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神の降臨から暫くして周辺の森を探索していた4名が帰ってきた。ただならぬ気配を感じた一行が急遽戻ってきたのだった。一通り説明を受けた後それぞれ呆れ返ってしまった様子で居残り組と言い合いになっていた。今回森へとやって来た人間6名の誰もが神の降臨に立ち会った者などおらず過去の文献の出来事としか思えなかったのだった。年長者である小太り司祭ですら現実感が無いのだから直接見ていない者達が訝しむのも仕方ない事だろう。神に裁かれそうになっていた本人は今後の信仰心に揺らぎが無いらしく説得されていたであろう衛士の2名は次第に落ち着いていった。そうして俺としては割とナーバスな悩みである姿について人間達に問おうと思う訳でジルに翻訳を頼む。
「森を満喫してくれているだろうか? さて、俺の見た目について幾つか尋ねたい」
「なんですか?」
ポゥが代表する様に答える。
「俺は元々魔物と呼ばれる存在が居ない世界に住んでいた訳なんだが……。で、さっきフレールに初めて客観的に自分の姿を確認させられてさ、正直言って俺の見た目は人類と友好的な生命体にはとても思えなかった。そんな俺と普通に会話している君達からすると俺の方がおかしいのだろうか?」
「へえ、魔物が居ない世界……。だったら仕方ないのかもしれませんが私達が暮らす世界では魔物自体生まれた時から接している存在なので居ない事の方が想像出来ません」
「そして知恵ある魔物事態はそう珍しくない存在だし、まあ、良くない遭遇の場合もあるけどね」
魔法使いが補足する様に続けた。
「そしてアタシは正直不気味だと思ってる。初めて見た時の薄暗い不気味さに拍車が掛かっているんだもの」
「そうね。ナシオ司祭も貴方の見た目は散々貶していたわね」
「ちょっ、だっ、ジル様その様な事実は! ゴホン!」
あれ? 別に普通に接してくれていた訳でもなくて結構我慢させていたのか? そういえば小太り司祭は最初不快感を露わにしていたな。はっ? そういえば匂いは? イーヴルゲルの悪臭は無くなっている筈だけど人間にとって不快なレベルを発していないだろうか?
「俺は、その、臭くはないだろうか? 匂いは自分では分からないんだ」
「ミチオ様は……そうですね〜、この森の匂いがします」
「この森の?」
何だ? 森の匂い? 当たり障りのない答えではぐらかして傷付けない様な大人の対応をさせてしまったのではないか?
「濡れた樹木の様な?」
「あっ、マジで物理的な森臭の事なの?」
「アタシは……今はそんなに気にならないかな」
"今は"出ました"今は"。過去は? ご存知悪臭を放つ魔物イーヴルゲル時代からのお付き合い。
「その節は大変ご迷惑を……。自覚の無いまま自認していた状況でして、自ら改善の手立てもございませんで……」
「アハハ、イーヴルゲルが臭いってのは常識だからね。それに全身を取り込まれても生きている人間ってのもこの国を見渡してもアタシだけなんじゃないか?」
とりあえず他所様を不快にさせる臭気は放っていない事にも一々ほっとする。明日には街へと戻る人間達に自分でも何故か分からない程気を使ってしまっている。
「そんなに見た目とかを気にするんでしたらどうして【変容体】だとか、せめて【偏光】で誤魔化してしまえば……」
あぁ、何だ……多分初歩的な魔法でも隠す事が可能であると諭されているみたいだ。聞けばゲル属の魔物ならば大概使用する認識阻害系の魔法があるらしい。うちの参謀はいつだって最短距離を駆け抜けるから暮らしに役立つちょっとした知恵みたいなもんは一切置き去りなんだよな。
『より生存率の高い選択肢であると自負』
間違っちゃいないのが憎い所だ。見つかったのならば殺せ……いや、むしろ積極的に探して殺せ。そんな日々だったな。そして疑問が浮かぶ。目で見てない筈のゲル達はどうやって周りに擬態しているんだ? これもマナの感知なんだろうか? 辺りを探り木になってみる。気になる言動だがまずは行動。体を細長く上へ伸ばして一本の幹とする。何本か枝も横へと伸ばしていく。そうして今度は体表を全て覆う様に木のマナを纏わせていく。なんとなくで葉っぱもモシャモシャ生やしてみる。
【身体操作(ゲル属)】
【変容体】
「わっ、凄い! 木になっちゃいました!」
ポゥが近付いてきて俺をペチペチと叩く。擬態の意味が無い。まぁ、今は練習みたいなものだから人間の目にも木に見えた事を素直に喜ぶ。今度は思い付きで神様の真似をしてみる。ポゥの手を握る格好で人型になっていく。あの底が見えないマナの塊には到底敵わないが体表だけでもマナの密度を最大限に濃くしていく。
「はぅ〜……」
ありゃ? ポゥの全身から力が抜けてへたり込んでしまった。
「何をしてるんですか!」
血相を変えてジルが割り込んでくる。周囲を探れば人間皆んなが固まってしまっている。
「マイスターもご冗談がキツい。いやはや、神の威光を真似してみせるとは……。流石にあの娘にも刺激が強過ぎた様ですな」
「ごめん、どういう事?」
「そうですな。マイスターなら無自覚なのも頷けますな。先程、木の次にマイスターが擬態しようとしたのは先だっての戦神フレール様ですな?」
「お、そうそう」
「普通の生命体であれば高次情報生命体である神と呼ばれる御方の姿形のみを模すだけならばいざ知らず、マナ量までは到底不可能なのです。ところがマイスターは限りなく神に近付いていってマナの情報量が彼女自信の許容量を超えてしまった為に昏倒してしまったという訳ですな」
「本当に何をやっているんだか!」
ジルの突っ込みが冷たい。
「ポゥは大丈夫かね?」
「はあ〜、昨夜マナ測定された時と大差無いわ。……変な性癖にでもなってしまわないかしら?」
そろそろ人外を自覚しないと無自覚に人を殺めてしまうかもしれない。……誰が心優しき魔物だ! しかし、飼い慣らされている筈の猛獣に手を噛まれる主人なんてのは良くある話だ。人間視点ではなく猛獣側なのが悲しいが……。そう時を置かず目を覚ましたポゥに謝意を伝える。
「はぇ〜、大丈夫ですよ。びっくりしちゃいましたけど」
良い子で本当に良かった……んだが、ぴったりと俺に寄り添い離れようとしないポゥ。そして、うわ言の様に何か呟いている。
「はぅ〜ミチオ様が私を貫いて……」
「流石XXX! 神様に擬態するゲルなんか聞いた事無いよ」
ケラケラと笑い声を上げるティキと半歩後ろをハーシルが歩いてきている。
「いや、もう、本気で敵対しなくて良かったと思うよ」
ハーシルが心から安堵している。
「ねえ、あんた普段はどんな戦闘をしてるの?」
「そうだな最近は出会った途端に触手でズバッと?」
「へえ、ちょっと見せてよ」
「別に減る物でもないが唐突だな」
敷地外の木を射程に収められる位置まで転がって行くと、触手を伸ばして説明する。
「この木の、この枝の、この辺を今から切断します」
いつの間にか全員ぞろぞろと集まって俺に注目していた。サービス精神に火が点いた俺は極細なのに超高硬度を誇る様になった触手を目一杯振るったのだった。
ヒン……。
パァーン!
ズババババッ!
メキメキッ、バキッ、ドサッ!
どうしよう? 焦った! 思ったよりも射程が伸びている。結論、社の陽当たりが若干良くなりました。倍近くなった様な体感だったけど……狙った枝より向こう側に向けて放射状に枝が落とされている。
「あぁ、すまん。体の成長に気付かず思いっきりやってしまった結果をご覧下さい」
「ご覧下さいったって……。何が起きたのかさっぱり分からないわ」
「一体何をなさったので?」
レヒツの質問に簡潔に答える。
「触手を振るっただけだ」
「視認出来ない程の速さでですか!」
「速さも音速を超えているんだけど視認出来なかったのはこの細さじゃないか?」
直径2〜3mmの触手を伸ばしていきレヒツの右手の甲をちょんちょん叩く。
「は? あ、あえ? こんなに細かったのですか」
「しなやかでありながら強度も相当とお見受けします」
「そうね。貴方達の武器では切断どころか傷一つ付けられないわね」
ジルの補足に一同納得する。
「やはり……」
目を見合わせながらレヒツとリンクスが指の腹で俺の触手をさすっている。男に体を撫で回されて喜ぶ性癖は習得していないのでそそくさと触手を戻した。まさか射程が伸びているとは思いもせず自分でも驚いてしまった。成長は嬉しいのだが人間が訪ねて来てからペースを乱されっぱなしだ。




