり出すと反対に起き上がったブラガが端へ避けていった。
「いいぞー」
言ったが早いか、ゲルボディが音を立てて撒き散らされた。
ビチャビチャビチャ!
「え?」
向かい合っていた位置から見て俺の右後方、右拳を振り抜いた格好のキュリヤ。その体勢のまま右後脚から蹴りが飛んでくる。
「ぬぉぉーっ!」
膝までゲルボディにめり込んだキュリヤの脚を寧ろ掴み返す様に触手状に体を操作して上空へ投げ飛ばす。効率重視、最短最速で最適解を導き出すうちの戦闘コンピュータの実力を今更ながら知る事になるとは……怖しい子。更にマナ視覚の不便さに日々文句を言っていたけど実際には結構沢山の情報を得ていた事にも気付く。呼吸も無く無機物で構成された相手とこのレベルで対峙して初めて知る事が出来るというものだ。……悠長に構えている暇は無い。すぐさま上からキュリヤの連撃がくる。4本の脚を器用に使った連続の刺突攻撃。
「ちょっ、まっ、ん〜! せいっ!」
連続蹴りが悉く核を狙ってくるのをなんとか受け流し反撃の隙を窺う。切れ目なく繰り返されている攻撃にもリズムがある。時間が引き延ばされていく様な錯覚の中キュリヤのパターンを侵蝕していく。ジワジワと、確実に……。
『ッ!』
キュリヤの声にならない声を聞いた気がした瞬間、4本の脚を同時に拘束。腕による追撃の前に収束したマナをキュリヤに向ける。
『降参。今回はここまで』
「ハッハァー! なんとか主人の面目躍如か?」
『続いて速やかな解放を要求』
股を広げた格好の女性を頭上に掲げているゲル。Oh
HENTAI! まぁ、普通の少女像の足は2本だと思うけどな。さっさとキュリヤを地面に降ろして俺も聞いてみる。
「キュリヤ、本気で核を破壊しようとしていなかった?」
『肯定、ゲルへの対処法では一般的』
「模擬戦だろ? 危ないじゃねぇか!」
『否定、当機の性能ではミチオに勝利するのは困難』
「そうですか……。はぁ〜疲れた」
勝利は困難ね。不可能ではないって事か?
ケイオスゲル(英語)に混沌の種(独語)ね……。カタカナ発音の俺にも理解出来る様に明確に区別されている言語体系……。キュリヤとジルに翻訳をしてもらっている感覚では大幅な差は無いけど文化的差異というより口語的でくだけた調子の方が分かり易いジルの方が説得力が高い様だ。亀の甲より年の功?
『否定、少数の意見だけで結論を急ぐのは早計』
「うん。だけど説得力……」
『否定! 客観的意見を要求』
「お? 何だ? 食い下がるな? ならば、ブラガの爺様にも聞いてみろよ?」
『肯定、速やかにミッションを遂行』
「う、う〜む。中々難しい問い掛けでございますな」
ブラガは微動だにせず熟考に入った。
(別の世界から連れて来られた人間の案内役として神より生み出されたお方……。だが、生まれて半年余りの赤子とも取れる。その点でマイスターを魔物の跋扈するこの森の中で無事に守ってきた存在でもあるので有能な筈である。だがしかしっ! ((そこはかとなく感じる不安を拭う根拠が見つからない)))
「うんむむむむ……」
ブラガがオーバーヒートしなけば良いが……心中お察しします。可愛いキュリヤちゃんを傷付けない答えを見つけ出せる事を祈っているぜ。
『ミチオはもう少し繊細さを学ぶべきと提案』
「おぅ、そうか? ならば君達は相互理解というものを学ぶべきかな? ジルも含めてな」
『??』
「??」
「なぁに?」
「良いか? まず俺はこの世界では人間的思考を有した魔物だ」
「そうですな。マイスターは実に人間らしい考えをするゲルですぞ」
『ミチオは地球という星の日本という国、要するに元々この星の人間ではない』
「という話を聞かされて相手をさせてもらっておりますけど……。思考は人間のそれなんでしょうけど適応可能かどうかは別という結論かしら?」
「ん? 適応?」
『その状況に対して上手く対処出来るか? との……』
「ちゃんキュリ、適応の意味は知っているから解説は不要だ。今、気になる言葉に聞こえたな。適応可能かどうか? どういう意味だ?」
「この世界には超移動という誰も体感した事はないけれど、この世界の誰もが知る現象があってね。外の理を持ってこの世に生まれ落ちる人々の事、或いは現象そのものをそう呼ぶわ」
『肯定、ミチオの様に別世界より来たる者の例には枚挙にいとまがない』
「俺みたいな異世界人が居るって事だな」
「……貴方みたいな異世界人は今まで聞いた事が無いわ」
「は? どうい、う……魔物の体に詰め込まれた人間なんて居ないって事か?」
「その通りよ。別の世界の知識を使って台頭してくる人物の話を聞いた事はあれど所詮は人間への生まれ変わり。魔物になった例は私も聞いた事はないわね」
「そうなんだな……。そしてそんな事すら共有出来ていないんだ。相互理解とはそういう事だよ。さて、キュリヤのデータベースは恐らくこの世界で1番優秀だ」
『肯定』
「だけど、それはあくまで情報の正確性であって生身の経験とは別物だ」
「そうですな。フロイラインは産まれたてと言っても過言では無いのですから」
「そういう事。キュリヤにとっちゃ爺ちゃん婆ちゃんみたいな2人には敵わない部分があるのはしょうがない。時間だけは平等だからだ」
「ま、私も守護者殿もざっくり200歳ですものね」
「折角の運命共同体だ。皆んなで知恵を出せば良い」
『肯定、と同時に同意』
「という事で誰が賢いかではなく皆得手不得手があり適材適所という事ですな。フロイラインにはフロイラインにしか出来ない事でもってマイスターを補佐してきたのは紛れもない事実ですからな」
「キュリヤ様は本質的にはゴーレムに近い存在、擬似人格だって学習が必要なのでしょ?」
「ゴーレムか……だけど存在で言えばキュリヤはマナ生命体だぞ?」
「ならば、ジル殿の方が種族的には近いのでは?」
「精霊は確かにマナ生命体だけれど……」
「あー止め止め! カテゴライズしても視野が狭まるだけだぞ。俺等には俺等の存在意義があるんじゃねぇか? 知らない世界で魔物の体に突っ込まれた奴なんて俺以外に存在してないんだろ?」
『これが説得力?』
「違う気がしますぞ」
「神はミチオ様に何を望んでいるのかしら……」
「キュリヤ曰く特に使命とかは無いみたいだな」
『肯定』
「しかし、マイスターが森の神殿を解放した事から察するに神の意図が介在していると予想する事も出来ますな」
「そうなのよ。その辺の事が引っ掛かっているのよね」
「考えても仕方ないだろ。少なくとも戦神フレール様は友好的だったし、あの時だって特に命令とかも無かったしな」
未だミッションやクエストの様な出来事は現れない。もしかすると人間達との邂逅はイベントだったのかもしれないのか? 神の意図する所は全く分からないが自由行動を許させれている身なので気ままに過ごすだけだ。その後この世界の人間だったジルが魔物になった話を例に質問をしていくと動植物が魔物化する事は珍しいものではないと知る事が出来た。ただし一定の規則性があって植物は植物の魔物に、犬は犬型の魔物に、人間ならばアンデッド系統という具合だ。という訳で人間がゲルになるなんて事はイレギュラー中のイレギュラー、想像の範囲外だという。この世界の常識すら知らないというのに存在自体が非常識だと知らされたのだった。




