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意図せず儀式を行っていたらしい俺達の前にとんでもない光景が広がっていた。どうしてこうなった?
――神の降臨――
キュリヤがさっと近寄ってきたかと思ったらすぐに俺の体内に入っていった。上空15m辺りの空間に熱が集まって、やがて弾けた様に一瞬輝くと次の瞬間には人型のマナの塊があった。サイズはこの世界の人間と大差ない大きさ。やがてゆっくりと降りてきたそれは何事か言葉を発した。
「人間界も久々だな。へえ…お前は? ……なるほど、人間ではなくなっているのか? それならあり得るか。ほお、してこのゲルが……」
超展開に頭の中をハテナが占拠していく。
「貴様がアタシを呼んだんだな?」
問われたポゥが緊張した様子で跪いている。俺は呼んだ覚えがありません。
「ご無沙汰しておりますフレール様、ジル・オーシンと申します」
「やはりな。覚えているともさ。ここの初代管理者だな」
「光栄の極み! ありがたき幸せ」
ジルも随分畏まっている様だから本物の神様なんだろうな。しかし、呼んだ覚えが無い以上、早々にお引き取り願えますか?
『報告、先程の演奏が奉納されたと推測』
「奉納?」
『ミチオの記憶で近いものだと相撲、神楽、能』
「おっと、つまりヘビーメタルのリフを神に捧げてやったぜ! って事?」
『肯定』
「さて、アタシを呼んだんだ。酒のひとつも無いなんて事はないよな?」
「はっ! そうです! フレール様にお供えしようと葡萄酒を持参しておりました。ただいま取って参ります」
ポゥが小走りに社へと入っていった。神が実在していて人と交わりを持つ世界か……。
「あんたも大変な目に遭ったと思うけれど、この短期間でよくもこんな化け物まで育ったものだよ」
神に褒められたのか? いや、褒めて無いのか?
「化け物扱いするな。俺から見たらお前も大概だぞ」
「ハハハハッ! こいつは一本取られた。あんた中々面白いな」
そりゃそうだ。マナの密度が濃過ぎて真っ黒い人型のシルエットにしか見えない。くっきりと空間だけが切り取られたかの様に漆黒の虚空がそこにあるばかりであった。なるほど、神と呼ばれるのも頷ける。
「た、た、大変ですぅ〜」
ポゥが叫びながら社から転がり出てきた。
「ナシオ様がお酒を殆んど飲んじゃってしまいまして、残っていたベヒモスのお肉も結構食べらてしまってます」
なんだあのおっさん碌な事しない奴だな。酒は俺等には用意出来ないぞ。いや、液体生成でアルコールは作れる筈だからいけるのか? 試しに軽めなタイプの赤ワインをイメージしてみる。社に向かって転がって行く途中で小太り司祭とすれ違う。神への供物に手を出して、あまつさえ本物の神が降臨しているのだから気が気でない様子。俺はそそくさと転がり込んだ炊事場の戸棚から適当なグラスを取り出し中に液体を注ぐ。
「キュリヤ、飲んでも大丈夫な物?」
『肯定、一般的な葡萄酒の類いと遜色ないと断定』
「じゃあ、ひとまずこれでフレール様には我慢してもらおう」
踵を返し皆んなの元へ戻ると事態は思ったよりも悪かった。神が人を断罪しようと、まさに武器が構えられた所だった。
「おいおい! 穏やかじゃねぇな。とりあえず酒なら用意出来る。まずは味わってくれ。それからポゥ? つまみにベヒモス肉をもう少し出すから焼いてきてくれ」
「分かりました!」
「あばばっ、ばばばば、だばらら、はぁはぁ、ぶるめろっ」
膝を着き泣き喚く小太り司祭には同情せずにフレールへとグラスを渡す。
「ん〜〜良い香りだ。神殿に保管してあったのかしら?」
クイっと傾けてたグラスからワインが口腔へ……。
「いや、俺が作った。今」
「ブーーーーッ!」
「きったねぇーな、おい!」
「汚いのはどっちよ? あんた自分の姿見た事無いの? そんな悍ましい色をした生命体から出てきた物なんか口に入れたくないわよ!」
「随分な言われ様だな! うちの凄腕参謀がお墨付きを出してくれているんだぞ」
「可食かどうかの問題じゃなくてあんたの見た目の話だ!」
「なんだと? そんなの野球場で可愛い売り子を選んでビールを買うエロジジイと一緒じゃねぇか!」
「どんな例えだよ!? あんたは一度自分の姿を見た方が良いわ」
すると思考の中にイメージが湧いてくる。黒に近い濃い灰色のコールタールの様な質感の球体の表面に機械油でも垂れたかの様な虹色が明滅しながら渦を巻いている。……悪者決定。邪悪な魔物だわ。久々に見られた総天然色の映像がなんとも不吉な色をした粘菌生物だとは……。人間の皆んなが普通に接してくれていたから知らなかったけど、俺ってこんな不気味な見た目なの? それがウネウネ触手とか伸ばすんでしょ? キモいよね? 自分自身に鳥肌を覚えつつ我に返った俺はフレールにさらっと言ってみた。
「ワインは保管してあったのを持ってきたんだ」
「遅い! もう遅い。嘘でも最初にそう言ってくれれば!」
ポゥから受け取っていた残りわずかとなっていた葡萄酒の瓶を煽るとグビリと飲み干した。
「ほう、これは珍しい! 超越種の肉か?」
気を取り直しベヒモスの肉を摘んだフレールはやや機嫌を取り戻していた。
「お前達の供物を確かに受け取った。不敬な司祭も今回は不問とする。それではこの神殿に祝福を送り今回の神呼びの儀を締め括るとするか」
ふわりと浮いていったフレールは降臨した時の様に眩く輝き出す。
「次は酒を用意をしろ! 絶対だからな!」
捨て台詞の様に言い放ちながらフレールを形作っていたマナが四方八方へと霧散していく。漆黒の粒子が空を覆い、やがてその粒は風に吹かれるでもなく空気に溶ける様に消えていった。以上、呼んでもいない神様と心の準備も無く遭っちゃった件。首の皮一枚で繋がった小太り司祭は未だ放心状態で地面に跪きながらぶつぶつ独り言を言っている。
どうしよう! 差し当たって擬態方面のスキルなり魔法なりを探らなくては! 神の現世降臨という一大事よりも優先すべきはこちらだ。よくもここに来た人間達はこんな不気味な魔物を信用してくれたものだ。
「今更そんな事気にしてもしょうがないわよ」
ジルが呆れた感じで声を掛けてくる。
「そもそもケイオスゲルなんて種族名すら聞いた事も無いのに見た目を知っている人間なんて居ないわよ」
「そんなもんか? 俺には凶々しい魔物に思えたんだが、深海生物といえば納得出来るレベルではあるか?」
「その位で丁度良いんじゃないかしら? 少なくとも人間を圧倒する程度の魔物なんですから。そんな事よりフレール様がご降臨されたのよ!」
「こっちは何が何だか分からな過ぎて混乱しているがな」
「たまたま神呼びの儀の条件が揃ったなんてね。……いえ、これこそが神の思し召しだったのね」
「神呼びの儀ってのが発動した理由は?」
「フレール様の場合ですと、酒、肉、魚、英雄、それから歌、音楽、武勇伝などを奉納する巫女、即ち神殿の管理者が祭りを行うとありますね」
「供物を捧げるならばいくらでも召喚されるのか?」
「そんな筈無いでしょ! 神を冒涜する事にも等しいわよ! 貴方だって神の身姿を拝謁したのでしょう?」
「あぁ、まぁ、凄ぇな。勝てる気がしなかったわ」
「……当たり前の様に勝ち負けをシミュレーションしている辺りに狂気を感じますけど、あれこそが神という存在です」
「確かにな。存在感の塊みたいな奴だった。で、今回は僅かに残っていた葡萄酒とベヒモスの焼肉と俺が発した音楽がポゥを通して神へと奉納された形で地上に降臨してきたと……」
「そういう事でしょうね。後は一定量神殿に蓄積されていた信仰心でしょうかね」
うーむ、どうも宗教関係の話は胡散臭くてしょうがない。しかし目の当たりにしたのもまた事実な訳で、ひょんな事から神の存在証明がなされた。社を構成するマナの一部に戦神フレールの残滓の様な物が結合している? これは物理的な意味においての祝福という事なのだろうか? それが意味する所までは俺には分からないな。仮にも神様の祝福なんだから悪いものではないだろう。




